第2話転生したら財閥の三男だった

「……ここはどこだ?」


目を覚ますと、柔らかい布団の感触が全身を包んでいた。微かな光が閉じた瞼越しに差し込んでくる。意識がぼんやりと戻る中で、呟いた声が自分のものとは思えなかった。そこには、かつて世界を股にかけ、数千億の資金を自在に操った「投資の神様」としての自分の威厳も力も感じられなかった。


目を開けると、見慣れない天井が目に入った。周りを見渡すと古風な日本家屋のようだ。その瞬間、鋭い違和感が胸を突いた。


「なにが起こった?俺は確か……」


最後の記憶はある。六本木のタワーマンション。あの夜、背後から襲われたはず。悔しさと怒り、そして冷たい金属の感触。それがすべてだった。


だが、今は違う。命を奪われた直後の冷たい感覚はなく、温かい布団に包まれたこの状況。窓から差し込む朝の光が部屋全体を淡く照らしていた。


「どういうことだ?」


自分の手を見ると、それは以前の手とは違う小さな幼い手だった。思わず起き上がり、視線を巡らせると、部屋の奥の壁に掛けられた一つの額縁が目に入った。艶のある漆黒の縁取りに、金箔で装飾された豪華な額縁。中には藤原という文字と見事に描かれた一族の家紋が収められている。その品格は、見る者に一瞬で「この家が並みの家ではない」という印象を与える。壁にはそれ以外の装飾はなく、家紋を中心に据えたこの空間が、いかに一族の誇りと威厳を象徴しているかを物語っていた。


「藤原……?」


その名を口にした瞬間、胸の奥底に奇妙な感覚が広がる。あの家紋と藤原の文字。まさか藤原財閥か...?まだこの時は、真偽は分からなかった。ただ、これが普通の家ではないことだけは確信できた。


その時、扉が音を立てて開き、和服姿の女性が現れた。彼女は優しげな笑みを浮かべている。


「龍之介様、お目覚めになられましたか?」


「……龍之介?」


彼女の言葉に一瞬耳を疑う。頭の中には混乱が渦巻いていたが、その混乱の中でも一つだけ確かなことがあった。


自分は生まれ変わったのだ。


「朝食のご用意ができました。」


朝食の席に案内されると、そこには大きな長テーブルが広がり、豪勢な料理が並べられていた。和食の香りが立ち込め、金の装飾が施された器が目を引く。そこに座るのは数名の人物――。


あの人が一番偉いな。


正面に座る威厳に満ちた男性を一目見て、確信した。藤原財閥だ。彼は60代ほどの年齢だろうか。鋭い目つきと端正な顔立ち。全身から発せられる圧倒的なオーラ。その人こそ藤原財閥の会長藤原義隆だった。


「龍之介、今日は体調が良さそうだな。」


その言葉に、龍之介は軽く頷く。戸惑いながらも、なるべく不自然に見えないように振る舞った。その隣には、自分の父親――藤原智彦と母親――藤原早苗が微笑んでいる。そして向かいには、長兄――の藤原直道、次兄――藤原圭吾と姉――藤原綾乃が座っていた。


食事を終えた後、広大な庭に出ると涼しい風が頬を撫でた。庭には池や橋があり、見事に整えられた日本庭園が広がっている。


もう一度自分の手を見つめてみた。幼い肉体に宿る前世の記憶。それをどう扱うべきか、彼は考えていた。

だが、次の瞬間には決意が固まっていた。


「この状況……悪くない。」


生まれ変わった先が名もない庶民の家庭ではなく、日本有数の財閥の家系だという事実。彼にとって、これは「神の再挑戦の場」だった。前世で成し遂げられなかったこと――いや、成し遂げられたすべてのことを超える絶好のチャンスに見えた。


「この財閥の力……そして俺の投資の才能があれば、帝国財閥への復讐できる。いや、世界だって変えられる。」


目の前に広がる庭の池に、彼の鋭い目が映る。その瞳には、かつて世界を股にかけた「投資の神様」の冷静で燃え盛る意志が宿っていた。





それから数日間、龍之介は周囲の観察を続け、徐々にこの世界と自分の立場を理解し始めた。どうやら自分は、藤原財閥の三男藤原龍之介という人物らしい。そして、一家の中心に君臨するのが藤原財閥を率いる会長、藤原義隆だ。その存在感は絶大で、周囲からの尊敬と畏怖を一身に集める人物だとすぐに察せられた。


父である智彦は、表向きは穏やかな態度を崩さないが、内心では財閥の未来を担う後継者を育てることに強い責任を感じているようだった。彼がいずれ会長の座を息子たちの中からふさわしい者に譲るつもりでいることも、日々の何気ない会話から読み取ることができた。


しかし、その息子たちの現状は一筋縄ではいかない。

長兄の直道は、会長候補として周囲から注目されているにもかかわらず、その実態は遊び呆けた放蕩息子。社交界では華やかな評判を持つものの、実務や責任感に乏しく、義隆や智彦の期待を一身に背負いながらもそれに応える素振りはない。


一方、次兄の圭吾はまったく異なるタイプだ。冷静で計算高く、頭脳明晰な彼は、直道の弱点を冷徹に見極めており、次期会長の座を虎視眈々と狙っている。その冷徹さは、家庭内での言動や目線の鋭さに表れていた。龍之介は、この兄が一筋縄ではいかない人物であることをすぐに理解した。


そして姉の藤原綾乃だ。長女である彼女は、兄たちとは違い目立った行動を起こすことは少ないが、家族をよく観察し、必要なときには毅然とした態度をとるような存在だった。その穏やかで優しい物腰の中には、藤原家の人間としての誇りと強い意志が垣間見える。


この家族の中で、自分がどのように立ち回るべきなのか、龍之介はじっくりと考えを巡らせ始めていた。


「直道兄さんは戦略を持たないが、圭吾兄さんは侮れない。だが、どちらもまだ甘いな……。」


まだ幼い身体でありながら、彼はすでに家族の動向を把握し、将来に備えた戦略を練っていた。家庭内のパワーバランスも、藤原財閥の戦略も、彼の頭の中では一つの巨大なパズルとなり、次々と組み上げられていく。





その夜、龍之介は机に向かい、一人で考えを巡らせていた。


「帝国財閥……。奴らはこの時代にも存在しているのか。すでにこれほど影響力を持っているとは……。」


記憶の奥底から、前世で帝国財閥に命を奪われた瞬間が蘇る。彼らが巨大な経済力を持ち、裏社会にも通じる手段で敵を排除してきたことは知っていた。しかし、それはあくまで現代における彼らの姿だと思っていた。その歴史がこれほど古いとは思わなかったのだ。


「復讐してやる。前世のすべてを奪い去った奴らに、この俺の力を思い知らせてやる。」


心の奥底に湧き上がる怒りと冷静な戦略思考が混ざり合う。龍之介の口元に、かすかな笑みが浮かんだ。


「藤原財閥の三男として生まれ変わった今、俺には時間も、資産も、才能もある。すべてを使って、この世界の頂点に立ってやる――。」


月明かりが窓越しに差し込む中、その決意は揺るぎないものとなった。


「まずは情報だ。この時代の帝国財閥と、その背後にあるものをすべて暴き出す。そして、藤原財閥の力を利用しながら、俺自身の足場を固める。」


その計画を実行するには、財閥の会長という座をを利用することも避けられない。特に、藤原財閥を牛耳る義隆や、冷静な次兄・圭吾の動向には細心の注意を払う必要がある。さらに、姉の綾乃の行動もどこか引っかかるものがあった。あの穏やかで優しげな微笑みの奥には、何か別の感情が隠れている気がする。龍之介の観察眼は、彼女がただの傍観者ではないことを感じ取っていた。

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