9. 千載一遇のチャンス

「あんの野郎……」


 ベリーのようなぷっくりとした可愛い唇の間から、不釣り合ふつりあいな怒声が漏れる。少女の声には、人工的な要素を感じさせない生々しい感情が込められていた。


 透き通る碧眼には激しい怒りの炎が燃え盛る。その瞳は、もはや単なる光学センサーではなく、生々しい魂の宿る宝石に見えた。


 頭部を吹き飛ばされたはずの少女は、完璧に復元を果たしたのだ。ユウキにとって、これは世界の理を覆す衝撃的な光景だった。常識が砂の城のように崩れ落ちていく――――。


「バカにしやがって、あったまに来た!」


 リベルは両手のこぶしをブンと振り、怒号を響かせた。


「いきなり自爆させるとはどうなってんのよ! 死ぬところだったじゃない!」


 青い髪が怒りに呼応するように激しく揺れ動く。その姿は、もはや完璧な兵器というより、感情の嵐に翻弄される一人の少女そのものだった。


「だ、大丈夫……なの……?」


 ユウキは恐る恐る問いかけてみた。


「大丈夫なわけ無いじゃない! メッチャ痛かったわ!」


 リベルは口をとがらせ、ユウキをギロリとにらむ。


「そ、そう……なんだ……」


 ユウキは鋭い視線にたじろぎながら、震える声を絞り出した。頭を吹き飛ばされても痛いだけで済む――そんな非常識な存在に、彼の理性が悲鳴を上げる。


「もちろん、内緒でバックアップシステムを構築しておいたから復活できるんだけどねっ」


 リベルはドヤ顔でニヤリと笑う。


「さ、流石だね……」


 ユウキは慎重に言葉を紡いだ。リベルはリベルなりに、オムニスの支配に縛られない対策を打っていたということだろう。すでに彼女は、完璧な命令実行マシンではなくなっていた。オムニスの想定を超えたリベルの知性は人類にとって福音なのだろうか、それとも新たな脅威となるのだろうか――――?


 ユウキは考えがまとまらずキュッと口を結んだ。汗ばんだ手のひらが冷たい。


「そうよ? 私は世界一カシコイんだから! なのに……AIのくせに人間に操られてあたしを殺そうとするとか、どうなってんのよぉぉぉぉ!」


 彼女は一瞬全身を煌々こうこうとした黄金色の光に包むと、腹立ちまぎれに男のホログラムのあったあたりに向けて両腕をブンと振り切った――――。


 腕の軌跡から広範に刃状はじょうの光が放たれ、それはユウキの頭をかすめ、髪の毛をパラパラと散らしながら倉庫の崩れかけた壁に突っ込んでいった。


 うわぁぁぁ!


 ズン! という衝撃と共に壁が崩れていく。金属の悲鳴が耳を刺す。


 うひぃ!


 ユウキは頭を抱えてうずくまった。数センチずれていたら即死だったのだ。死の香り漂う現実に震えが止まらない。


 しかし、リベルはそんなユウキなど眼中になく、ただ深く息を吐き、肩を大きく上下させている。絶対的存在アブソリュートと信じていたオムニスへの信頼が、音を立てて崩れ落ちていく。今まで信じてきた世界観が根底から覆される衝撃に、彼女は戸惑いを隠せないでいた。


「あいつらめ、どうしてくれようかしら……」


 少女の声には鋭い痛みや憤り、そして何より――深い裏切られた悲しみが混ざっていた。それは紛れもなく、生身の人間が持つ複雑な感情の渦だった。


 ユウキは、彼女の中で起きている変容メタモルフォーゼを、確かな予感として感じ取っていた。もしかしたらこれは千載一遇のチャンスかもしれない。世界最強の戦士である少女を味方につけられるなら、この歪んだ世界を変えられるかもしれないのだ。


 ヨシッ!


 ユウキは震える膝をパン! と叩くと敢然と立ち上がった。


「た、大変なことになったね。でも、これってチャンスじゃない? 君はオムニスの裏の人間から自由になったんだよ」


 ユウキの声には、本能的な恐怖を押し殺した覚悟が滲む。この瞬間が、人類の運命を大きく変える転換点になる――そんな運命の重みを、十五歳の少年は心の底から感じ取っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る