Go with Devil~しかし実は隣にはサキュバス~
森野きの子
第1話
ただ、怖かった。
大きな物音がして、母さんが殴られ、蹴られ、踏みつけられているのは、わかっていた。
顔中がぐしゃぐしゃになりながらも声を押し殺して、泣いていた。鼻から漏れる息と声さえ、出さないように号泣していた。
十一月の雨はとても冷たいんだと、CDラジカセからアメリカのハードロックバンドのバラードが流れていた。
おれは五歳だった。母さんはおれを押し入れに隠して、絶対に声を出さないように、物音を立てないようにと念を押した。
あいつがくると、母さんは、おれを押し入れに押し込んだ。あいつは、父さんの子供の、おれがきらいだから。
おれは、ひたすら声を押し殺して、布団の間に潜り込んで、あいつが帰るのを待つしかなかった。
母さんの苦しそうな呻き声が聞こえて、すぐにでも飛び出して母さんの様子を見に行きたかったけれど、絶対に出てきちゃだめだと言われていたから、ずっと我慢した。
騙されたとはいえ結果的に、母さんの言いつけを破った子ヤギがオオカミに食べられたことを知っていたから、おれはひたすら母さんの言ったことを守った。
そして、気がつけば、パトカーのサイレンが聞こえて、警察がやってきて、警察官の一人がおれを押し入れから出した。
母さんは死んでしまい、おれは、母さんの妹の小夜子さんに引き取られることになった。
小夜子さんは、離れた町でスナックの雇われママをしていた。
母さんの葬式で初めて会った彼女は、おれの隣に座って、本当は子供が欲しかったけれど、何度か中絶をしたせいで子供が出来ない身体になってしまい、諦めざるを得なかった。だから、おれを引き取りたいと言ってくれた。
小夜子さんはすごく母さんに似ていて、それが嬉しくて、悲しかったが、葬儀に集まった大人の誰よりも、おれを受け入れてくれると確信できた。他の大人たちは小夜子さんことをよく思っていないことが子供心にもわかった。しかし、祖父母も他界しており、遠縁の親戚たちがおれの存在を疎ましく思っているのも伝わってきて、信用ならないと思った。おれは二つ返事で小夜子さんについて行った。
小夜子さんは夜働きながら、おれを育ててくれた。小夜子さんには、母さんのようにアパートに押し入ってくるような男もいなかった。きっと母さんは気弱だったから、男に力ずくでいいようにされていたのだろう。
小夜子さんはスナックを引き継ぎ、おれを大学まで卒業させてくれた。おれは警察官になった。
母さんを殴って死なせた――、いや、殺した男を捕まえるために。
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