最強チート幼馴染の愛が重過ぎて逃げ出した!

お米うまい

短編版

「もう限界だ、パーティーから抜けさせてくれ」


 それは国王からの依頼でドラゴンを討伐した日の夜であった。


 剣士風の装いに身を包んだ黒髪の青年、リュートは心の底から疲れ果てたとでも言いたげな声で目の前の少女に頭を下げていた。


「はあ? パーティーを抜けたいですって?」


 リュートの言葉に信じられないといった様子でまなじりを釣り上げた赤髪の少女の名はレイチェル。


 名実共に世界最強の名を欲しいがままにする勇者パーティーのリーダーであり、同時にリュートの幼馴染である少女だ。


「アンタ、解ってる? 『無職』のアンタが何不自由なく暮らせてるのは、私のパーティーに在籍しているからなのよ?」


 レイチェルの言う事は全面的に正しい。


 この世界では神々から加護と呼ばれる特殊な力を授かり、与えられた加護が人生の全てを決めると言っても過言ではない。


 というのも加護の力は絶大であり、多少の努力や工夫なんてものは加護の前では児戯に等しいからだ。


「外に出たら『無職』ってだけでゴミ扱い。冒険者どころかマトモに生きていく事さえ出来なくなるでしょうね」


 そんな中、神に見放された唯一の加護と呼ばれているのが『無職』だ。


 それもその筈。


 この加護だけ何の恩恵もないのである。


「それでもアンタはパーティーから抜けて、一人で生きたいって言うの?」


 パーティーを抜けた先に待っているのは地獄のような日々。


 それが解っていて抜けたいなんて馬鹿じゃないの、と言いたげに告げるレイチェルだが――


「……ああ。色々と悪いとは思ってる。けど、もう限界なんだ」


 それでも自分の意志は変わらないとばかりに、リュートは更に頭を深く下げる。


 このパーティー。


 いや、目の前に居る幼馴染から離れられるというのなら、今ある全てを捨て、泥に塗れて生きていく事になっても構わなかった。


「待遇に不満があるって言うなら報酬増やすわよ?」


「むしろ貰い過ぎなくらいだ」


 何せ、パーティーのリーダーであるレイチェルより報酬の配分が多いのだ。


 これで文句を言えるような分厚い面の皮を持ってるのなんて、口ばかり出す癖にそれ以外は何も出さない悪徳貴族くらいだろう。


(というか、だから抜けたいんだよ……)


 はっきり言ってリュートの待遇は、能力に反してあまりに高過ぎる。


(足手纏いでしかないのは解ってるから、そりゃあ俺なりには頑張ってるけどさあ……)


 交渉事は出来るだけ担当するようにしているし、支援物資の補充等の雑用だって出来るだけ頑張っているつもりだが。


 それでも自分が一番報酬を受け取っているなんて、悪い冗談にしかリュートには思えない。


「この間、夜這いした件? そりゃあ私だって結婚するまで初夜は待つべきだって考えは理解出来るけど、避妊魔法くらい使えるのよ? 好きな相手と身体を重ねたいって思うのは、そんなに悪い事?」


 その好待遇の理由こそ、レイチェルがベタ惚れなんて言葉では生温い程にリュートを溺愛している事であり。


 パーティーの脱退を決意しなければならない最大の原因であった。


「その件は怒ってないし、その考えも悪い事だとも思わない」


「お風呂入ってきていい?」


「何でだよ……」


「汚れたままの方が好きなの? アンタがそういうなら私は構わないけど……」


「そういう話は一切してない。というかその件は怒ってないし考えも否定しないってだけで、相手の同意は得るべきだ」


「ああ、確かにその通りね。それじゃあアンタを抱きたいから同意してくれない?」


「だから今、そういう話をしてない……」


 疲れたように答えるリュートではあるが、彼だって男だ。


 同年代の異性から言い寄られれば悪い気はしない。


「そういう話でもあるじゃない。私の身体を気に入ってくれれば、抜ける気なんてなくなるでしょ? どうかしら? リュートの目から見て私は魅力ない? 抱く価値も見出せないくらい醜い?」


「……お世辞抜きで本当に綺麗だとは思うよ」


 おまけに相手は絶世の美女と来ている。


 これは幼馴染としての贔屓目だけではなく、実際にレイチェルは世間からも絶世の美女と評価されており――


 炎よりも深い緋色の髪と同じく深く赤い瞳への美しさ。


 そして圧倒的過ぎるまでの強さへの畏怖と敬意を込めて『緋色の戦女神』だなんて世間から呼ばれる事もあるくらいだ。


「だから何で脱ごうとしてる!」


「え、今のって合意の言葉じゃなかったの?」


 もっとも、リュートの目から見たレイチェルは、隙あらば襲おうとしてくる色呆け女でしかないのだけれども。


「……合意の言葉じゃない。純粋に綺麗だと思うから綺麗だって言っただけだ」


「じゃあ何で誘いに乗ってくれないのよ? 見た目だけは合格なんでしょ? だったらアンタは、ただ私を気持ち良くなる為だけの道具だと思って好きに使ってくれればいいじゃない」


 勿論、責任を取って結婚してくれるならそれが最高だけどなんて付け加えながら、尚も服を脱ごうとするレイチェルに止めてくれと訴える。


「人を鬼畜みたいに言わないでくれ。そういうのは引き留めるとか、そういう理由でやる事じゃなくてだな――」


「私はアンタの事を愛してるからしたいって面が強いわよ? 引き留めるのは良い口実になるからで、別にそこが優先じゃないわ。引き留めるとか関係なく夜這いだってしたじゃない」


「……そうだな。今のは俺が悪かった」


「はあ!? リュートに悪いトコなんて一つだってないけど!」


(いや、ここまで真っ直ぐ気持ち伝えてくれてるのに疑うような事言ったんだから、俺が全面的に悪いだろ……)


 突っ込みたくなるリュートであるが、わざわざ口に出さない。


 言えば余計に面倒な事になる事なんて、目に見えているのだから。


(そもそも子どもの頃の事で、ここまでされてもなあ……)


 レイチェルが自分にここまで想いを向けてくれる理由に関しては心当たりがある。


 かつて世界を滅ぼし掛けた魔王が赤髪だった事から、加護が判明していなかった幼少時代、レイチェルは忌子いみごと言われ周囲どころか親からも見放されており――


 リュートだけが、レイチェルに優しくしていた。


 ――そして、レイチェルの加護が『勇者』だと判明した瞬間、誰もが手の平を返し、それで自分以外を信じられなくなったのだろうとリュートは思い、それなら他の人を信じられるようになるまでは傍に居ようと思っていたのだが。


(だからって、これ以上は俺の身体がたないんだよ……)


 それは、ある日の事。


 勇者パーティーに所属しているにも拘わらず、リュートだけ龍殺しの称号を持っていない事が問題になり――


 リュートを勇者パーティーから追放するべきだという声が上がった。


(アレはもう死ななかったのが奇跡だと思う……)


 これに対してレイチェルが取ったのが、捕まえてきた下級ドラゴンとリュートの一騎討ち。


 勿論、国王や観客達の見守る中で。


 これにリュートは死闘の果てに勝利を得ていた。


 ――何故なら、もしそこで無理だなんて逃げ出そうものなら、リュートが居なくなる原因となった国を、物理的に地図上から消し飛ばすのがレイチェルという女だという事を、リュートは知っていたからだ。


(もう『無職』の俺が応えられる限界を超えてるんだよ……)


 はっきり言って、このままレイチェルに付き合っていたら確実に自分は死ぬだろうとリュートは思っている。


 その結果、怒り狂ったレイチェルが人類を滅ぼす事さえ想像出来てしまう。


 世界滅亡の危機を防ぐ為には、レイチェルから離れるしかないのだ。


「とりあえず、俺はパーティーから抜けさせてもらう。これは決定事項だ。納得してくれ」


「……解ったわ。それがアンタの願いなら、これ以上止めない。あんまり我儘言って嫌われたくないし」


 そして、自分が本気だと示せばレイチェルが結局は折れてくれるという予想通りの展開に、僅かに心を痛めつつ。


「ああ。それじゃあ縁があったら、また会おう」


 『無職』リュートは、勇者パーティーを脱退したのだった。

 


   ○   ○

 


(覚えてないわよね。『無職』なんて加護、本当は存在してない事なんて)


 私ことレイチェルは、『魔王』が持つ監視スキルを使って、街を出ていくリュートの行方を追う。


 誰も知らない、私が本来持っている加護の力。


(私の加護が『魔王』だって判明した時、真っ先に殺してやろうなんて思ってたのにさ)


 まだ私もリュートも幼くて、教会で加護の鑑定をしてなかった頃。


 『勇者』だったリュートが本当に偶然、勇者の能力でこれから私の授かる加護を知ってしまった時だった。


 リュートは酷く迷った後に――


 自分が持っていた『勇者』の加護を私に譲渡して、私の持つ『魔王』の加護を世界から隠してしまった。


 ――そうして神からの加護を捨てたからこその『無職』。


(……気付かなかったでしょ。本当は小さい頃、アンタの事、大っ嫌いだったのよ)


 優しくされる度に、私を憐れむなと思ってた。


 私と同じ赤髪に生まれても、そんな余裕ぶった態度を取れてたかなんて内心では憎んですら居たのに。


(なのに何が一目惚れだった、よ。告白したならせめて返事くらいさせなさいよ……)


 勝手な事をしてと文句を言おうとして。


 加護を渡した時に私に抱いていた記憶や恋心も大体私に渡しちゃったらしくて、肝心な事を全部忘れているのに更にムカ付いて。


 借りを作ったままじゃ嫌で身体で返そうとしたり。


 それで全然釣れない態度取るから、今度は逆に嫌がらせに無茶ぶり繰り返したのに。


 今まで、ずっと付き合い続けてくれて――


(これで私に恋心ほとんど渡している状態って、どんだけ元々のアンタは私の事好きだったのよ……)


 こんなの好きにならずに居られない。


 気付いたら本当に身体の繋がりが欲しくて。


 加護を欲しがりたいと心の底から願ってくれる事を願って、嫌がらせを繰り返すようになっていた。


 ――本人が心の底から加護を求めない限り、どう頑張っても加護の返却は出来ないらしい。


(ねえ、リュートはどんな未来を選ぶの?)


 『無職』のまま冒険者として成功する道もあれば――


 私に養われていく未来もある。


(それとも、もっと他の未来?)


 やっぱり『無職』なんて嫌だって、どこかで限界を感じて。


 私から加護を取り戻す未来。


(大丈夫、リュートがどんな未来を選んでも私は協力するからね……)


 もし『勇者』に戻るなら、私は本物の勇者様から加護を奪い勇者面していた、史上最悪の魔王として殺されるの。


 勿論、リュート自身の手で。


(そしたら、リュートは絶対に私の事を忘れない……)


 ゾクリと背筋せすじが震える。


 私に恋心を奪われてからというもの、どこか無気力気味な性格になってしまったアイツが。


 私だけを見て。


 必死で私と戦って。


 私の命を、全てを奪い去っていく。


 そして優しいアイツは、きっと永遠に私を忘れない。


 例えその後に誰と結ばれても。


 子どもが出来ても。


 きっと何かある度に私の事を思い出して、顔を曇らせる。


 愛した女よりも何よりも、私の死がアイツの心の一番深くに根付く。


 そんなの――


「……リュート」


 気付いたら服を脱ぎ捨てて、自分の胸に手が伸びていた。


 その後、夢中になり過ぎてアイツの観察が甘くなってしまった事だけが、心残りだわ。

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