第6話 くだらない前世の夢

「はぁ……つっかれたぁ!」


 入寮の手続きを終えて、ビュッフェスタイルの食事を済ませてから自室のベッドにポフンと横たわる。

 相部屋ではなく一人一部屋とは……。

 それに、高級ホテルのような立派な部屋だぞ!

 ……あ、ヤバい。寝てしまう! このままじゃ寝てしまうぞ! 風呂にも入らなければ!

 入……。

 入────。


「──もしもーし、これ、聞こえてる?」

「おう、聞こえてる」

「それじゃ、やっていきましょっか、『VRトーク』!」

「いやー、悪いな、どどどうしてもこのゲームのフレンドが欲しくってさ」

「なんか、自分が持ってるアバター? をアップロードするのにフレンドとしばらく遊ばなきゃなんだよね?」

「そうそう、つ、付き合ってくれ〜友よ〜!」


 画面越しに手を合わせるオレ。見えてないだろうけどこういうのは気持ちが大事だ。

 VRトーク、というゲームの名の通り、本来ならVRでのプレイした方がのめり込めるゲームなのだが、お試しプレイということでデスクトップでやっている。


「あはははは、そんなかしこまんなって。それじゃあやっていこうぜ〜」


 原戸はらと 良雄夢よおむ。本人は陰キャだと主張してやまないが、オレ判定では陽キャの男。

 ゲーム仲間として紹介してもらった、いわゆる友達の友達だったのだが、今ではコイツとの通話が誰よりも頻繁になっている。


「おう。とりあえずゲーム開始した?」

「したよ〜。どうすればいい〜?」

「とりあえずテキトーな場所に行ってみようぜ! ……この、『壮大な景色』ってやつにするか」

「おーけ〜! じゃあ一旦通話を切ってゲーム内チャットで話すわ〜!」

「りょー」


 このまま通話していてもいいのだが、せっかくだからゲーム内チャットで話そうということになった。


「……お、居るな。って、ななんだその初期アバターの中の更に初期アバターみたいなやつ」


 デッサン人形に顔だけついたような奴がいた。失礼だがなんか原戸って感じがする。


「あはははは、何も触っ……ないからね。てかそっち……小さいよ?」

「マジで? てかそっちも声が途切れ途切れになってんぞ」


 オレは慌てて音量調整ボタンを開いて、マイクの出力を上げる。


「……もしもーし、これ聞こえ──」

「ママー! ママー! ママー! ママー! ママー! ママー! ママー! ママー!」

「ちゅ……ぱっ! ちゅ……ぱっ! ちゅ……ぱっ! ちゅ……ぱっ! ちゅ……ぱっ!」

「(聞き取り不能ななにか)」


 うわっ! 有象無象の魑魅魍魎がひしめき合っていてマイクテストどころじゃねぇ!


「おいっ、逃げるぞッ!」

「おっけー」


 原戸と一緒に人がいなさそうな場所に移動する。


「ママー! ママー! ママー!」

「ちゅ……ぱっ!」

「(聞き取り不能ななにか)」


 うわっ、アホみたいについてきてやがるー!!

 何故か無言勢も沢山居るしっ!!


「くそ〜っ! かくなる上は〜っ!!」


 そう言うと原戸は立ち止まる。

 オレはその後ろに隠れて、魑魅魍魎たちをやり過ごしいると、デッサン人形の姿が急に灰色の何かに変わった。


「オー! エイリアーンッ!!」

「エイリアンッ!!」

「(聞き取り不能ななにか)」


 そう、原戸の姿は典型的な宇宙人……いわゆるリトルグレイに変わっていた。

 ウケがいいのか一名を除いてエイリアンだエイリアンだと反応している。


「イェス……アイムエイリアン! キャトルシュミレーションッ!! ビビビビビビビッ!!!」

「「「「イェアアアアアアアアアアアァァァァァァァッッ!!!!」」」」


 フロア熱狂。流石は陽キャ。

 オレには真似できないなーこんなの、とか思いながら原戸の影に隠れて苦笑いするのだった。



「──お前、あのとき俺の後ろに隠れてたろー!!」

「ごめんってー! でも……う、上手く捌いてたじゃんかー!」


 一通りワールドを巡って通話に切り替えたオレは、さっそく原戸の陰に隠れていた件を言及される。


「いやいやいや、ああいうの疲れるんだからね!? 俺、しばらくはやらなくていいかなー、VRトーク」

「へぇ、意外だな。う、宇宙人といい、楽しんでいるもんだと思ってたよ」

「楽しくはあるけどさー、俺陰キャだから……」


 陰キャはキャトルシュミレーション! とか叫んだりしないだろ。

 でもそっか、明るく振る舞っているように見えても裏では苦労しているんだな。



「──はっ!」


 いかんいかん、すっかり眠ってた。

 今何時だ……? 8時か。よかった、二時間くらいしか寝ていなかったし、浴場はまだ開いている時間だ。


 それにしても、前世の夢……見るのそこかよってところだったな。

 原戸、オレが刺し殺されたと知ってどんな気持ちになったんだろうな。まあ、すぐに他の友達といつも通りゲームとかやってそうだけど。


 オレが陽キャだと思ってたアイツも、裏では疲れていた。

 今ではその気持ちがちょっとわかるかもしれない。

 幼女として明るく振る舞っていて、それ自体は楽しんでいるんだけれど……いや、これはそもそもオレが幼女ではないからか。


「…………」


 部屋の鏡を見る。眠たそうな顔がこれまた可愛い。

 ……今のオレは美幼女。斜視もなければ言葉に詰まることなく話すことができる。これを活かさずしてどうするか。

 Fランクなんて知ったことか。オレは今度こそ人当たり良く、明るく元気に人生を全うしてやるんだ!



「──おおっ、エンドリィ! おみゃーもいまからふろかっ!」

「わっ、ケアフちゃん! えっへへ、実は部屋に帰ったらすぐに寝ちゃって……」

「にゃははっ、みゃーとおんなじだっ!」


 脱衣所に入ると、一糸纏わぬ姿のケアフがいた。

 美しい幼女の裸だが……『不思議なほどに何も感じない』。まあ、オレも幼女だからな。


「制服のサイズ確認とか在寮生への挨拶とか、なんだかんだで色々あったねー」


 言いながら服を脱いでいく。ワンピースって楽でいいよな。


「なー。ごはんもおいしかった! あれだけあって『かつお』がないのはざんねんだったけどっ!」

「あっはは、そうだねー……よし、じゃあ入ろっか!」

「おーっ!」


 オレ達は浴場に入って、ケアフの尻尾の生え際を見せてもらったり洗い合いっこをしたりしながら、楽しい時を過ごした。

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