VOICE~声の世界で生きるために~

恋敵 鼠作

第1話 一声一歩

みなさんはあなたにとっての

「V」と聞くと何をおもいますか?


若い子ならこう答えるでしょう「Vtuberブイチュウバー」と

野心家ならこう答えます「Victory勝利」と

エリートならこう答えを出します「Vain無駄だ」と

恋に悩むならこう答えを挙げます「Vernal春だね」と


僕にとっての「V」は「VOICE」でした


これは夢も、友達も、感情、心すら失った

少年が声を取り戻し、思いを叫ぶ

そんな実話です。




――—―カタカタ

新幹線の窓から見える景色が灰色のビル群になり、3月のまだ冷たく澄んだ青空が

まるで別たれた僕の心を表すかのようにも見えた。


~まもなく新大阪です。J...京...


「ここまでいろいろと長かったな」

次の目的地をしっているからこそ、いや不安になっているのかもしれない。

新幹線内を流れるアナウンスに耳に傾けることなく席を立ち、僕は自分では開けることのできない、重く冷たい扉の前に立った。


「がんばっている君が好き...か...」

記憶すらない男が、何を思ってこの扉の前に立っているのかさえも分からない。

ただ冷えた心にマッチ一つ、小さな明かりを灯してくれた人の声に手を引かれて

立っている。

「ふっふっふ」

「あっはっは!!!」

「さぁーて浮かれている心を落ち着かせるために歌でも聞いちゃいますか!」

そういってノイズキャンセリング抜群のヘッドホンをつける


心の中の般若面の男が囁く


―――お前は幸せになれない―――

.........ッ!

―――お前は選択肢を間違えた―――

黙れ

―――ハサミで首すらきることのできない半端者に―――

黙れよ

―――簡単に搔っ切れば死ねるのに、なぜできない、臆病者が―――

.........もういいから

―――だって罪悪感があるもんな!記憶を封印したっていう罪の意識をもってないと

.........やめてくれよ

お前はになるんだよ  「もうやめてくれといってるじゃんか!!!」


~ドアが開きます

そこでハッと我に変える。周りの人たちの視線が怖いくらいに鋭く冷たい。

痛いくらいの視線を浴びながら僕が一言。

「あぅ...えぅーと...熱くなりすぎちゃいましたね...」

「...ほんと...なんか...すみませんでした」

さっさと行けよと背中を押されるように、力の入らない右半身で、

こんな感じで僕の最初の一歩はあっけなく踏み出した。

 

考えもまとまらないままに動いてしまったから

「えっとどこから行けばいいのか...下りればいいのかな」

流れるように階段を下りていき集まる人の中心点に僕は立ってあたりを見渡した。

視界の全てで人が動いている。先を急ぐように小走りで駆けてゆくスーツの男性がいれば、顔をクシャクシャにするほどの笑顔で次の行き先に心輝かせる子がいる。

そういった人の中で何かを目指して立ち止まる人たちに僕の目が固定される。

駅の中にあるお店のようだ

「田舎だと並ぶほどの人がそもそもいないよな」


ちーずけーき?とこっちのお店は...この形は確か肉まんだったかな

けーきは確かCAKE甘いやつであってるよな...


何か自分の引っかかりがある、大事なことだったような気がする

ケーキ...チーズケーキ...


おぼろげな記憶の断片が心に映って僕は気が付く


あぁ...

「僕が好きだったものだ...」


カラフルな笑顔があふれた世界に涙を流すシロクロのバケモノがいた


―ピコンッ

「あのっ」

携帯の通知音と同時に声をかけられどっちを先にしようかあたふたしてると

女性が間髪入れずに聞いてきた。


「並んでいますか?」

書きかけのメッセージを止めこっちを先にしよう。

「すみません!すごい人の列だなと、田舎から出てきたばっかで行列とか初めて見たんです!」

「ふふっ、どこからここに来たのですか?」

笑われてしまった。

そういえばジロジロ見るやつは田舎者感丸出しってネットの記事に書いてあったな。

「山口県から来ました。こっちで学校いくために来たんですけど都会初めてなので全く慣れていなくてすみません」

「山口県って確か九州の!」

「ギリギリ違いますね...本州の端っこです...」

「あれそうでしたっけ?社会苦手だったからわかんないや」

せっかく明るく話しかけてくれたし笑顔が素敵なこの人に聞いてみるか。

「ここのお店ってすごい人気ですね、とってもおいしんですか?それとも有名なナニカあるんですか?」

「本当に眺めてたんですね、ここは大阪のお土産としては結構人気の部類にはいりますよ~私は肉まん新幹線で食べて、家へのお土産にケーキ買って帰るつもりです!」


おぉ...新幹線であれを食べるつもりなのか...匂いやばいと思うよお姉さん...

だって今こうやって話しているときも店から鼻腔を刺激する、

うまみ爆弾の香りがするもん。

新幹線であんなもん持ち込んだら即飯テロ犯として捕まるよ、マジで。



いや...あのぐらい自由に生きるべきなのかな

僕も一つ買ってみようかな、引っ越しの手伝いに来てくれる

たった一人の親友もいるし


いやチーズケーキはが好きだったものだ

生まれ変わりたいんだろ、新しい人生を歩むんだろ

だったらすることは一つだ。

「ありがとうお姉さん俺も実家に帰るときに買ってみるよ」


帰ることがあればね...


「それがいいと思います!」

俺には一生できないと思うほどにすっごいきれいな笑顔

眩しすぎて直視できないや。

「いろいろ教えてくれてありがとうございます。」

頭を下げてそそくさと日差しから逃げるように離れる


「お兄さんも頑張って!大阪で何を目指すんですか!」


俺が目指すものそれは

にっこり笑顔で答えないとな!


「芸能界ってとこです!」


―ピコンッ 既読無視はやめちくり、シュクメルリ

ごめん今着いたと返す

駅員さんに自動改札という関門をどうやったら超えることができるかを聞いて

抜けるとそこには見慣れた人がいた。

「よっ!久しぶりつむぎ君、コロナで大分時間あいちゃったから久しぶりになるな」

僕がたった一人の親友だ

「こうくん、ごめん!自動改札の抜け方わかんなくて時間かかっちゃたわ、こっちに来るときに作ったカード使うのかと思ってた」

「それはまだ使わないよ、じゃあ早いとこカードを使う地下鉄乗りにいっこか」

祖母の家がお隣同士で長期休みになる遊びに、といつも一緒にいたのが

親友のこうくん


じつはこうくんと僕は同じ病院で生まれた。だけど面白いことに、母が病院から教わった、謎の船漕ぎダンスのせいなのか僕が早く三月に産声を上げ、彼は四月だった。

世界のルールだと僕が一歳、年上だが僕たちはずっと一緒にいた双子の兄弟のように

遊んでいた。

「地下鉄は初めてだっけ?覚えてる?」

彼は僕が抱えているを知っている。

「地下鉄は初めてだったはずだよ、もし高校時代より前に

乗っていたら覚えてないけどね」



そう...僕こと高水紬たかみずつむぎが抱えているとは



―――記憶がないのだ―――


僕には高校よりも前の記憶が無い

記憶が無いといっても記憶喪失ではない

記憶を封印してしまったが正しいかな

僕は大切な思い出が詰まった記憶という名前のタンスを

鎖で雁字搦めにしばってしまったのだ


「このカードどうやってつかうの?」

「これを自動改札にポンとタッチすればすぐよ!」

「いや人の流れすごくてタッチできる気がしないんだが...」


お医者様がいったことを説明すると僕は、離人状態ってことらしい

離人状態による、記憶の乖離だと言われた。

離人状態はひとそれぞれ症状が違う、自分自身の手足が異物と思う人もいれば、

自分が幽霊になったように感じる人もいる。


僕の場合は、今の自分が映っているテレビを過去の自分がずっと眺めているのを

TPSゲームのように第三者視点で俯瞰してみているのだ。


「なにこのゲート!すっごーい!」

「そういえば田舎だと駅のホームにあるゲートは見ないだろうね」

「初めて見た!やっぱ都会はすげぇや!」


記憶がなくなったからこそ見るものすべてが新鮮でやっと人生を楽しめるように

なったかもしれない。


「こうくんぅ...ボク、ツブレチャウ」

「あっはっは!満員電車も初めてだもんね、朝移動するときは毎日これだよ~」

「タイ焼きの気分...アンコ...デチャウ!」


記憶がなくなったからこそ見るものすべてが初めてでこれからの人生に不安を感じるようになったかもしれない。


「さぁ!この階段をのぼれば紬君の新天地にたどり着くよ」

「死んじゃう満員電車の後にダッシュはマジで死ぬ」


僕の目にはずっと世界が白黒、モノクロにしか見えなかった。

だけど無機質なコンクリートを駆け上がったとき

そんな二つの迷いがが一瞬で消える景色があった


『灰色のビル群と青い空』


記憶が無くなった僕が手に入らなかった色

記憶が無くなって僕が痛いほど流した色

僕という人間の最終回にも見るはずの色

僕という人間の誕生日にも見るはずの色


この男の最初のVOICEはこうだった


「青色」













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