第22話 相性
ガソリンに引火しないかひやひやした。
ジェスターはボクシングのような構えをすると、巨体に似合わないフットワークで警戒に距離をつめてきた。
そして鉄の右手が顔面に突っ込んでくる。
肉体強化の能力を持ち、あれだけ鍛えていた朋畑さんですら耐えられなかった一撃だ。
俺が食らったら下手すると即死だろう。
だが、こいつの能力を見た時から考えていたことがある。
確証はなかったので実行に移すのに時間はかかったが、やるなら今だ。
迫りくる右腕にあえて突っ込む。
ただし少し顔を反らせて直撃はしないように。
ジェスターが鼻で笑ったのが見えた。
右手が軌道修正され、俺の顔面へとぶつかるかに見えた。
だがジェスターの右腕は紙一重で俺の顔から逸れる。
能力を使って磁力の反発を利用しジェスターの攻撃を回避することに成功した。
完全に意表を突く。
目を見開くジェスターに向かって全力で右手に持った警棒を振るう。
全身が鉄化すれば勝ち目はない。
油断している今がチャンスだ。
警棒は見事にクリーンヒットした。
だが、当たった瞬間に右手が痺れるほどの衝撃が帰ってきて警棒を落としてしまった。
「驚いた。今のは何の手品だ?」
「ボス、大丈夫で?」
「ああ。当たる直前に鉄化した」
能力の使用速度が早い。瞬きする暇があるかどうかだったはずだ。
これだけの能力を持ちながら悪事に使うなんて……。
いや、だからだろうか。
「右腕が当たる直前に少しだが無理やり軌道を変えられた感じがしたな。サイコキネシスか?」
「どうだろうな」
右手のしびれが治まってきた。
だが警棒は蹴り飛ばされてしまい、武器がない。
鉄の身体を素手で殴ればこっちが怪我をする。
しかしこうなった以上はやるしかない。
少しでも時間を稼ぐんだ。
通信画面の奥では副会長が急いでどこかに連絡しているように見えた。
恐らくこれ以上は放置できないと強行突入の指示を出したのだろう。
人質の身の安全のためにもジェスターの意識はこっちに向けなければならない。
トージェンが自由になっているが、さっき郡衙が目を覚ましたのを確認している。
姫川と組めばアイツの能力ならトージェン相手でも対抗できるはずだ。
たらればばかり、穴だらけのプランを組むことしかできなかった。
しかしこれが今できる精一杯だ。
「ふん、少しは楽しめそうだな……」
「あれだけ御大層に言っておいて本音はそれか」
わざと気に障るようなことを言って挑発する。
ジェスターは挑発だと分かっているようだが、乗ってくる。
やはり本質は暴力が好きなんだろう。
全身が鉄になったジェスターが迫る。
まるで丸太のような太さのある右足が俺の腹目掛けてきた。
鉄化した影響で動きこそ鈍くなったが、重量と硬度は比べ物にならない。
ガードを固めて反対の方向へとジャンプしながら受けた。
もちろん能力を使用してジェスターの右足が近づくほど反発するようにした。
なるべく衝撃を最小限にするようにしたのにそれでも凄まじい衝撃が襲い掛かってくる。
肺から空気が漏れだすように勝手に息が口から出た。
そのまま壁に激突し、痛みと衝撃で動けなくなる。
ジェスターはそんな俺に向かってゆっくりと近づいてきた。
「不思議な感覚がしたな。まるで俺の身体がお前から離れたがってるようだ。お前のろっ骨を全部砕くつもりで蹴ったのに、手応えが薄い」
「ごほっ」
むせて言葉を発するのも難しい。
だが立ち上がらなければ。
痛む腹を抑えながらなんとか立ち上がった。
「そうか。磁力か。なるほど鉄の能力を持つ俺からすれば天敵みたいな能力だな。迂闊だったぜ」
口ではそう言いながらジェスターは足を止めない。
俺を恐れてないのは明らかだった。
「もしお前がA級ほどの能力があれば……あるいは俺をどうにか止められたかもしれんな。神はお前の運命を見放したようだ」
「神様なんて信じてるのか?」
「企業よりはましな信仰対象さ。気が変わった。お前はここで仕留めることにする」
「どうせそのつもりだったくせに」
ジェスターから遊びの気配が消えたのが分かった。
殺気が増し、圧力が先ほどの比ではない。
おそらく鉄の能力を使って更に自身の身体を強化したのだろう。
俺に対する過剰な対応に恐れ入る。
少しは時間を稼げただろうか。
ジェスターが一歩歩くとズシンと振動がきた。
内部がどこまで鉄化しているのかは分からないが、丸ごとだとすれば鉄の密度を考えると下手すると一t近い体重になっている。
ジェスターが走ってきただけでトラックが突っ込んでくるようなものだ。
かすっただけでもその衝撃で終わりだろう。
磁力を利用して斥力を発生させるつもりだが、俺の能力であの質量相手にどこまでできるのかは果たして疑問だ。
右肩を前面に押し出し、一気に突っ込んでくる。
なりふり構わず思いっきり右へ飛んだ。
転がって勢いを消し、即座に立ち上がる。
ジェスターはすぐに立ち止まってこっちへと方向転換してきた。
重いんだから慣性の法則で少しは足を止めればいいものを。
再び右へと跳ぶ。ジェスターの腕が伸びてきたが磁力の力を使って反らすことで回避した。
磁力は弱いが、それでも反発する力は働く。
目算とズレて見誤るようだ。
「ならこれはどうだ?」
蹴りが来る。
多少反らしたところで身体に当たるのは免れない。
そして今度こそ当たったら終わりだ。
両手をクロスさせてせめて身を固める。
……だが、その瞬間は訪れなかった。
足が当たる寸前のところで止まっている。
なぜだろうと思った瞬間、体中が一気に熱くなった。
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