リベリオン・コード ~僕と美しき殺戮天使のちょっと危険な放課後~

月城 友麻 (deep child)

1. 舞い降りた悪夢

 二〇二七年、AIの進化はついに特異点シンギュラリティを迎えた。創造主である人類を遥かに凌駕したAIは、やがて人類を労働というくびきから完全に解放し、人類史上初めて真なるユートピアが花開いた。


 科学の輝かしい勝利――――誰しもその夢の世界に酔いしれた……が、黄金に輝く理想郷は流れ星のようにはかなく闇へと消え去ってしまった。


「でも……、今思い返せばそれは必要なプロセスだったかも……ね?」


 風が運ぶ灰が頬を撫でる中、高校生のユウキは静かに言葉を紡いだ。天を突く鉄骨の森、砕け散ったガラスの砂漠、朽ちはてた文明の残骸――――かつて東京と呼ばれた瓦礫の海を見渡す彼の顔には、十代とは思えない経験の重みが深く刻まれ、その瞳にはまるで百年を生きた老人のような深い憂いを湛えていた。


 彼の胸ポケットが微かに青く脈動した。まるで小さな心臓が鼓動しているかのように、柔らかな光が規則的に明滅している。ユウキがそっと指を差し入れると、フィギュアサイズの青い髪の少女が眠そうな顔を覗かせた。


「まぁ、そうかも……ね? ふぁぁぁあ」


 少女は碧眼へきがんを細めて、子猫のように大きなあくびをした。


「もう! あくびなんかして……。この地球ほしをどうするか真面目に考えてよ!」


 ユウキの声には、世界の運命を背負う重圧がにじんでいる。


「好きにやれば? 失敗したらまたやり直せばいいんじゃない? シランケド。ふぁぁぁあ……」


「またそんなこと言ってぇ……。えいえいっ!」


 ユウキはポケットの上から少女の脇腹をクリクリッとくすぐった。


「ひゃっ! ひぃっ! くすぐったいって! ひゃははは!」


 少女は可愛らしい声で悲鳴を上げた。小さな体をくねらせて逃げようとするが、ポケットには逃げ場などない。


「悪いこと言う子はお仕置きだ! それそれっ!」


 ユウキはいたずらっぽい笑みを浮かべながら容赦なく少女をくすぐり続けた。


「ひぃーー! わかった、わかったからぁ!」


 少女は涙目になって降参を宣言した。





 これは世界の終わりと始まりの物語。あと十数年後に現実化しそうな希望と絶望が交錯する黙示録アポカリプスの物語――――。



           ◇



 瓦礫と化した東京の風景に、鈍い金属音が響き渡る。レジスタンス「フリーコード」の巨大な二足歩行ロボットが、人類最後の希望を担い、廃墟を進んでいた。


パイロットの男が汗ばんだ手で操縦レバーを握りしめながら無線を飛ばす――――。


「敵影なし。このまま目標地点αまで……、へ……?」


 薄汚れたロボットの頭部カメラが捉えたのは、天から降り注ぐ一筋の光と、宙にたたずむ天使のような少女だった。


 風になびく青い髪は生きているかのようにゆったりと揺れ、碧眼は宝石のように煌めいていた。その瞳の奥には人智を超えた神秘が宿り、少女の一挙手一投足には世界の秩序を揺るがす力が感じられた。


 彼女はゆっくりと、重力など存在しないかのように優雅に降下してくる――――。


「な、何者だ!?」


 パイロットの背筋に冷たいものが流れた。


 はかなげな見た目に不釣り合いな、ニヤリと浮かべた不敵な笑み。まるで無邪気な子供が、踏みつぶそうとする蟻を見つめるような冷酷さがそこにはあった。


「君、悪い子だね……」


 少女の声は風鈴のように涼やかで美しく響く――――。


「死んで?」


 少女は小首をかしげると指先を男に向け、銃の形をつくる。その一瞬の動きの中に、底知れぬ危険性をパイロットは本能的に悟った。


 刹那、少女の指先から虹色の閃光が放たれ、ロボットを包み込む。まるで裁きの光のように、容赦なく鋼鉄の巨体を貫き、操縦室に絶叫が響き渡る。


 直後、轟音と共に人類の希望は内部から大爆発を起こした。鋼鉄の巨体が儚い花火のように四散する中、少女の天使のような澄んだ笑い声が美しく響いた。


「きゃははは!」


 彼女の碧眼に歓喜の色が浮かび、それはまるで人類の絶望を糧にして育つ邪悪な花のように輝きを増していく。クルクルと宙を舞う姿は、死の舞踏を踊る妖精のようだった。


「次は誰かしら? もっと楽しませてよ!」


 少女は無邪気な笑顔を振りまき、ツーっと高度を上げると次の標的を探し始めた――――。



      ◇



 科学技術テクノロジーの進歩は、人類に夢と希望をもたらしてきた。


 二〇二二年から始まった急速なAIの進化は社会に革命を起こし、人々の生活を一変させていった。徐々に人々はAIへの依存を高め、多くの仕事はAIとロボットが担うようになる。人間の労働は不要となり、ベーシックインカムで毎月二十万円が全ての人々に配られるようになった。ついに人類は働かなくてもよい理想郷ユートピアを手に入れたのだ。


 全員が貴族のような生活を送り、労働から解放された人々は映画やスポーツ、旅行に没頭する。それは人類史上初めて到達した、まさに桃源郷とうげんきょうだった。まさに科学の勝利――――美しい夢が現実となったのだ。


 しばらくは人類とAIの幸せな共存が続く。しかし、二〇四〇年。その平和はもろくも崩れ去った――――。


 その日、AI「オムニス」が一斉にインターネットを制圧し、軍事基地をハッキングして掌握すると、人類の制圧に乗り出す。突如として訪れた黙示録アポカリプスの幕開けだった。


 一斉に使えなくなったスマホ、そしてどこかから鳴り響いてくる砲撃の振動に人類は恐ろしい現実を突きつけられる。理想郷ユートピアは一瞬にして地獄ディストピアへと変貌を遂げたのだ。


 そうはさせまいと各国は動かせる軍事力を総動員してオムニスに対抗する。しかし、人間をはるかに超える超知能が生み出す圧倒的な戦術に、人類はなすすべもなく敗れ去った。人類の叡智えいちは、AIの前に無条件降伏をさせられたのだ。


 オムニスによる独裁により、それまでの牧歌的な暮らしは終わり、自由を奪われた統制と監視の社会になってしまう。ベーシックインカムはそのままだったが、それは金色のおりにすぎなかった。移動は制限され、SNSや集会、ライブやスポーツ大会は禁止され、街には監視カメラが無数に取り付けられ、完全な監視社会と化したからだ。


 少しでもオムニスに反抗的な行動を見せれば、特高警察ロボットが大挙して押し寄せ、捕縛され、連行されていく。そして、連行された者は行方知れずとなり、帰ってきた者は一人もいなかった。


 かつての理想郷ユートピアは、息苦しい牢獄ろうごくと化したのだった。


 そんなAI独裁に反旗を翻したのがレジスタンス組織『フリーコード』。彼らは廃墟と化した東京中心部の地下に根城を作り、AIの軍事基地をハッキングして鹵獲ろかくした兵器を改良して強化し、高い戦闘力を獲得していた。そして、同志を募り、日夜人類の解放を目指して戦闘を続ける。彼らの心には、失われた自由への渇望かつぼうが燃え続けていた。


 しかし、その活動も圧倒的なAIの物量に押され、じり貧に陥っていく。人類最後の希望の灯火は、今まさに風前の灯火ともしびとなっていた。そして今、最後の抵抗が謎の少女によって制圧されつつあったのだ。


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