16 村の歴史
根鈴小中学校の校庭に入ったが、運動場に人気はなかった。この猛暑では、外で遊ぶのも難しいだろう。遊びたい子供たちは、大人といっしょに根鈴川へ行っているにちがいない。
校舎へ入ると、冷房が効いていた。ふう、と康介はひと息つく。来客用のスリッパが大量に用意されていたが、これは図書室を使いたい者のために並べているのだろう。
「そういえばクロは、エアコンは大丈夫なの?」
「……人間というのは、自然を破壊しつつも、実にすばらしいものを発明することがある」
「大丈夫だってことだね。よくわかった」康介は言った。「でも、図書室に動物は入れないから、外で待っててね」
「仕方あるまい」
康介とクロは図書室に向かった。クロは図書室前の椅子の下で、座って待つことになった。ここならエアコンがきいている。
図書室には普通の図書館のようにソファーが置いてあり、村のお年寄りたちや子供たちが思い思いの本を手にとって読んでいた。ときおり眼鏡をあげて文字をじっと見るおじいさん、大判の本を熱心に読むおばあさん、辞書のように重そうな本をテーブルに持っていき、熱心に何かを調べている子供などなど。
冷房で身体を冷やしながら、さてどうしよう、と康介は考えた。村の資料はあるだろうが、今の状況を変えるためにどう活用すればいいのだろうか。
ひとまず、図書室をぐるりとまわってみよう。康介は歩きだした。
図書室は根鈴村の図書館も兼ねているが、基本的に子供向けの本が多い。大人が読みそうな時代小説などはあまりないし、新聞も置いていない。
ふと、康介はある引きだしに目をとめた。「根鈴村」と書かれたシールが貼ってある引きだしがいくつもある。何だろう、と一番上の引きだしを開けてみると、入っていたのは地図だった。
引きだしの上は地図が広げられる台になっていた。康介は一枚取りだし、台の上に置いてみた。古いもので、根鈴小中学校が合併する前の地図だった。
「おや、子供が地図なんか見るなんてめずらしい」村のおじいさんが興味深そうにたずねてきた。「探しものかい?」
「あ、はい、そうなんですけど」康介は口ごもったが、思いきって訊いてみた。「実は、最近増えてる野良猫のことを調べてるんです」
「ほう、野良猫。たしかに最近よく鳴いてるね」
「寝られなかったりしませんか」
ふふ、とおじいさんは笑い、「私は布団に入ったら三秒で寝てしまうからね。そんなものは気にしないよ。妻にはあきれられてるがね」
それはよかったと思いながら「野良猫って、いつもどこにいるのかなって思ったんです」
「そうだなあ……涼しいところで休んでいて、夜になると動きだすんじゃないかなあ」
「そうですよね」
「木陰や家の軒下なんかにいるかもしれないけど」おじいさんは言った。「私は見たことがないなあ」
「調べたんですか?」
「一度ね」おじいさんは言った。「妻がうるさくて寝づらいって言うんで、調べたんだ」
「村の中じゃないとすると、どこだと思いますか?」
「うーん、たとえば」おじいさんは根鈴川を指さし、指を川に沿って上流へと移動させた。「根鈴川が近い山の中なんてどうだろう。水場のまわりは涼しいし、木で日光もさえぎられる」
なるほど、と思いながら地図を見ていた康介はぎょっとした。おじいさんが指した指の下に、見なれた建造物があったからだ。
「ありがとうございます、参考になりました」康介は頭をさげ、地図を戻すと、すぐに図書室を出た。「クロ、クロ」
クロがのそのそと椅子の下から出てくると「収穫はあったか?」とたずねてきた。
「御華屋神社に行こう」
「あそこに女帝はいないぞ。女帝が隠れられる場所がない」
「ちがう、その上」康介は地図を思いだす。「御華屋神社の上、根鈴川の上流。そこに女帝はいるかもしれない」
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