復讐の行方

ゆずか

〜小さな幸せを奪われた〜

「正直死んでもいいです……母さんが助かるか分からないから……生きててもいいことないから」

 俺は目の前にいる男に言った。威圧感で声が震える。彼は上着の胸元から拳銃を取り出して俺に向けた。

「そうか。なら殺してやるよ」

 部屋中に発砲音が鳴り響く……。


 何でこんなことになったのか話は1週間前に遡る。



※※



「今日はもう上がっていいぞ。お疲れ様」

「ありがとうございます」

 着替えて店を出ようとしたとき、「悠真」と店長に呼び止められた。

「賄いを弁当で作ったから、お母さんに渡しなさい」

「ありがとうございます!!

 弁当を受け取って店を出た。職場は居酒屋のキッチンで働いている。今日は23時までの勤務で、金曜だからとても忙しかった。外に出ると冷たい風が頬をうつ。今日は一段と冷えるな。母さんに編んでもらったマフラーと手袋をして帰路についた。職場から家まで歩いて15分。

「ただいま」

「おかえり。寒かったでしょう。お風呂沸いてるよ」

「ありがとう。ちなみに今日も弁当くれたよ」

「いつもいただいて申し訳ないわね。店長さんにお礼しないと」

 母さんが申し訳なさそうな表情をしている。

「大丈夫だよ。うちの状況理解してくれてるから。ほら、冷めないうちに食べなよ」

 父親を早くに亡くし、母さんと2人で暮らしている。母さんは体が弱くて、長い時間働けず、3時間だけだけど、スーパーのレジスタッフをしている。だから、俺が大黒柱の役割を担っていた。裕福ではないけれど、それなりに幸せだった。


 だけど、ある事件がきっかけでこの幸せが崩れ去ってしまう。


 翌朝、味噌汁の良い香りで目を覚まし、引き寄せられるようにキッチンへ向かう。

「おはよう悠真。朝ごはんもうすぐできるからね」

 テーブルの上にはご飯と味噌汁が並べられた。とても美味そうだ。

「ごめんね。いつもこれだけで」

「いいんだよ。俺は母さんのご飯が食べられて幸せだから」

 母さんは味噌汁だけ飲んでいる。体調あまり良くないのかな……。

「今日パート?」

「うん」

「俺、もっとシフト増やしてもらうからさ、無理して働かなくていいよ。お金よりも体を大切にしてほしい」

「ありがとね。だけど、元気なうちは働かないと。いつ体調崩して休むか分からないからさ」

「分かった。だけど、無理は禁物だからね」

「ええ。分かってるわ。心配してくれてありがとう」

 そう言って優しい笑顔を見せた。朝ご飯を終えた後、母さんはパートへ出かけた。俺も日雇いの仕事があったので、おにぎりを作って家を出た。今日は交通整理の仕事だ。ここで15時まで働いて、その後に居酒屋の仕事がある。日雇いがある日はかなりハードだが、お金を稼ぐ為だ。頑張らないと。駅のホームで電車を待ちながら、持ってきたおにぎりを食べる。おにぎりを食べ終えてホットコーヒーを飲んでいるとき、着信があった。画面を見ると母さんが通院してる病院からだ。


(なんだか嫌な予感がする……)


 恐る恐る電話に出ると、母さんが交通事故に遭ったとのこと。驚きのあまり持っていたコーヒーが手から滑り落ちた。俺は慌てて病院へと向かった。



 病院へ着くと、ちょうど手術の最中だった。手術室の前のイスに腰掛けて、ランプが消えるのを待った。しばらくして手術室のランプが消えた。母さんと看護師さん、それから先生が出てきた。

「手術は成功しましたが昏睡状態です。奇跡が起きない限り意識が戻る可能性は低いと思われます。最悪の状況も覚悟しておいてください」

「はい……」

 母さんは術後の治療室に運ばれた。俺は母さんの顔をガラス越しに眺めていた。すると、そこに刑事がやってきた。

「成瀬美千代さんのご家族ですね?」

「そうですが……」

「私、月影警察署の望月と申します。お母様が轢かれたことについてお話が」

「轢いた犯人は見つかったんですか?」

 それを訊いた瞬間、刑事さんは何やら言いづらそうにしている。

「実は……お母様を轢いた犯人は……仭狼じんろう組というヤクザです……」

「えっ!?」

 仭狼組といえば、ここ月影町の中で血で血を洗う抗争を繰り返し、恐怖で地元を支配する凶悪無比なヤクザだ。そんな奴らに母さんは……。俺はだんだん怒りがわいてきた。

「そいつは捕まったんですか?」

「そ、それが大変申し訳ないのですが、彼らを捕まえることができないのです。我々には逮捕できない理由があります……」

「はあ!?理由って何なんですか!?逮捕できないなんてそれでも警察ですか!?」

「本当に申し訳ございません!!今日はそれを伝えに来ました。それでは私はこれで……」

 最悪だ……まさかの警察が何もしてくれないなんて……。この苛立ちをどこにぶつけていいか分からず、俺は思いきり叫んだ。

「ふざけんな!!税金払ってんだから仕事しろ!!」

 叫んでいるうちに涙が出てきた。悔しい……一体誰を頼ったらいいんだ。そのとき、スマホに店長から着信があり電話に出た。

「もしもし……」

「悠真、勤務時間過ぎてるぞ。何かあったのか?」

「ごめんなさい……母さんが轢かれて、病院にいます。今から向かいます……」

「いや、それなら今日は休みでいいよ。お母さんのそばにいてあげなさい」

「すみません……」

 電話を切った後、俺は母さんを見つめながら、を決心した。



※※



 帰宅後、行動を起こす前に店長からもらった缶ビールを何本か飲んだ。飲まなきゃやってられないからな。俺はお酒が入ると気が大きくなるんだ。よし。準備も終わったし、そろそろ行くか。家を出て俺の向かった先は……。もちろん仭狼組。警察が何もしてくれないなら、俺の手で葬ってやる!!奴らの事務所は和風の立派な屋敷だ。門の前には体格の良さそうな男が1人いる。俺は物陰に隠れて男の様子を伺っていた。男が油断している瞬間を狙う。


(今だ!!)


 俺がカバンから包丁を取り出して襲い掛かろうとした瞬間、背後から何者かに首を絞められた。

「何モンだ貴様?」

「お……俺は……」

 

 抵抗しようにも力の差が違いすぎて、そのまま絞め落とされてしまった。


 






 








 




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