パラレル・ダイブ~異世界で配信者を助けたら、一躍有名になったらしい~
猫柳渚
第一章:異世界ダイブと配信者
異世界ダイブ
目を開けると、薄暗い部屋の真ん中に立っていた。
六畳一間程度の広さしかない空間には、家具もなく、窓の類も一切なく、正面の扉と足元の魔法陣くらいしか特筆すべき物は存在していない。
自分の体を見てみれば、仰々しい鎧を身に着けている。
鏡もないので確認は出来ないが、顔も兜で覆われているはずだ。それでも視界は右下に緑色と青色のバーが視界に張り付くように表示されているだけで、普段と変わらずクリアだった。
身体の調子を確かめるべく、両手を握って、広げてを繰り返す。多少、ぎこちなさは感じるものの遅延などの不調はない。
この体も久しぶりだな。
呟いた。つもりだったが声が出ない。何度か発声しようと試してみたが結果は同じだった。
なんらかの不具合が発生しているようだが……まあ、声が出ないくらい問題はないだろう。
とにかくこの窮屈な空間から抜け出したかった。
扉へ近づき、躊躇なく開く。強烈な光に一瞬目が眩んで、視界が戻れば眼前には活気溢れる営みが広がっていた。
石造の建物やオブジェが立ち並ぶ繁華街。
道行く人々の見た目に統一感はなく、旅装束のような物を着ている者もいれば、俺のように全身を鎧で固めている者や踊り子のように薄着で艶やかな装いをしている者まで様々だ。
髪の色も、黄色や青色、ピンクなど多種多様でカラフルな頭が行き交っている。獣の耳や尻尾が生えてる者もいて、それどころか顔が犬や猫そのものである獣人の姿も見受けられる。
眼前には絵に描いたような異世界が広がっていた。
およそ25年前、異世界の存在が特定された。
発見当初は世紀の大発見として大々的に報じられ、接触を試みる研究も世界中で進められ、開発されたのが『パラレル・ダイブ(PD)』という異世界への渡航を可能にする装置だった。
PDは人間が内包しているエネルギー『エーテル』を用いて別世界に仮の身体を構築する装置であり、数多に存在している『異世界』に作り出した仮想体に意識を飛ばすことで、別次元にある世界への渡航に成功した。
しかし、仮想体で異世界に干渉することはできても、現実世界へ実体のある物や、新たなエネルギー源となるモノを持ち帰る方法は発見できなかった。
利益が見込めないとわかると異世界渡航研究は規模を縮小していき、このまま衰退するかに思われたが、一部の資産家と研究者たちが引き続き研究を続けた。
初めこそ適性を持った人間しか異世界へ行くことのできなかったダイブ装置は数々の問題をクリアし、設備さえあれば誰でも、そして安全に異世界渡航が可能となった。
そうしていつしか『異世界を冒険する』という行為は大衆の娯楽と化し、超リアルなMMOゲームとして親しまれるようになったのだ。
現実世界から異世界への渡航者を『プレイヤー』と呼び、プレイヤーたちは異世界で発生している問題を解決する救世主として、日夜ダイブしている。
それにしても増えたな。俺の時は5人が限界だったのに。
プレイヤーで溢れる光景を眺めながら、俺は10数年前にPDのプロトタイプ、そのテストプレイヤーとして異世界を救った日々を思い出す。
俺を含む5人のパーティーで、戦い方もわからないまま、全てが手探りの状態で異世界を冒険し、強大な敵を打ち倒したものだ。
異世界で使用できる仮想体の姿――アバターだって自由自在に決められるわけでもなく、俺が使っているロボットみたいなのしかなかった。
ダイブできる世界も1つだけで、それも人類が滅亡するレベルの危機に瀕しているような『危険度』の高い世界の特定が精いっぱいだった。
しかも脅威を排除すればそれで終わりで、また新しい世界へ接続できるようになれば二度と同じ世界へ行くことはできなかった。
それが今や数万人規模の人間が、数千の世界を自由に行き来できるようになっている。凄い時代になったものだと感心する。
まあ、10年以上も経てばこれくらいの発展はするものなのか。
そう考えると自分も歳を取ったという現実を突きつけられて、否応なしに哀愁を覚えてしまう。
「みんな、聞こえてるかしら? 音量は? オッケー? じゃあ、始めるわよ!」
30代後半特有の感慨に耽っていると、不意にテンションの高い声が聞こえて、意識が強制的に声の方へ引き付けられた。
繁華街の真ん中で、1人の少女が宙に浮かぶ光の球体に向かって喋っている。
10代半ばくらいの愛らしい容姿。頭には獣耳がピンと立っており、後ろには体と同じくらい大きな狐の尻尾が生えている。
髪や尻尾の毛などは黒色で、服装は巫女服を改造したような物を身に着けていた。
狐娘のアバターだ。ということは彼女もプレイヤーだろう。遠目から観察していると、狐っ子は人当たりの良い笑顔を作りながら口を開く。
「暗い道には灯火を。あんたの隣に狐火れいあ~。今日もエンデルネで魔物退治して、この世界の人たちを救って行くわよ!」
キャピキャピと、それでいて人の気を引く喋り方。あれが最近流行りの配信者かと遠目から眺める。
娯楽がPDでの異世界攻略が主流になった現代、最近になって異世界での冒険の様子を配信するのがブームになっているとネットで見た。
特にアバターを流用できるVTuberはこぞってダイブ配信をしているらしい。
だが、そっち方面はあまり興味がないので彼女が何者なのか、俺はわからなかった。
ただ、周りにプレイヤーであろう人々が野次馬のように集まって狐っ子の語りを聞いているのを鑑みると、それなりに人気なんだろう。
まあ、俺には関係のない事だ。
それを最後まで見ることなく、俺はその場を離れてギルドへ向かう。
事前に調べた情報では、今いるエンデルネという世界では魔王のようなラスボスは存在せず、どこからともなく湧いてくる魔物の脅威が常に付き纏っているらしい。
なのでクエストは絶えず、プレイヤー初心者から上級者まで幅広い層に人気があるそうだ。
その評判は本当のようで、ギルドの施設に辿り着けば人で溢れ返っていた。
室内は広いながらにプレイヤーが所狭しとたむろしており、掲示板の前に至っては人で埋め尽くされている。
受付に直接声をかければ手頃なクエストが受注できるらしいが、残念ながら喋れないので掲示板が空くのを待つしかない。
人が捌けるまでかなり時間がかかりそうだと、億劫に思いながら施設内を見渡していると、施設の隅に一枚の紙が落ちているのに気が付いた。
たくさんの人間に踏まれてしわくちゃになったその紙を拾い上げてみればクエストの依頼書のようだ。掲示板から剥がれ落ちてしまったんだろう。
内容は魔物に奪われた物品の回収。ゴブリンに母親の形見である指輪を盗まれたから取り戻してほしい、と記されている。
適正レベルは20。
レベルなんて概念は俺がダイブしていた時にはなかったモノなので基準がわからないが、俺はすでに3つの世界を救っている。
10年以上のブランクはあるが、ネットで調べた限りゴブリンはこの世界でそこまで強くない魔物のようだし、肩慣らしにはちょうどいいだろう。
それに緊急性もないので、失敗したとしても問題にはならない。
エーテルの体は致命傷を負っても、核さえ破壊されなければ視界右下に映っている緑色のゲージ――HPが残存する限り身体が勝手に修復されていく。
痛みも、多少不快な感触を覚える程度で痛覚の類は感じないようになっている。
それに例えHPが0になったり、核を破壊されたとしても強制的に意識が現実の肉体に戻るだけで、正直なところ戦闘においてプレイヤーが被るデメリットはあまりない。
異世界での肉体が一時的に消えてしまうので、獲得した物は装備含めて全部その場に落としてしまうくらいだろうか。
そう考えると、異世界人にとって俺たちプレイヤーは理不尽な存在とも言えるだろう。
まあ、これくらいの理不尽さがなければ現代日本の一般人が魔物相手に戦えるはずもないのだが。
掲示板に貼り直すのも手間だし、このままこのクエストを受けることにする。
本来ならギルドの受付で説明を聞いてからクエスト受注となるのだが、今はあまり人と接したくない……というより喋れないのでそのまま現場へ向かうことにした。
物品回収の依頼なら人と会話しなくとも、クエスト依頼書と共に回収品をギルド前に置いておけば誰かが回収してくれるだろう。
ネットで調べた情報だと、この世界では魔法陣による転移でクエストが発生している場所の近くへと移動するらしい。
俺はクエストの紙を手に、魔法陣に入って久方ぶりの冒険へと出立した。
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