1-5 過去の罪

 タッチパッドを指先で撫でて、真直ますぐは動画の天音あまねアムレアがアップになる場面に切り替えた。美しい天音アムレアの顔が、照明もあって白く輝いているようにすら見える。

「十年前の動画データと現在じゃ、解像度が違いすぎる。ここまで綺麗な動画データは、現在のものだろうな」

「そこは……何か補正をかけるとか、できるんじゃないのか?」

「かもしれないが……このシーンでは、マスコットキャラクターと一緒に映ってる。このマスコットキャラクターは、十年前には存在しなかった。復活してからのものだろう。それと並んでも不自然さが見えない」

 真直が操作して表示した、サルベイちゃんと天音アムレアのツーショットを、西園寺さいおんじは食い入るように見つめた。真直の言う通り、どれだけ眺めても不自然さは見つからない。合成だとしたらよほどの腕前なのだろう、と思うしかない。

「それに、動画の中ではチャットルームやビデオチャットにも触れられていた。これも、復活してからの活動だよな。俺だって、天音アムレアの声をよく覚えてるわけじゃないから、よく似た声の人が喋ってるんだって言われたらわからないけど……まあ、それは十年前の音声データがあれば検証できるかもしれないな」

「ちょっと待て」

 西園寺は身を乗り出した。真直は機嫌悪そうな顔で西園寺を振り向く。

「お前の話じゃまるで……この動画が天音アムレア本人のものだって、そういうことになるじゃないか」

 真直は溜息をつくと、ぼさぼさの髪の毛をかきむしった。

「俺だって認めたくない。納得いかない。それでも、動画に不自然なところがないんだ。この動画は確かに最近撮影された──少なくとも、最近編集されたものだ。声だって最近録音されたものだ。天音アムレアは、確かに死んでるはずなのに……」

 そのときふと、西園寺は「私は復活したのです」という天音アムレアの声を思い出した。復活──死んだ人間が復活したとでもいうのか? まさか!

 黙った西園寺からモニターに視線を戻して、真直は関連動画の中から別の動画を流し始めた。そのタイトルは「『不滅のサーリーン』で読み解く罪と浄化」というものだった。

 画面の中では、天音アムレアが『不滅のサーリーン』というコミックスを手に罪について語っていた。コミックスの表紙には、金髪の少女の姿が書かれている。重く暗いストーリーと容赦のない展開が一部で人気になった漫画だった。

『「不滅のサーリーン」の主人公、サーリーンは不老不死の存在でありながら、その命は決して安らかではありません。彼女が抱える罪は、ただ一度の過ちによるもの。しかし、その罪は彼女を何度も何度も生き返らせ、浄化を促すように見えます。彼女の背負う罪は、まるで呪縛のように彼女を縛りつけ、贖いの道を永遠に彷徨わせるのです』

 天音アムレアの語りを背景に、真直はぼそぼそと言葉を続ける。

「この『不滅のサーリーン』のコミックス発売は、約一年前だ。つまり少なくとも、この動画はこの一年以内に撮影されている。顔の動きと声に不自然さはないから、ここで撮影されている本人が喋っていると考えて良い……ちゃんと検証すれば違うかもしれないけど。ただ内容は『不滅のサーリーン』の登場人物やストーリー展開にも触れていて、どう考えてもこの人物は『不滅のサーリーン』を読んでいる、あるいは、読んだ人間が台本を書いている」

 西園寺は目元を覆った。

「つまり……どういうことだ?」

「天音アムレアにそっくりで、声も似ている誰かがいる。あるいは、よくできたCG。それか……天音アムレアは実は死んでなかったか、それとも本人が言うように復活した」

 自分で言いながら、真直はどれにも納得してなかった。新しく教団を立て直した誰かは、そうまでして天音アムレアを使いたかったのだろうか。それほどまでに天音アムレアは魅力的だったのだろうか。救済の女神が必要だったのだろうか。

 動画の中で、天音アムレアの語りは続いていた。

『でも、この物語の真の問いは、それだけではないのです。サーリーンは自らの命を犠牲にして、命を救おうとします。それは、単に他者の命を助けるためではなく、自分自身の魂を救うための行動であると考えられます。彼女の罪は他者の命を奪うことで成り立っていますが、その贖いは他者を救うことでしか完成しません』

 天音アムレアの声は、真直や西園寺にも語りかけてくるようだった。引き込まれて、つい動画を見てしまう。それが、西園寺は怖かった。自分も天音アムレアに、サルベイションにとらわれてしまうのではないか、と感じてしまっていた。

 真直は深く息を吐いてうつむいた。

「今わかるのはこのくらいだ」

「なあ……あまり深入りするなよ。サルベイションは危険なんだ」

 西園寺の言葉に、真直はだらりと手を振って、振り向きもしなかった。視線すらよこさない。真直が睨むように動画を見ているのは、きっと天音アムレアの正体を見破ろうとしているからだろう。それとも、真直も天音アムレアにとらわれてしまっているのだろうか。

 そんな不安を振り切って、西園寺は立ち上がると真直の部屋を出た。

 動画は続く。天音アムレアは語り続ける、訴え続ける。その美しい声が、真直の部屋に虚しく響いていた。

『では、私たちにとっての「罪」とは何でしょうか? 私たちが犯してしまった過去の過ち、それを乗り越えられないままで生き続けること。それが真の「罪」ではないでしょうか』

 真直は動画を停止すると、大きく溜息をついた。




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