愛に落ちて、恋をした。

天野沙愛

愛に落ちて、恋をした。



─────────愛ってなんだろう。


愛に落ちて、恋をする。




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「川田玲奈です、誰にも興味無いので、話しかけないで下さい、よろしく」


謎の転校生が現れたのは、7月初めの事だった。


静かに過ごしたい俺は、地味なフリをして髪の毛をノーセット、前髪も目にかかるぐらいの長さで、自分のことを僕と言って大人しく過ごせればいいと思ってた。


それなのに。


謎の少女が転校して来て、次の日。



「黒柳くん、付き合ってくれない?」


「っ…は…?」


転校生の川田玲奈は、地味なフリをした僕の席の前に立って、しっかりと僕の方を向いて、言った。


「聞こえない?付き合ってって言ってるの」


――――――川田玲奈と付き合う?


この俺が?


恋人同士になるってこと?


彼女は、誰も寄せつけないオーラを放ちながら転校して来たことで有名だ。


あの場にいた誰もが、普通じゃ無いと、そう思った。


そんな彼女が、付き合って欲しいと言った。


「僕、ですか?何かの間違いじゃ…」


「メアド教えて、詳しいことは連絡するから」


「僕まだ返事も何もしてないですけど…?」


「早くして、無駄な時間を過ごすのは嫌いなの」


彼女は返事も何もしてない俺を急かした。


言われるがままスマホを出すと、メールアドレスと電話番号を勝手に登録され、交換させられた。


「はい、ありがとう、じゃまた」


そうして、すたすたと帰宅していく川田玲奈は、注目の的だった。


それから彼女が教室から過ぎ去っていくと、次に注目を浴びたのは、当然俺だった。


なんのために地味なフリをしてるのか、それは注目を浴びないためなはずなのに、これじゃ全く意味が無い。


「あはは、困ったな…間違いだって知らせなきゃ」


そう言い放って、席を立ち、急いで彼女を追いかけるのだった。




「ったく、なんで俺が走らなきゃなんねぇんだよ」


走っていくと、下駄箱まで遠いクラスのせいか、彼女はまだ廊下を歩いていて、声を掛ける。


「川田さん。やっぱり何かの間違いじゃ無いかな」


俺の声を聞いて後ろを振り返る彼女は、こう言った。


「いいえ、間違いじゃ無い。ただ勘違いしてるのはそっち、私はただ夏祭りに付き合って欲しかっただけ。勝手に恋人同士になった気になられても困るから」


なんだ、付き合うってそっちの話か。


話しながら歩き出していた俺らは、いつの間にか下駄箱についていた。


「そ、そうなんだ、そうだよな」


まてよ、夏祭り?


「じゃ、そういう事だから。あとはメールで」


そう言って靴を履き終えた彼女は、昇降口を出て行った。


待ってくれなんて言う隙は無かった。


彼女の歩くスピードは、意外にも早かった。





大人しくゆっくりと家に帰った。


夏祭りなんて中学以来だな。


俺は、恋愛に臆病だ。


過去の恋愛を引き摺っていて、もう恋愛するのはやめようと、自分がナルシストなのは分かってて、それを直そうと思ったら地味なフリをすること以外思いつかなくて高校からこの生活をするようになった。


俺に求められているのはなんだろうと考えた。


夏祭りに誘われた理由。


それは、なんだろう。


デートなんじゃ無いか?


彼女はデートしたことが無いんじゃ無いだろうか。


つまり、俺がエスコートしなければならないってこと。


求められてるのは過去の俺だ。


自信があったあの頃の俺だ。





そう考えてるうちに、メールで詳細が届いた。


“一緒に夏祭りに行くことそのこと以外で私に連絡してこないで”


彼女は、夏祭りに行くことが目的なようで、それ以外に関わろうとはしなかった。


次の日の学校生活も、そのまた次の日の学校生活も、誰とも話すこと無く、彼女は1人で過ごしていた。


夏祭りはどんどん近づいていって、彼女からメールが届く。


“7月15日、3日開催の最終日に神社に集合で。

時間は学校終わりの18時30分、よろしく”


そうメールが届くと、“了解です”とメール返す。


当日は、髪をセットして、久々にかっこよく決めてる自分の姿を見た。


久々にすると緊張はするが、やっぱり心のどこかで自分を好きでいるんだなって気付いた。





18時15分早めに付くと、彼女はまだ来てなかった。


20分、25分スマホの時計を何度も確認して、ようやく彼女がやって来た。


だが、俺の気配に気付く様子は無い。


なぜなら、いつも長い前髪を下ろし、眼鏡を掛けて、自分のことを僕と呼ぶ陰キャのフリをしているから、気付くはずが無い。


「川田さん」


そう俺が声を掛ける。


「誰、彼氏待ってるから、話がかけないでもらえる?用は無いから」


「俺、黒柳海斗だけど。間違ってないんだよな、実は」


「…は?代わりの人よこしたとかじゃ無くて、ほんとにあんたなの?」


彼女は疑った。


どう見ても、見えるはず無いんだよなぁ、このままじゃ。


「これで分かってもらえるかな」


そういって方から掛けていた小さなカバンからメガネケースを取りだし、黒縁のメガネを掛ける。


「たしかに、目元が似てる気が…いやでも、僕とか、陰キャだったじゃん、何、訳あり?」


「そ。ちょっと直したいことあって、陰キャのフリしてんの。でも、求められてるのは陰キャじゃ無いんじゃ無いかって思って、デートしたいんじゃ無いかなって」


「あんたの直したいことってナルシ?」


「え、なんでバレてんだ」


パれる要素あったか?


メガネをしまいながら、自分を怪しむ。




「初めに話した時も、恋人だって思われてた気がするし、今だってそう思える発言しかしてないじゃん」


「直せてないんだな俺って、まあ、いいよ、エスコートするから行こう。話しながら聞くよ、なんで夏祭り行きたかったのか」


「そういうとこ、早く直した方がいいよ、自信持ちすぎ」


そういう彼女の背中を軽く押すと、彼女は歩き出した。


「私、みんなと普通のことしてみたかったんだよね。ほら、私って誰とも話さないから、そういう経験したこと無くて。なんか無駄なことって思ってたんだよね、こういう祭りも」


「あー、話しかけないオーラしか放ってないからな。無駄なことか…それは、なんで?」


直接、言いすぎたか?


「楽しいって思えるのか疑問だった、親が厳しいから祭りなんて連れてってもらったこと無いし、行くところじゃ無い、バカが行くところだって教わった」


「じゃあなんでそのバカになろうと思ったのか聞いていい?」


「行った人たちの帰り道での顔は、みんな幸せそうに見えたから、私幸せ感じたこと無いの」


なんて言うか予想通りって感じするな。


「その感覚は正しいよ、今日はしてみたいことなんでも言いな、祭りの楽しみ方を俺が教えてやる」


「んー、まあ今日は預けてみてもいいかな、楽しむつもりで来たし、ほんとに幸せ感じるのか」


俺の得意分野かな。




「まず何やりたい?りんご飴?金魚すくい?わたあめ?景品狙って打つのとかあるけど」


「そんないっぱい言われても困る、そこの金魚すくいやってみたい」


「よし行こ」


俺たちは、金魚すくいをすることにした。


彼女は、金魚すくいの網を持って、初めての金魚すくいをする。


その瞬間を見届ける俺は、横で、アドバイスもせずに見守る。


「あぁ〜、なんで取れないの!なんで逃げちゃうの!?」


彼女は、悔しそうにやぶれた網を持って、「おじさん、もうひとつ下さい」と、そう言っていた。


なんだ、楽しそうじゃん。


何回やっても取れない彼女は、最後の1回と決めたその1回も、破れていた。


「おじさん、もうひとつだけ下さい」


俺は、財布から400円を出す。





「持ってみ」

彼女に持たせて、その上から手を重ねるように持った。


「何触れてんの」


「何も言わずに預けるんだろ、俺に任せな」


「っ…そうだけど」


そう言って、俺は角に追い込んだ金魚を手前に切るようにすくう。


するとおわんの中に、金魚が元気よく飛び込んで泳ぎ出した。


「あ、とれた!え、すごいなんでなんで」


彼女は、意外にもはしゃぐようなタイプだった。


「任せなって言っただろ」


小さな袋に入れてもらった川田玲奈は、2匹の金魚が泳いでいる袋を手に持って歩く。


「ありがとう」


「いいよ、得意分野だから」


本当は、昔猛練習したんだよな、小遣い全部使い込んで。


「次、かき氷食べてみたい」


「いこ、あそこ、色が変わるかき氷だって、ここだけ限定らしいよ」


「気になる」


彼女は意外と楽しそうだった。


楽しくしてるように見えるだけなのか、そうなのか。


「かき氷、冷たいんだね」


「かき氷くらい食べたことあるだろ」


「無い、家で出てくる食事と学校の給食しか食べたこと無い」


彼女の家はかなり厳しい様だ。


「美味しいか?」


「美味しい、色が変わるって言ってたけど、これ掛けたらほんとに変わるのかな」


青色のかき氷が、なんと、紫になるらしいが、本当なのかと聞いたら、レモンシロップだから変わるんだって言われて、興味本位で買ってみた。


「掛けてみろよ、早くしないと溶けちゃうぞ」


「掛けてみる」


なんと紫色に変わった。




だが、掛けたレモンシロップのせいで、半分以上溶けてしまった。


「無くなっちゃった」


彼女は、ショックを受けていた。


喜ぶんじゃ無くて、ショックを受けていた。


「面白すぎるだろ、お前」


喜ぶと思って、色が変わるかき氷にしたのに、明らかにショック受けてるのが面白すぎた。


「お前って名前じゃ無い、川田玲奈、私の名前忘れたの?」


「じゃあ、玲奈」


俺は下の名前で彼女を呼んだ。


「下の名前で呼んでいいなんて言ってない」


「今日はデートだから、下の名前で呼ぶのが決まりな、今俺が決めた。だから玲奈も下の名前で呼んで。あ、名前覚えてない?」


「海斗、覚えてる」


覚えてることが、意外だったが、少し嬉しかった。


「ん、よし。えらい」


「みんなこんなことやってんの?」


彼女はかき氷を食べ終えて、そう言い放った。


「こんなこととは?デートだから普通だろ?」


「普通、か…普通のことしてみたいって言った私がバカみたい。あー、バカになるってこういうことか」


「何、変に納得してんだよ」


そう言い争っていると、雨が降ってきた。


「え、嘘!?雨降らないから今日にしたのに、花火は?中止?」


「いいから走るぞ」






最初に集合した神社まで戻って来て、雨宿りさせてもらう事にした。


「最近の天気予報分かんないね…」


彼女はかなりショックを受けていた。


俺たちが神社でしゃがんで雨宿りしていると、アナウンスが入った。


“今日の花火大会は、延期とさせて頂きます繰り返します――”


「中止だってよ、残念。また明日だな」


「明日は習い事があるの、だめ。延期だからまだ今日やるかも」


「じゃあ残念、雨が上がればな」


せっかくセットした髪はベチャベチャに濡れていた。


神社の椅子に2人で座りながら、髪を整えた。


「私、髪下ろしてる海斗くんの方が良いかも。誰かに取られそう」


「え?かっこいいってこと?やっぱり?」


「そのやっぱりとかはいらない。忘れていいよ」


「忘れない」


そう言って、彼女にキスをした。


「何、今の」


「カップルがしてる普通のこと」


「もっかいしてみて、分かんなかった」




意外と彼女は、頬を赤く染めていて、それでいて分かんないフリをしながらも積極的だった。


「ん」


彼女は俺の手の上に手を重ねてきて、求めてるのがわかった。


頬を赤く染めている彼女は、全く話さないオーラを放つ学校の姿とは、違った。


ごく普通の女の子だった。


「…んっ…」


大雨になっても彼女は、俺に夢中でいた。


声を漏らす彼女は、とても可愛かった。


キスし終えると、物足りなかったらしく彼女は、俺の制服のネクタイを掴んで自分の方に引き寄せると、また俺たちは唇を重ねた。


先程までのソフトなキスではなく、長くとろけるようなディープキスを。



普通を知らない彼女は、愛に落ちて、恋をした。

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愛に落ちて、恋をした。 天野沙愛 @amanosara

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