第14話 迷子の少女
お客さんによるスタートダッシュは三十分ほど続き、ようやく少し落ち着いた。
それでも出入りする人の多さは凄まじく、皆セールを楽しみにしていたのが分かる。
「そろそろいいだろう。一階を巡回するぞ。報告は逐一遠慮なくしろ。何かあったことが伝わらないのが一番よくないからな」
「分かりました。ルートは?」
「このフロアは俺とお前だけだ。俺が右回り、お前が左回りでいいだろう」
足立さんに返事をして巡回を始めた。
ミーティングでデパートの地図を受け取ったので一階のフロアをざっと確認する。
一階はスーパーを中心とした商業施設になっており、買い物客ばかりだ。
言われた通り左回りになるように移動する。
しばらくは何事もなく歩いているだけだったが、次第に目的地への行き方を聞かれることが多くなった。
地図を広げて最短ルートを説明し、お礼を言われて解放される。
そんなことを繰り返すうちにデパートに詳しくなってしまった。
足立さんから無線で連絡がくる。
「そっちのようすはどうだ?」
「特に問題はありません。道案内のおかげでこのデパートに詳しくなりましたよ」
「だろうな。お前も一日でエキスパートになれるぜ」
「光栄です。……多分迷子を見つけました。話を聞いてきます」
「分かった。近くに親御さんがいないなら迷子センターに連れて行って待機してもらうように」
「はい、了解です」
無線を切り、ぬいぐるみを抱いたまま泣いている少女に近づく。
備えつけられている椅子に座っており、何かあったのは明らかだ。
膝をついて目線を落とし、声をかけた。
「こんにちは。どうしたのかな?」
「ママがいないの。さっきまで一緒だったのに」
「いつはぐれたか分かる?」
少女は首を振って否定する。
周囲を確認してみたが、心配そうにする人はいるものの親らしき人物の姿はない。
「お名前を教えてくれるかな?」
「マナ。マナっていうの」
「マナちゃん。ママとはぐれた後は移動したかな?」
「ママをずっと探したんだけどいなくて……疲れて座ってたの」
「なるほど、大変だったね。お兄さんが必ずママと会わせてあげるから、もう大丈夫だよ」
「ほんと? ママと会えるの」
「うん、大丈夫」
マナちゃんの表情が少しだけ明るくなった。
ハンカチを取り出し、赤くなった目から涙を拭き取る。
彼女を見ながら妹が幼かった時のことを思い出していた。
あの頃は俺の後ろをよく引っ付いてきたものだ。
「まず迷子センターという場所に行くからね。もしかしたらマナちゃんのママもそこにいるかもしれない」
「分かった」
「いい子だ。ほら、これを飲んで」
マナちゃんにスポーツドリンクを買ってあげる。
歩いて疲れただろうし、泣くと思ったより水分が失われるものだ。
何度か口をつけて一息ついたのを確認し、手を繋いで迷子センターへ連れて行く。
迷子センターはデパートの三階にあり、託児所も兼ねている。
子供用の広場では小さな子がおもちゃで遊んでいた。
「確認して来るからちょっと待っててね」
「うん」
マナちゃんは素直に頷く。
迷子センターの職員に問い合わせがあったか尋ねると、いまのところは無いと返答が来た。
もしかしたらどこかで探しているのかもしれない。
放送で呼び出すなら本名が必要だ。
「マナちゃん、ママから何かメモを預かってたりしないかな?」
「これ?」
マナちゃんがポケットから一枚のメモを取り出す。
そこにはマナちゃんと母親のフルネームが記載されており、電話番号も載っていた。
これならすぐ解決しそうだ。
迷子センターの電話を借りてマナちゃんの母親へ電話する。
すぐに相手が出た。
「もしもし、須藤真美ちゃんの親御さんでしょうか?」
「は、はい! 娘はそこにいますか!?」
「落ち着いてください。今真美ちゃんを保護して迷子センターにお連れしています」
「すぐ行きます!」
電話が切れた。
よほど心配していたのだろう。焦りが声から伝わってきた。
この子はちゃんと愛されてるな。
「すぐママが迎えにくるからね。ここで待ってようね」
真美ちゃんに伝えて大人しくしてもらう。
すぐに母親が駆けつけてきた。
憂いのある美人で、何度も頭を下げてお礼を伝えてくる。
「これが仕事ですから。何事もなくてよかったです」
「本当にありがとうございます。何とお礼を言ったら……。二階の服売り場で目を離した瞬間にいなくなってしまって、ずっと探してたんです」
道理で一階で母親が見つからなかったわけだ。
真美ちゃんはきっとエスカレーターで移動してしまったのだろう。
そのせいで合流できなかったのだ。
なにはともあれ、無事解決できてよかった。
真美ちゃんを手を振りながら見送る。
「足立さん、迷子の件解決しました」
「おう。ならそのまま休憩入っとけ。そんで交代で俺が休憩に入る。式典が始まったら俺はそっちの警備に行くからここはお前ひとりになってしばらく休めないぞ」
「分かりました。それじゃお先に休憩いただきます」
足立さんの指示に従って控室に移動し、ロッカーの中から水筒を取り出す。
中身は温かいコーヒーが入っている。
椅子に座って一口飲むと緊張がほぐれる気がした。
部屋には俺一人だ。
ここではバラバラに休憩をとるらしい。
今のところよくやれてる……と思う。
案内は難しくないし、トラブルだけなら繁華街の方がよっぽど厄介なものばかりだ。
この先休憩をとる時間はなさそうなので、買っておいたカロリーメイトの封を開ける。
こういう時は手軽で助かる。腹持ちもいいし、嵩張らない。
食べ終わってパサついた口の中にコーヒーを流し込む。
少しだけ目を瞑り、それから休憩を切り上げて足立さんに連絡した。
「分かった。じゃあ俺は休憩に入るからこっちは任せたぞ」
「任せて下さい」
足立さんが休憩に入り、一人で一階のフロアを巡回する。
朝に比べてお客さんの数も落ち着いており、案内を求められる回数も減った。
できればこのまま何事もなく終わってくれたらいいんだけどな、と思いながら周囲を確認する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます