第26話 金融商品

 次の日。

 病院に向かうと、妹の意識が戻ったので医師の診察を受けていたところだった。


「明日には退院しても大丈夫ですよ」

「先生、本当ですか? 妹は心肺停止になったと聞いてるんですが」

「検査したところ特に異常はありませんでした。健康そのものですよ。一応今日一日安静にはして頂きますが」

「そうですか……」

「兄さん、心配しすぎよ。ちょっと眩暈がしただけだってば」

「眩暈で心肺停止にはならないだろう」

「うーん、ここに運ばれた時には心拍数も戻っていたし……妹さんの能力はなんだっけ?」

「エレクトロキネシスです」

「そうかぁ。雷系の能力はたまに誤作動で筋肉の収縮が確認されているし、それじゃないですか?」

「今までそんなことはなかったのに?」

「兄さん、私は大丈夫だから」


 医者の診断にはいまいち納得できなかったものの、設備の整ったこの病院で問題ないと診断されたのならそれに従うしかない。

 たしかに妹の様子はいつも通りだ。


「明日まで妹をよろしくお願いします」

「うん。もし何かあったら連絡しますから」


 頭を下げて医者の先生に妹を任せる。

 着替えを持ってきたついでに妹の好きなお菓子を買ってきたので病室においた。


「兄さん、ありがとう」

「これくらい気にするな。本当に体調は問題ないのか」

「うん。いつもより元気なくらい」

「ならいいんだけど。必要なものがあったら買ってくるよ」

「いいから。今はここにいてよ」

「分かった」


 椅子に座ってベッドに横たわる妹を見る。

 健康そうだが、やはりどこか元気がないようにも見えた。


「キャラメル食べさせて」

「好きだよなこれ。ほら」


 箱から一粒取り出し、封を開けて口の中に入れてやる。

 今日は少し甘えているな。


「おいし」

「怪我がなくてよかったよ。お前までいなくなったら俺はどうしたらいいか」

「その時は自分の人生を生きて。そうじゃないとあの世で祟ってやるから」

「怖いこと言うなよ」


 両手を前に出してだらんとさせて舌を出す。

 幽霊のポーズだ。

 これくらい元気なら心配はいらないか。


 しばらくとりとめのない会話をする。

 最近はこういう時間をあまりとれていなかったかもしれない。

 口数が減っていく。


 やがて寝てしまったので起こさないようにゆっくりと立ち上がり、病室を出た。

 明日退院の時に妹を迎えに行くので、これからデパートに向かわないと。

 服なんかがロッカーに置いたままだ。

 デパートの周辺は色々と騒がしいものの、営業自体は再開していた。

 商魂たくましいというべきか。


 警備員の控室に移動する。

 休憩中の警備員がいたのだが知らない人だった。

 事情を話すと快くロッカーの荷物をとってくれる。

 中身を確認し、礼を言って帰路につく。


 端末を確認すると、警備員の報酬とは別に協会から臨時の奨励金という名目でお金が振り込まれていた。

 どういうことだろう。何も聞いていない。

 三峠さんに確認してもらうか。


 もし誤って振り込まれていたら使い込みになってしまう。

 荷物を抱えたまま支部に行き、三峠さんに話しかける。


「カズヤくん。どうやら大変だったみたいね」

「もう伝わってるんですか。まさかあんなことがあるなんて思いませんでした」

「それは私も。ごめんなさいね、仕事振っちゃって」

「三峠さんが悪いわけじゃないですから。それでですね、なんか奨励金ってのが振り込まれてるんですけど。これって……」

「ああ、君は今までパトロールばっかりだから知らないか。目だった功績が認められたらこうやって追加報酬が支払われるの。今回だと人質の命を守ったり、敵のボスを一時的に無力化したのが評価されたみたいね」

「なるほど……そういうのがあるんですね。協会から直接貰えるのか」

「そう。まあ口止め料も入っているかもしれないけど」


 口が滑ったのか三峠さんは手で口を塞ぎ周囲をキョロキョロと確認する。


「やっぱりそういう意味ですかね。額も結構多い……というか依頼料よりも多いし」

「協会はあくまでも企業群の下部組織だから、ね。幻滅した?」

「いえ。ありがたく頂戴します。協会の治安部隊に助けてもらいましたし、奇麗ごとだけで世の中はまわっていないのは分かってるので」

「その歳で達観してるね……。引き続きよろしくお願いします。今回のことで評価ポイントもプラスされたからできる仕事は増えていくと思うよ。意外と能力不問の仕事も少なくないし」

「本当ですか? 頑張りますよ」

「うん。ただできればパトロールは続けて欲しいかな。君の評判もいいし」

「あれはあれで定期的に稼げますから、いいですよ」


 能力がなくても安定して稼げるのはやはりでかい。

 本当に実入りのいい仕事は求められる能力も限られる。

 能力指定がされている場合も多いのだ。


 そんな中で定期的にできる仕事は続けていきたい。

 幸い向いているのか辛くもないし、それにリカと会うのも楽しみになってきたところだ。


「とりあえずこのお金は受け取っていいんですね。額が額なのでちょっと不安でした」

「学生が持つにしてはちょっとね。もしよかったら社債でも買う? ちょうど三大企業の一つが追加で出すみたいよ」

「社債……ってなんですか?」

「企業の債券……って言っても分からないか。企業が投資のためにお金が必要な時、将来にわたって少し多めに返すから今お金を貸してほしいっていう権利を売るのよ」

「借金みたいですね」

「まあ近いかなー。どうする? 協会員は優先的に買えるの」

「ええと……それって一度買ったら売ったりできるんですか」

「もちろん。これ自体も売り買いされるんだよ。だから価格が動いて元本保証とはいかないけど。償還期限までもっていれば元金は帰ってくるから」


 金融商品というやつか。

 念のためページを確認させてもらう。

 さすがに詐欺ということはないだろう。

 三峠さんはそんなことはしないと信じたい。


 今回の収入はすぐに使う予定はない。銀行に入れておくよりはマシだろうか。

 値動きも確認したが、わずかに上がったり下がったりしているだけでそれほど変動もしない。

 元はなかったお金だし物は試しだ。


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