第16話 六月十七日 金曜日

 朝。曇り空。

 ツクモは学校の正門をくぐり下駄箱の方へと歩いていた。


(『ツクモ……!』)


 ツクモはコマチの声に後ろを振り返るが、そこにコマチは見当たらない。

「あれ……? (いねえ。幻聴か? ガッカリだな。……ってガッカリって何だよ。俺、疲れてんのか?)」

 ツクモは少し唇を歪め校舎の出入口へ向かった。

 

 コマチは今日はいつもより少し早く家を出た。いつものようにうつむき、時々通学路を進む生徒たちをチラチラ確認しながら歩いた。前方に正門に入って行くツクモを発見し、声が出そうになったが押し留め、急ぎ足であとを追った。


 ツクモが下駄箱のスノコの上で上靴に履き替えている。

 コマチは声をかけようと近づいたが、声が出なかった。コマチは今までクラスメイトに自分から声をかけたことはほとんどない。左側にいるツクモを少し意識しながら下駄箱から上靴を取り小さくため息をつく。


「あ、一野。おはよ」

 ツクモがコマチに気づきふっと笑顔を見せた。

「……はよ」

 コマチはちらりとツクモの顔を見て笑顔があふれ髪で隠した。


(『地球人に生まれれば………できる……。今は………ることすらできない………』)

 頭の中に声が響き、ツクモは無意識にコマチの横顔へ手を伸ばした。


「へ……?」

 コマチは左側の髪に何かが触れた感触に気づきツクモの方へ顔を向け固まった。


「あ……あの、(え、俺、何やってんの? 今、コマチの顔に触ろうとした……?)えええ・・・えーと、ホコリが」

 ツクモはコマチの右肩をぱぱっと払った。


「……」


 コマチは、固まりが解け、あ、と思い出し、踵を返して足早に進むツクモの後ろ姿に声をかけた。

「あっ! あの……! 昨日……! 私……あなたに装備しろって言われて――」

 言葉にならない。コマチは胸が破裂しそうになるのをこらえるように胸の前で右手を握りしめた。


 ツクモは唇を少し尖らせチラリと横顔で振り返った。

「う……(俺のせいで重装備して死にそうになったのか? 俺のこと、殴りたいのか?) ……悪かったな」

 ツクモは階段を一段飛ばしで駆け上がった。


「え……(何か怒ってる?)」

 コマチは廊下で立ち尽くした。

(嫌われた……のかな? はあ……、うまく話せないな……。

『あなたに装備しろって言われて頑張ったけど上手くいかなくて死にそうになって呼んだら駆けつけてくれて助けてくれてありがとう』って言いたかったのに。

 いつも……言いたいこと、うまく言えない)


 ツクモとコマチを後ろから見ていたアヤメが小さく呟いた。

「どういうこと……? (どうして二人が喋ってるの?)」

 アヤメは下駄箱から上靴を取り出しスノコへ打ち付けるように投げ捨てた。

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