その血の味はモラトリアム

@ankaketanishi

始まりの一日

第1話 帰省

「……久しぶりだなぁ」

 都会の三倍は頑張っている日差しとセミの騒音に目を細めながら駅を出る。

 目の前に広がるのはThe田舎の風景。青々とした山に囲まれた街には、高いビルなど存在していない。

 俺、最上愁は大学三年生の夏を迎え、久方ぶりに実家へと帰省してきている。

 かれこれ大学に入ってからは一度も帰省していなかった。多分‥‥‥。

 というのも、俺は大学に入ってから数週間前までの記憶がほとんど無い。

 何やら交通事故にあったらしいが、なんで事故にあったかの見当はついている。

 もちろん相手の不注意もあっただろうが、俺がぼーっと歩いていたからだろう。

 俺は昔、とある出来事があってからかなりふさぎこんでいた。

 それこそ事故に遭ってもおかしく無いくらい。

 実際に事故に遭ってしまってはどうしようもないのだが、このままではいけないと思い至り、過去を清算するためにも、俺はこの地にやってきたのだった。

 医師いわく、自分にゆかりのある場所に行くことで記憶が戻ることもあるらしい。

「それにしても、この町は全然変わんねぇな」

 普通はたった二年ではそう変わるものでもないだろうが、日々変わりゆく都会にいた感覚からだろうか、若干ではあるがこの場所に違和感を覚えてしまう。

 記憶はなくとも、どうやら体は都会に慣れているらしい。

 まぁ、違和感といっても、変わらずそこにあるのが田舎のいいところでもあるのだが。

 田舎とはいえ、ここはちょっとした観光地になっており、まったく栄えていないというわけでもない。

 昔、湯治をする場所として名が知れていたこの町は、今も温泉地として知られている。

 全国的に有名か、と言われればそうでもないが、湯煙の立つ旅館と、和風建築の並ぶこの町並みには、えも知れぬ懐かしさを感じ、それが好評だとか。

 まぁ俺にとっては故郷なわけだから懐かしさを感じるのは当たり前なんだけどね。

「よし」

 この後行く場所は決まっている。

 一刻も早く実家に荷物を置き、その場所へ向かいたいものだ。

 しかしながら、俺の体は流れるように向かうべき場所の真逆へと動き、とあるスペースへと吸い込まれる。

 そう、喫煙所である。

 今は時代が時代だから路上とかじゃ吸えないし、観光地ならなおさら喫煙者には厳しい。

 吸える時に吸っておかねば。

 そこまで広くない囲いの中に、肩身の狭い思いをしているだろう同士(知らないおっさん)と並び立つ。現代社会を生きる俺たちは、いついかなる時も大量の情報に触れている。実際ここに来るときも電車内ではずっとスマホを見ていた。

 現代人には立ち止まる時間が必要なのだ。

 生産性のない行為だという人もいるが、生産性がなくて何が悪い。人間常に何か生産しているわけではないのだ。

 とまぁカッコつけて言い訳をしてみたが、別段そんなたいそうな理由から吸い始めたわけじゃない。多分‥‥‥。

 大学時代の記憶がないのに煙草を吸うのか‥‥‥。

 と思うかもしれないが、それは俺も思う。

 しかし、かつての俺は煙草を吸っていたらしい。何よりニコチンを求める体は正直だし、     俺の友人であったらしい人物からも、証言を得ている。

 とりあえず取り出した一本に火をつける。

 最初の1吸い目はふかし、2吸い目から肺に入れる。

 なんでなのかは知らないが、そうやって吸うものらしい。

 もしかしたら意味などないのかもしれないが、どうやら俺のそれはルーティーンらしく、何の意識をせずとも、そうやって体が動く。

「ふぅー」

 はいた煙は、なんともきれいな青空を汚そうと広がる。

それにしても暑い。

 屋外の、それも屋根のない喫煙所など、7月の日差しの中ではいられたものじゃない。

 それでも煙草を吸うのをやめるわけではないが。

 個人的には冬の寒空の中で吸う煙草のほうがおいしそうだとは思うが、汗をぬぐいながら吸う煙草も悪くないのではないか。

 いや鍋か。

 胸の中でくだらない突っ込みを入れつつ、心なしかいつもより早めに煙草を吸っていく。

 しばらくした後、設置された吸い殻入れに煙草を放りこむと、俺は再び荷物を持ち直し、懐かしい道を歩み始めた。


「……ついたか」

実家に重い荷物を置いたのち、俺はとある場所にやってきていた。

国火神社。

駅からかなり離れた、というかほぼ町の最奥に位置する神社だ。

先に実家に荷物を置いてきてよかったと思いつつ、大きな鳥居をくぐり、長い階段を上る。

 その瞬間、ゾワっとするような生暖かい風が背筋を撫でた。

 何事かと後ろを見るが、当然そこには何もない。

 一度深呼吸をし、再び前に歩を進める。

しばらくすると、木々と階段しかなかった景色が晴れ、立派な本殿が見えてくる。

これだけ立派であれば、参拝客もいるだろうが、あたりに人はほとんどいない。

先程の出来事もあってか、慣れた場所のはずなのに、少し竦んでしまう。

 昔から不思議に思ってはいたが、この神社は何を祀っているのかよくわからない。

 と言うか祀っているものが存在しない。

 かなり昔に建立された神社らしいのだが、そのせいなのか、過去の記憶では、しょっちゅう工事をしていた記憶がある。

 くどいようだが、何を祭っているわけでもないのに。

 そのような神社に信仰心を持つ人などまぁいないだろう。

 そんなこの場所に俺は何をしに来たのか。とある人に会いに来たのだ。

「こんにちはー」

 本殿の隣にある社務所へと足を運び、お守りなんかを売っている巫女さんに声をかける。

「こんにちはー……って、えぇ!?」

「久しぶりだな、詩織」

 ひどく驚かれてしまったが、この巫女こそ俺が会いたかった人物、檜山詩織だ。

 幼いころから家の付き合いがある、いわゆる幼馴染である。

 大学生になり、都内に引っ越して以来会っていなかったため、2年ぶりの再会となる。

 長い黒髪に、小さい顔。そして大きな瞳。

 残っている限りの記憶からはそこまで変わらないが、相変わらず美人で、少し大人びた彼女に一瞬ドキッとする。

 しかし、それと同時にとある出来事が思い返され、先ほどとは違う意味で心臓が跳ねる。

「あんた、愁よね?」

「見てわかるだろ?」

「いや、幻覚かと思って」

「幻覚って……」

「……帰ってきたのね。あれ以来顔を見せないからもう会えないのかと思ってたわ」

 あれ、というのは、俺がこの町から出るきっかけになった出来事のことだろう。

 まぁ、もともと大学は都内の学校に行くことになっていたから、どちらにせよこの町は出ていたわけだけど、それでも大学で過ごした期間、この町に戻ってこなかったであろうと俺が推測した理由の大半はその出来事があったためだ。

「俺にもいろいろあってな。んでまぁ、ここに顔出さないのは違うと思ったから来たわけだ」

 俺が記憶を失っている事はすぐには言うべきではないだろう。

 何より混乱させるだろうし、そもそも高校までの記憶はあるわけだから、言わなくても何とか乗り切れるはずだ。

「そう、何はともあれ、また会えてよかったわ」

「ああ」

 少し気まずい空気が流れる。

 あれ、昔の俺ってどうやって話してたっけ……。

 過去のトラウマを振り切るためにここにきたのに、いざ話すとなると話題が出てこない。

「積もる話もあるだろうけど、私この後やることがあるのよね」

 頭を悩ませていると、気まずさを振り払うかのように詩織が言う。

「やること?」

「ほら、うちの本殿の見回りよ。昔もやってたでしょ?」

「あー、そういえばそんなんやってたな」

 本殿の見回り。

 文字通り、本殿に入り、何か様子が変わっていないか見るだけの行為だ。

 さっきも言った通り、この神社は何のためにあるのかもよくわからない神社なわけだが、本殿にも何があるわけでもない。

 だから舞の奉納をしたりするわけでもなく、『見回り』をする。

 理屈としてはわからなくもないが、やはり、腑に落ちない。

「なぁ、この神社って何のためにあるんだ?」

 何も祀っていない神社など、全国どこにもないだろう。

 そもそもそうじゃなきゃ神社として成立しない。

 存在意義なんかを神社の人に聞くのは失礼にも思えるが、気になるものは気になる。

「何度も言ってるけど、別に意味なく存在してるわけじゃないわよ。そうじゃなきゃ何百年もこの神社が存在している意味が分からないしね。まぁ、何を祭ってるわけでもないけど……」

 昔から幾度となくこの問いを投げかけ、こう返されてきた。

 関係者だけの秘密的な感じなのだろう、と昔から勝手に解釈している。

 そんな感じだと余計に気になるのが人間というものだが。

「久しぶりに本殿見てみる?」

「うーん、そうしようかな」

 本殿に入るのは本当に久しぶりだ。それに至ってはもう5年は入っていないだろう。

 だって何もないんだから。

 ふつーにただの何も置いてない部屋なんだから入って何か面白いものがあるわけでもない。

 一応一般の参拝者が入るには許可がいるとされているらしいが、それも形だけだろう。

 社務所から出てきた詩織とともに、本殿へと向かう。

 ぞわり。

 再び先ほど感じたような嫌な感覚を覚える。

 何か、そっちに行ってはいけないと体が訴えているような……。

「どうしたの?」

「あ、あぁいや。なんでもない」

 思わず足が止まったが、詩織に話しかけられ我にかえる。

 本殿の前にはよくある、というか神社ならどこにでもある鈴やら賽銭箱やらがある。

それらをよけ、扉を開けば本殿に入れるわけだ。

「何を祭っているわけでもないのに賽銭箱があるってやっぱ変だよな……」

「まぁ形式上こういうのがないと不自然だしね」

 そんな理由で置かれているのか……。

 この賽銭箱にお金を入れた人はなんの恩恵にもあずかれないと考えると悲しくなってくる。

「じゃあ、開けるわよ」

 一歩引いたところで詩織が本殿の扉を開けるのを眺める。

 すぐに扉は開き、本殿の内部があらわになる。

 まぁ、何度も言うが、別に何があるわけでもないから……。

「……!?」

 何もない……はずのその部屋の中には、『何か』があった。

 なんだあれ。

 紫色の、渦? 穴? のような物が本殿の奥に浮いている。

 直径二メートルはあるだろうそれは、明らかに今まで見たことのないものだ。

 詩織は? と思い、詩織を見やると、すたすたと入っていき、中の様子を確かめ、さも普通かのように戻ってきた。

「特に異常はないわね」

 そう言い本殿の扉を閉めようとする詩織。

「いやいやいやいや、え? 何あれ。どう見ても異常でしょ」

 あれが異常ではないというのなら、他にどんな異常があるだろうか。

「昔見たときはあんなのなかったよね? あの渦みたいなやつ」

「え、もしかして愁見えたの?」

「いや見えたよ! はっきりと。というかあれは異常じゃないのか!?」

「えーっと……愁が見えたのは異常といえば異常だけど、あれがあること自体は別に異常じゃないというか……」

 なんだかあたふたし始める詩織。

「本来これは一般人には見えないように結界が施されているの。実際、前に来た時までは見えなかったでしょ?」

 それはそうだが……。

「こういう場合ってどうするべきなのかしら……。お父さんに報告……? いやでもそんなことしたら間違いなく大事になるだろうし……」

 頭を抱えながら小声でぼそぼそと話し始める詩織。

 何? 俺そんなやばいもの見ちゃったの?

「なぁ、これ俺やばいのか?」

 見るからに禍々しいものだったため、もしかしたら見たら呪われたりするかもしれない。

「いや、やばいと言えばやばいんだけど、別に何か危険があるとかそういうことではないわ」

 詩織の一言にほっと胸をなでおろす。

 とはいえ、詩織の反応を見るに、俺はやばいものを見たことには変わりない。

「本当は言えないんだけど、それでも……見えちゃったものはしょうがないし、不安だろうから全部説明するわ」

 そう言い、再び本殿の中に入っていく詩織。

 ついて来いということだろう。

 三段の階段を上り、本堂の中に入る。やはりそこには禍々しい何かが存在しており、明らかに異様な雰囲気を発している。

「これはね、異界につながる門なのよ」

「異界につながる門?」

「ええ、ずっと隠していたけど、国火神社はこの門を管理するための神社なの。本来一般人にはこの門は認識できないように結界が張られてるわ……なんでか愁には見えちゃったみたいだけどね」

「異界って……この門の先には何があるんだ?」

「文字通り異界よ。こちらの……現世にはいない、いわゆる空想の存在が住んでいるわ」

「空想っていうと……妖怪的な奴か?」

「おおむねそんな感じね。ただ、異界につながる門は、世界各地にあるのだけれど、その中でも日本は人型の空想が住む世界とつながっているから、特に重要な場所とされているわ」

 流れるように明かされた事実。そんなものが存在しているなどとは今まで、いや何度か想像したことはあれど、本気であるとは考えもしなかった。

 確かに今までこの神社がある理由を教えてくれなかった訳がわかる。

 普通こんなことを聞いても誰も信じない。

 それこそ実物を見ない限りは。

「でも、結界が張られているならなんで俺には見えたんだ?」

「そうね……普段と何か様子が違うわけじゃなかったから、異常はないと思ったけど、何か異変が起きてるかもしれないわ。とはいえ、私は異界には行ったことがないから、向こうの様子なんかはわからないのよ」

「私は、ってことは異界に行った人はいるのか?」

「ええ、一応門なわけだから行き来はできるわ。別に友好的だったわけじゃないみたいだけど、昔はある程度交流があったみたいね。だけど、20年ほど前から異界との関係性が急に悪くなったらしくてね。当然私は生まれた直後だから異界に行ったことはないわ。それに、ここはまだしも別の門では異界の住人が現世に攻撃の意思を持って攻め込んでくることもあるらしいから、とてもじゃないけどこっちからは行きたくないわね‥‥‥」

「な、なるほど」

 言い伝えの伝説的な感じかとも思ったが、そんなあやふやな感じではなく、割と明確に異界が存在しているらしい。

「で、不本意ながら、俺はその門が見えちゃったわけだけど……どうすればいいんだ?」

「うーん、そこなんだけど、私が巫女になってから今までこんなことなかったから、とりあえずお父さんに相談を……」

その時だった。

異界の門が、ゴゴゴ、と音を立て始め、回り始めた。

「な、なんだこれ。なんか変な感じになってるけど、大丈夫なのか?」

「い、いや、こんなの初めて見たわ。やっぱり何か異変が……」

 詩織の顔が驚きに歪む。

 そんな俺たちの反応をお構いなしに門は回り続ける。

 門の様子がおかしいのは、今までも門を知らない俺でも容易にわかるほどだ。

 何が起こるかわからない状況に身構えると……。

「ひゃぁぁぁあああ!」

 門から何か、いや人がすごい勢いで転がり出てきた。

 すぽん! という間抜けな音とともに門から排出、いや射出されたというべきそれは、勢いが衰えることなく、まっすぐ俺のほうへ飛んできて……。

「「いっったああああああ!」」

 激突した。

「……あ、頭割れてない? これ」

 今まで生きてきて経験したことのない衝撃に、自らの頭が無事か確かめる。

 ただでさえ記憶を失っているのに、さらに失いかねない。

「わ、割れてない、けど……」

「きゅう……」

 俺にぶつかってきた張本人は、目を回し、大の字になって倒れていた。

「な、なんなんだこいつは……」

 今までの話からするに、おそらく異界人。

 よっこらせ、と立ち上がり、様子を見る。

 透き通るような銀髪に、今は虚ろだが赤い瞳。ぽかんと開かれた口には2本の鋭い牙が見える。そして、背中からは黒い、コウモリのような翼をはやしている。ぱっと見幼さが残るその出で立ちは少女のようだが、どこか気品も感じる。

 気品を感じるといっても、当の本人は白目をむいてよだれを垂らしながら気絶しているため、なんで感じたのかは不明ではある。

 その上……言及すべきなのだろうか。

 何というか……見えている。

 あれが……。

 それまで移動していたものが衝突により急停止した結果、スカートは見事にめくれ上がった状態で静止している。

 神聖なるそれを眺めたい気持ちも十分にあるが、隣に詩織がいることを忘れてはいけない。

 いったん落ち着こう。

 思考を戻して考える。

 先ほどあげた特徴、そして詩織から受けた説明。

 状況からしてこれは……。

「……吸血鬼?」

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2024年11月30日 19:00
2024年12月1日 19:00
2024年12月2日 19:00

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