第2話 農業は男女平等! ひたすら体力、根性!




 牛の餌が重い。

 勤め先は北国の小さな牧場、60頭前後の牛がいる繋ぎ牛舎だ。

 家族経営で、オーナーの息子がイチローさん、イチローさんの奥方ミドリさん、リーダーの弟君ジロくん。

 唯一の従業員は、リーダーの友人である若手男性ネコタさん。

 このメンバーでミドリさんもネコタさんも普通高校の人である。

 注※全員仮名でお送りしております。


 オーナーいわく。

 農業に必要なのは知識じゃなく体力!

 身を持って知ることになる。

 この日のためにホームセンターで買ったツナギと安全長靴(つま先に鉄板が仕込まれているやつ)を装備している。

 一日の勤務時間は、朝に四時間、中抜けして夕方から四時間の二回出勤。

 初日は夕方のみの勤務ではじまった。

 

 たぶん多くの人が牧場風景を思い浮かべると、のびのび放牧される牛、草原に転がる藁ロール。

 藁ロールは白いビニールに包まれていて、1個60kg以上する。米一俵より重い。

 クジラかぎという鉤爪農具を円柱の左右にぶっ刺して転がして、牧場に転がっているやつを牛舎内に運び込む。

 60頭に3ロールずつあげる予定だ。


「若い女の子だしそういう力仕事は男に任せなよ」なんて言ってくれる人はいない。

 酪農現場、良くも悪くも男女平等!

 入社時期は真冬。

 積もった雪の中、藁を回収しに行っただけで死ぬかと思った。


 どんなに踏ん張っても藁が動かん。自分の体重より重いものを動かすのは初見殺しだ。

 結局イチローさんが運び込んだ。


 ちなみに牛舎の中に冷暖房設備なんて存在しない。外気温=室温である。

 クソ寒い。歯をガチガチ言わせながら藁の梱包をといて一輪車に乗せ……られない。

 60キロもあるもんを持ち上げられるか。

 塊をばらして一輪車に山にして、牛舎内をめぐる。


「新しい餌あげる前に餌槽しそう掃除しろよ、ちはや」

「餌槽とは」

「そこ。牛の前の金属板の部分」


 つなぎ牛舎は牛の目の前に餌置き場がある。食べ残した藁や細かい餌が飛び散っている。


「ちはやは汚れたお茶碗に新しいご飯盛られるの嫌だろ? 牛だって同じだ。餌場はきれいにしてやれ。ウォーターカップも、コップと同じだ。食べ残し量が多いやつには胃薬やるからメモ書いて渡せ」

「わかりました」


 リーダーの指示にしたがってT字型ブラシを持ち、餌槽をはく。腹ぺこで怒り狂った牛達に頭突きされて痛い。こやつらの角は凶器だ。

 新潟山古志で牛の角付きってのがあって、つまりあれは闘牛なんよ。闘牛に突かれてるようなもん。

 掃除して藁をあげている最中、後ろから来た給餌機きゅうじきという鉄の箱にかれた。私の餌やりが遅すぎて給餌機に追い越されたのだ。

 給餌機とは、設定された時間になると起動して牛舎内をまわり、牛に自動で配合飼料をあげる機械だ。


 藁では得られない栄養をバランス良く含んだ、栄養食。

 内訳はとうもろこし、大豆、麦、小麦ふすま、ぬかなどだ。


 藁と配合飼料は、白米とオカズみたいな関係。

 牛は胃の構造上、藁をあげないと配合飼料の栄養をうまく吸収できないとイチローさんが言う。


 本当は給餌機より早く全頭に藁をあげなければならなかったらしく、めちゃくちゃ怒られた。

 怒られる理由はただ一つ。

 餌やりが遅れると、腹が減って牛が凶暴化するからだ。餌やりと同時進行で搾乳が進んでいるから、搾乳担当の人たちからすると命がかかっている。


 ブモゥブオウ!! と牛舎中に響き渡る低音で牛からも文句を言われまくった。


 初日は餌やりだけで疲れ果てていたが、餌やりと搾乳が終わってもまだ終わりではない。


「次、寝床の掃除!」

「イエスサー……」


 イチローさんにスクレイパーという、毛のないモップみたいなものを渡された。

 つなぎ牛舎の牛はそこから動かないから、寝床にまんま糞が落ちる。それをきれいに落として、牛の後ろ足がわの足元にあるバーンクリーナーという溝に落とす。

 寝床をうんこまみれのままにしておくと、牛はその上に寝る。

 乳もうんこまみれになる。

 牛乳の質にも関わる。


 というわけで掃除も一切手を抜かずにやらなければならない。

 先輩であるネコタさんにデボンを見せてもらいながら寝床掃除して、ようやく夕方の仕事が終わった。

 体力尽き果てて死にそうだが、これでもまだやるべき仕事の半分。夕方のみだ。

 早朝五時半からも同じことをやる。

 疲れすぎて、アパートに帰って風呂で寝落ちしかけた。

 



 

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牛日記 〜元酪農従業員の体験談〜 ちはやれいめい @reimei_chihaya

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