奪われた名声
――技名には聞き覚えがあった。この技は、テスターとして一緒に冒険していた仲間の1人が開発した雷魔法だ。
雷に打たれた火熊は喉の奥の炎を消沈させ、代わりに口から真っ黒な煙を吐き出しながら、今度こそ力尽きた。
そんな魔物の最期を見届けることなく、俺は呪文が聞こえた方へ視線を向ける。
俺たちの背後、未だに燃え盛る森に挟まれた道の真ん中に、真っ黒な鎧を身に着けた騎士が立っていた。
かなり仰々しく威圧感のある装いだ。漆黒で統一された鎧は重量感があり、俺が横に並べば、きっと俺のアバターはオモチャみたいに感じてしまうだろう。それほどまでに厳つく、完成された姿だった。
右手には身の丈もありそうなほどの両刃剣が握られている。それも威圧感を増す要因となっているのだろう。
呪文を聞いてもしや、と思ったが知らない人物だ。恐らくはプレイヤーだが、勇希の配信を見て駆け付けてくれたんだろうか。
何はともあれ助かった。しかし、どことなく殺気を感じるのは気のせいか……?
「ユウナ」
様子を窺っていると、騎士が勇希を下の名前で呼んだ。男の声だが、見た目に反して声質は高い。
「知り合いか?」
「えっ? えーっと……」
俺が勇希に問うと、逡巡する仕草を見せる。
「ユウナ、僕だよ。ルナティック・ナイトだ」
「――ああっ! いつも配信を見に来てくれてますよね!」
名前を聞いてどうやら思い当たる人物がいたらしい。知り合い……というよりは配信を見に来る常連か。
「あぁ、やっぱり僕だってわかってくれたんだね」
感極まった様子で天を仰ぐルナティック・ナイト。
「いや、ついさっき自分で名乗ってたじゃないか」
思わずツッコミを入れる俺を、ナイトが睨み付ける。
顔が見えないのに睨んだことがわかったのは、兜の覗き穴で眼光が発せられたからだ。
カッコいいな、あれ。俺も設定すれば出来るようになるんだろうか。
1人、心惹かれているとナイトは大剣を持ち上げて剣先を俺に向ける。
「オマエ、マルフジだっけ? ユウナに構ってもらえてるからって調子に乗るなよ。ポッと出でちやほやされてるのも、たまたまユウナに気にかけてもらえたおかげで、お前自身が凄いわけじゃ……」
「マルフジさん、これ回復ポーションです。どうぞ」
「待て待て、飲ませてくれなくても自分で飲むから」
「両手を怪我してるんですから無理しないでください! はい、あーん」
「回復薬でするやり取りじゃ……んぐっ!」
無理やり瓶の飲み口を突っ込まれた。というかよく口の位置がわかったな。
「僕を無視してイチャイチャするな!」
ナイトの怒鳴り声が響き渡り、俺と勇希は同時に振り返る。火熊の影響で燃えている森を背景に、ナイトは忌々し気に続ける。
「オマエ……オマエ! 見せ付けやがって。ユウナは優しいから心配してくれてるだけで、無名のお前に構ってられるほどユウナだって暇じゃないんだぞ! 迷惑だって気づかないのか? 声からしてオッサンだろ? 平日の真昼間からダイブしてるなんてよっぽど」
「森の消火って湖の水使えばいけるか?」
回復薬のおかげで腕は治ったものの、HPはミリほどにしか増えていないので炎に触れれば即座に黒焦げだ。しかし、消火このまま放置と言うわけにもいかない。
「火熊の炎は魔法と同じ原理で燃えてるので、放っておけばそのうち勝手に消えますよ」
「そうなのか、だったら大丈夫だな」
「無視すんなって言ってんだろ! 火熊から助けてやったのは僕だぞ!」
「それはありがとうございました、ですけど……」
「ずっと見てたけど、ソイツ、そこまで強くないだろ。ユウナは騙されてるんだ。そんな得体の知れないヤツと一緒に冒険するより、ボクと一緒に冒険しよう。そっちの方が君のチャンネルのためにもなるし、もっともっと登録者だって増やせる」
ようやく勇希に反応してもらえたからか、声音が和らぐ。
さっきからずっと自分勝手な物言いだ。聞いている感じ、勇希の厄介オタクっぽいが。いつの時代も、こういう迷惑な輩はいるんだな。
「すみませんが、あなたとは一緒に組めません。それに今はマルフジさんとパーティーを組んでるので」
「ふざけるなよ!」
毅然とした対応をする勇希だったが、再び声を荒げるナイト。
「このアバターだって君に合わせて作ったんだぞ。配信だって毎回見に行ってるし、スパチャだってどれだけ……なのに、なのに!」
うわぁ……なんか振られて駄々を捏ねるダメ彼氏みたいだな。いや、キャバクラの痛い客の方が正しいか。
配信のことはよくわからないから、あまり口出ししないでおこうと思っていたんだが、流石にそろそろ注意しておくか。
「おい、ルナティック・ナイトだったか? いい加減に……」
「全部、オマエのせいだ! オマエが僕から全部奪ったんだ! あのバズも、ユウナとのやり取りも、名声も! 全部全部、僕のモノだったはずなのに!」
こいつはいったい何を言っているのか? バズったのは勇希を助けたからだし、彼女を助けたのは俺だ。目の前で喚き散らしている騎士は何の関係もない。
支離滅裂な発言に戸惑っている俺へ、ナイトは叫ぶ。
「そんなオッサンより、僕の方が強いって証明してやる」
言いながらナイトは姿勢を低くして、居合の構えを取った。
あれは、もしや……。
「スキル――閃光の一閃!」
技名を言い終わらない内に、俺は勇希を突き飛ばしながら屈む。
一瞬、ナイトの姿が消えたかと思えば、次の瞬間には俺の目の前で剣を振るっていた。
頭上を刃が掠める。攻撃を外したことが信じられないのか、ナイトは横に剣を振り切った姿勢のまま俺を見下ろして固まっていた。
空ぶって伸びたままになっているナイトの右腕を掴み、俺は身を反転させて背負い投げた。
鎧の重さは感じない。どれだけ仰々しい見た目をしていようが、所詮は仮想体だ。質量は俺と大差ない。
地面に叩きつけることなく途中で手を離せば、漆黒の騎士は弧を描いて湖に飛んで行く。
ナイトは成すすべなく宙を舞うと、勢いよく水面に叩きつけられた。水柱の上がる様を眺めながら、俺は言う。
「オッサンからのアドバイスだ。大技を使う時はちゃんと隙を作ってからにしろ」
「お、おおー! マルフジさん、すごーい!」
パチパチと拍手しながら称賛してくれる勇希。
「なぁに、たまたま使って来る技を知っていただけだよ」
「知っててもなかなかあんなことはできませんって!」
気恥ずかしさを誤魔化すために謙遜の言葉を口にしてみたが、実際、事前にナイトが繰り出してくる技を知っていなければ危なかった。まあ、手の内を知られている可能性も踏まえての助言ってことで。
そんなやり取りをしていると、湖に沈んでいたナイトが立ち上がって水面から姿を現した。兜の奥で光る眼が俺を射抜く。
「くそ、くそくそくそ! どこまでも邪魔しやがって! 本当は、あのときユウナを助けるのは僕だったはずなのに!」
駄々を捏ねるように水面を叩くナイト。
口ぶりから察するに、奴もあの場にいたらしい。なぜすぐに助けなかったのか疑問は残るが、まあ大した理由もないだろう。
今はどうやって宥めて帰ってもらうか、それが問題だ。
「ちくしょう……なんでこんなことに! なんのために高い金を払って別世界の化け物を手に入れたと思ってるんだ!」
そろそろ核を破壊して強制的ログアウトしてもらおうか。そう考えていた俺の耳に気掛かりな言葉が引っかかる。
「お前、今なんて言った?」
別世界の化け物を買った? まさか勇希を襲ったあのサンショウオはこいつが仕向けたのか。
しかし、俺の声は届いていないようで、答える素振りもなく左手を前に突き出して叫んだ。
「チートオン! 最強の遺伝子!」
真っ黒なウィンドウが出現したかと思えば、そこから黒い煙が噴出してナイトを包み込んだ。
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