リベリオン・コード ~僕と美しき殺戮天使のちょっと危険な放課後~

月城 友麻 (deep child)

1. 舞い降りた悪夢

 澄み通る青空に浮かぶ雲が、その姿を歪めながらゆっくりと流れていく――――。


 かつては人々の営みで賑わっていたであろう東京は、AIの軍隊との激しい戦闘の末、今や無残な廃墟と化していた。


 そんな瓦礫の山と化した建物の間を縫うように、鈍い金属音が響き渡る。レジスタンス『フリーコード』の誇る二足歩行する武骨な攻撃ロボットだった。


 土ぼこりにまみれながらがれきを踏み砕きながら進むその姿は、まさに巨大な鉄の怪物である。しかし、それは人類にとって希望の象徴でもあった。かつて夢見た未来の守護者というよりは、AIに支配された絶望の時代に作られた最後の抵抗の象徴――――。


 その重圧が、ロボットの一つ一つの動きに表れているようだった。


「ヨシ! 順調だぞ……」


 パイロットの男は汗ばんだ手で操縦レバーを握り、緊張を振り払うようにつぶやいた。彼の瞳には、決意と不安が交錯して見える。


 男は計器をチラリと確認すると無線を入れ、定期連絡をする――――。


「敵影なし。このまま目標地点まで……、へ……?」


 思わず男の言葉が途切れる。薄汚れたロボットの頭部カメラが捉えたのは、ふわふわと空に浮かぶ少女だった。


 大空から、一筋の光が降り注ぎ、その中心にたたずむ天使のような美しい少女――――。


 風になびく青い髪は、まるで生きているかのようにゆったりと揺れ動く。碧眼は宝石のように煌めき、その瞳の奥には人智を超えた何かが宿っているようにすら感じられた。


 彼女はゆっくりと、重力など存在しないかのように優雅に降下してくる。その姿には、神性しんせいを感じずにはいられない。


「な、何だコイツは……?」


 男は、その物理法則を無視した美少女の出現に困惑の表情を浮かべた。彼の額に冷や汗がブワッと浮かび、背筋に寒気が走る。


 直感が告げていた。この美しき存在が、人類の想像を遥かに超えた脅威だということを――――。


 少女はロボットを見下ろすような位置で静止すると、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。その表情は、彼女の儚げな外見とは不釣り合いな、何か恐ろしいものを感じさせた。


 まるで無邪気な子供が、踏みつぶそうとする蟻を見つめるような、そんな冷酷さがそこにはあった。


「君、悪い子だね……」


 少女の声は、風鈴のように涼やかで美しい。


 そして――――。


 聞く者の背筋を凍らせる言葉を紡いだ。


「死んで?」


 少女はすっと右手の人差し指を男に向ける。それは子供が遊び半分でピストルを撃つような仕草だった。しかし、その一瞬の動きの中に底知れぬ危険性があることを、パイロットは本能的に悟った。


 ひっ!


 彼の瞳に、絶望の色が広がる。


 刹那せつな、少女の指先が閃光を放つ。虹色の閃光せんこうが一直線にロボットへと伸び、その全身を包み込んだ。まるで天空から降り注ぐ裁きの光ひかりのように、容赦なく鋼鉄の巨体を貫く――――。


「な、何だこれは!?」


 男は叫んだが、もはや何も制御できない。計器が狂ったように振り切れ、モニター画面は次々とノイズに飲み込まれていく。パイロットの目の前で、人類の希望が音を立てて崩れ落ちていく。


「うわぁぁぁ!」


 まるで魂そのものをむしばまれたような絶叫が操縦室に響き渡る。


 直後、轟音ごうおんと共に、ロボットは内部から大爆発を起こした。鋼鉄の巨体が、まるではかない花火のように激しい輝きを伴いながら四散する。空高く舞い上がる破片の雨は、まさに人類の夢と希望が粉々に砕け散る様子そのものだった。


「きゃははは!」


 灰燼と化したロボットの破片が降り注ぐ中、少女の天使のような澄んだ笑い声が美しく響き渡った。しかし、その笑いに込められた残虐ざんぎゃくさは、聞く者の心を凍らせるに十分だった。


 彼女の碧眼に、歓喜の色が浮かぶ。それはまるで、人類の絶望を糧にして育つ邪悪じゃあくな花のように、その瞳は輝きを増していく。


「次は誰かしら? もっと楽しませてよ!」


 少女は死の舞踏を踊る妖精ようせいのようにクルクルと宙を舞いながら、別の標的を探し始めた。彼女の一挙手一投足が、この世界の秩序ちつじょを根底から揺るがしている。


 遠くで警報のサイレンが鳴り響く。フリーコードの本部では、緊急事態の発生に慌てふためいていた。モニター越しに映る少女の姿に、司令官たちは言葉を失う。彼らには、この美しくも恐ろしい存在が何なのか、まだ理解できていなかった。


 しかし、一つだけ確かなことがあった。人類の運命を左右する、新たな脅威が出現したのだと。そして、この少女との戦いが、人類最後の抵抗になるかもしれないという冷厳な現実が、彼らの心に重くのしかかっていた。 

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