魔王殺し、妖刀ムラマサ The Revengers
霜月立冬
第一話 恐怖の大王
太陽系第三惑星・地球。その極東にある「日本」という島国は、四十七個の「都道府県」という地方・地域で区分されている(周知)。
その中の内の一つ、太平洋に面したとある県の中に、「啼鶯町(ダイオウチョウ)という小さな港町が有った。
啼鶯町を形容する言葉としては、「辺鄙」、或いは「辺境」だろうか。それを他町の者から言われても、住民達は「その通り」と頷く他無いほどの田舎町だ。だから、という訳でもないが、住宅街の殆どが空き家だった。
そんなゴーストタウン一歩手前の夜の住宅街に、煌々と明かりを照らす木造二階建ての一軒家が有った。その二階の窓から、外を眺めている中学二年生が一人いた。
件の中学二年生が、俺、「愛洲玲寿(アイス・レイス)」。
時間は午後十時を回っている。今は四月で、夜ともなれば未だ肌寒さを覚える。昔の人は「夜風は体に毒だ」と注意喚起していたと聞く。そんな状況で、窓を開けて何をやっているのかと言えば、茫洋と夜空を眺めているだけだった。
「…………」
(((((ゲコゲコ)))))
「…………」
(((((ゲコゲコ)))))
田舎であるが故に、春の夜は蛙の大合唱が始まる。ちと煩い。その代わり、視界は頗る良好だ。遮るものの無い田舎の空は、それを見る者に「無限」を想像させた。
まるで、宇宙のようだ――って、宇宙なのか。
西暦二千六十九年の現代人にとって、宇宙は「人類に残された最後のフロンティア」と言える場所だ。いつか、俺も宇宙に旅立って、別の銀河、遠い異星、宇宙の果てまで行ってみたいものだ。
宇宙に行けるようになって、それを支配して、俺は「宇宙大王」になる。
果たして、それが叶うか否か。考えるほどに、「無理じゃね?」と諦めの気持ちが沸いた。
しかし、「今の俺」には「もしかしたら、もしかするかも?」と、思える能力が有った。それは――
「こんばんは、『玲君(レイクン)』」
「!?」
宇宙に向かって想像の翼を広げていると、唐突に「風鈴の音のような涼やかな美声」が、俺の後頭部を直撃した。それを著かんするや否や、俺は超速で振り向いた。
その直後、俺の視界に「白い襦袢をまとった黒髪の少女」の姿が映った。
「!!!」
吃驚した。危うく心臓が口から飛び出し掛けた。小学生の頃の俺ならば、堪え切れずに絶命していたかもしれな。しかし、今の俺は――
「ふっ」
俺は敢えてニヤリとニヒルな笑みを口許に浮かべた。それだけの胆力が、今の俺には有った。しかし、残念ながら涙目でもあった。その無様を晒しながら、俺は恐る恐る背後の少女を見た。
最初に俺の関心を惹いた個所は、やたらと多い「髪の毛」だった。
艶やかな暗色の髪が、少女の顔の殆ど覆っていた。「白い襦袢姿」ということも有って、俺は「幽霊」を想像した。
しかし、少女には足が有った。だから、「幽霊ではない」と断言できた。だからと言って、「人間だ」とは、どうしても断言できなかった。
少女の頭には、捻じれた「山羊の角」が生えていた。左右の側頭部の辺りから一本ずつ、額に向かって伸びていた。
これは――「悪魔」だ。
その女性、いや、俺と同い年の少女は、本物の悪魔だった。
西暦二千六十九年の地球には、悪魔もいれば魔物もいる。序に言うと、世界は悪魔達の統率者、「魔王」に支配されていた。
魔王に支配された経緯に付いては俺の記憶にも有る。学校の授業でも習っている。
全ての始まりは、今を遡ること九年、俺が未だ四歳(誕生日、十一月十一日)だった、西暦二千六十年のこと。
その年の七月七日。日本で言うところの七夕の日に、オーストラリア大陸並みの小惑星が発見された。
これが外宇宙から飛来したものならば、人類は無関心でいられた。何故ならば、太陽系には「木星」という巨大掃除機が有ったからだ。
「木星さんが何とかしてくれる」
木星は殆どの小惑星を吸い込んで、地球の安全を強固に守り続けていた。だからこそ、人類は安穏と暮らすことができた。
しかし、件の小惑星は、外宇宙から飛来したものではなかった。いや、そもそも出自を確認することができなかった。
件の小惑星が発見された場所は、ほぼ月と同じ位置、即ち地球の衛星軌道上だったのだ。
「何でこんなに近付くまで発見できなかったんだっ!?」
誰しもが疑問に思った。それを最初に見付けた人達は、「突然姿を現した」としか言いようがなかった。
衛星軌道上の小惑星は、月のようには漂ってはくれなかった。地球の重力に引かれて、地表に向かって落下した。
推定落下地点は、何と「日本列島のど真ん中」。それを阻んだり、コースを変えたりすることは、地球人類には今も当時も不可能だった。彼らにできたことは、たった一つ。
「神様、どうか地我々をお救い下さい」
人々の願いも空しく、「小惑星」改め「巨大隕石」は、超高速で日本列島に迫った。その瞬間、誰もが日本諸共人類の滅亡を想像した。
しかし、神様は人類を見捨てていなかった。奇跡が起こった。
何と、巨大隕石は空中で「ブレーキ」を掛けていた。それも、地球の重力を無視しているかのような急制動。最終的に、「羽毛」と錯覚するほどの超徐行になっていた。
巨大隕石はフワフワ揺れながら、日本の沖ノ鳥島近郊に着水した。その衝撃は、沖ノ鳥島を濡らす程度の漣を立てる程度だった。
日本列島は全くの無事だった。人類も救われた。騒動の元凶である小惑星は、そのまま地球第七番目の大陸になった。これで何もかも終わっていれば「大団円」と言えただろう。
しかし、そうは問屋が卸さなかった。
「小惑星の領有権をどうするのか?」
各国が新大陸の奪い合いを始めた。しかし、それに費やした努力や計略は、全て無駄、徒労に終わった。
何故ならば、既に新大陸の支配者は決まっていたからだ。
そいつ、いや、そのお方は、世界中のあらゆるメディアをジャックして、その姿を人類に見せ付けた。
全身に白銀の鎧をまとった「西洋風の騎士」。その冒頭で、彼は自らの正体を明かした。
(((地球の諸君。我々は『悪魔』だ。そして、我は悪魔を束ねる『魔王』だ)))
悪魔、そして、魔王。
当時の人類にとって、「天敵」というべき忌むべき存在だった。その悪魔達が支配する地球第七番目の大陸は、悪魔の根城、所謂「魔界」だった。
それらの事実を知らされて、多くの人類が戦慄した。「悪魔による人類殲滅」を想像した者は、存外に多かっただろう。
しかし、悪魔達の地球来訪目的は、全く予想外のものだった。
(((我らは人類の『進化』を促す為にやってきた)))
進化。現代人にとって、それは知識の中だけの言葉だった。既に「万物の霊長」である人類には「無用」のものだった。
しかし、この世には人類より進化した存在がいた。その事実を、人類は直後に思い知る羽目になった。
(((それを妨げるものを、今から排除する)))
魔王と名乗った騎士が、腰に差した直剣を抜いた。彼は、そのまま剣先を頭上に掲げた。その瞬間、剣先から無数の光が飛び出した。
直剣から放たれた光は、世界各地の軍事施設に飛来して、その全てを一瞬で――「消し去った」。
「「「「「嘘――っ!?」」」」
各国の為政者達の悲鳴が、地球上に木霊した。
たった一撃。それも、瞬きするほどの刹那の間に、人類は保有する戦力の殆どを失っていた。
人類にとって、「悪夢」としか言いようのない出来事だった。しかし、残念ながら夢ではなかった。
戦力の殆どを失って、尚も「悪魔と対決したい」と思う者は、存外に少なかった。
数日後、各国の首脳達は魔王に降伏を申し出た。その行為は、多くの人々を失望させた。
しかし、今の人類の力では、魔王どころか、その眷属である悪魔にすら対抗できなかった。それは、殆ど全ての人間が直感していた。
ところが、人類に期待している者が、少なくとも一人いた。
(((先に言った通り、我は人類の進化を促しに来た)))
魔王は、繰り返し人類に進化の可能性が有ることを主張した。その中で、彼は「人類の希望」というべき存在の名称を告げた。
(((人類の中に、我に敵う可能性を持つ者――『勇者』がいる)))
勇者。その名称を聞いて、「魔王を倒す者」と直感した者は、存外に多いだろう。魔王にとって、「天敵」といえる存在だ。それを自ら見出すなど、正気の沙汰ではない。
しかし、魔王は人類に約束した。その上、勇者に破格の報酬を約束した。
(((たった一人、始めて勇者となった者には、我が『何でも願いを叶える権利』を与える)))
何でも願いを叶える。
魔王の実力を鑑みて、「本当に何でも叶う」と期待した者は、存外に多かっただろう。
しかし、勇者になる為には途轍もない障害、それこそ「越すに越せない大井川」的な不可能が立ちはだかっていた。
「どうやって勇者に成れば良いのか?」
人類の中に、勇者に成る方法を知る者はいなかった。全人類が「どうしたものか?」と首を捻った。
しかし、救いは有った。「言い出しっぺ」が救いの手を差し伸べてくれた。
(((その才能を持つ者、見込みの有る者――即ち『勇者候補』には、その才能を開花させる育成係として、我が眷属を遣わす)))
かくして、勇者候補に選ばれた人間の許に悪魔がやってきた。
俺、愛洲玲寿も、勇者候補に選ばれた者の一人だった。そんな俺の許に魔王が遣わした悪魔が、今、俺の目の前にいる「ユラ」と言う名前の――「淫魔(サキュバス)」だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます