第15話 据え膳食わぬは研究者の恥
サラの性別を知ったその日の夜――午後9時頃にオウレン先生が帰ってきた。
「ただいま戻りました。あら、アダムくん! 遅くなってごめんなさい、今日はありがとね。サラちゃんは寝ちゃったかな?」
「お疲れ様です、サラは寝ました。ではおやすみなさい」
先生自身疲れていそうだし、例の件は明日サラが相談するだろうから、俺はそそくさ帰ろうとした。しかし、先生から声をかけられる。
「慌てなくて大丈夫。それに……実は今日差し入れでピザをいただいたの。全部食べきれないから、一緒に食べない? あっ、その前にトイレ行ってくるからちょっと待ってね……」
先生は話しながらトイレのドアを開ける。その瞬間、フリーズしたのか? と勘違いするぐらい体が固まっていた。例えると……新幹線に乗っていてトンネルの中へ入ると電波が悪くなるだろう――そういう電波の届きにくい状況で、ソシャゲのダウンロードが出来ずに固まっている液晶画面のようだった。
しばらくするとトイレの中に入って、その直後すぐに出た先生は俺のところへ走ってきた。
「ねぇ、なんで生理用品があるの? もしかして……サラちゃんに何かあった? アダムくん、これどうしたの?」
先生は勢いよく俺の肩を揺さぶる。
(先生、普段は穏やかなのに。今は圧が……結構質問責めするじゃないか)
俺は真顔で、オウレン先生の怒涛の問いかけに対して、冷静に返答する。
「そうですね、俺は魔法を使って最低限の必需品を用意した感じです。男の俺やニボルさんが説明する訳にはいかないので、明日サラに教えてあげていただければ……」
「分かったわ、私からちゃんと説明するね。サラちゃんが女の子だってこと、知っちゃったのね?……まだ誰にも言ってない?」
「ご安心を。俺友達いないんで、言わないです」
「そうなの?!」
俺のぼっち宣言にツッコミを入れる先生。先生はそんな俺の様子を見て、思う節があったのだろうか。
「サラちゃんのことを考慮して、いろいろ考えてくれたのね。ありがとう。この前の毒キノコ事件だけでなく、今回も素晴らしい対応だわ。もしかして……あなた、前の世界では女性研究者だったりしたのかしら? 前に住んでた発明家さんと似てる気がして……」
ギクッ!
ちょっと目を見開いてしまった。そうか、ニボルさんから俺が異世界転生者であることを聞いたのかもしれない。
それにしても、オウレン先生はどうして俺のことを見抜けたんだろう? お医者さんとして的確な判断力を持っているだけでなく、洞察力も優れているとは……
「そうですね、女でした。それに薬学関連の研究者をやってたので毒キノコや生理については、元々理解していました」
「そうだったのね。前世が女性なら安心だわ、これからもよろしくね。研究者ってこの世界ではなかなかいないのよ。色々制約があってね……そうだ! せっかくだし、食べながらお話ししましょうか」
オウレン先生はにっこり微笑んでいる。エルフの女性ってみんな、こんなに
それに、前世は女性だったことを伝えたことで、オウレン先生と距離が近くなった気もするし、何より俺を気遣いながら優しく食事に誘ってくれた。この感じ、ニボルさんにそっくりだ。やはりオウレン先生はニボルさんの妹なんだと実感した。
その後、オウレン先生は冷蔵庫から缶ビールを取り出した。仕事明けにビールを飲みたいタイプなのだろう。俺は未成年だからお茶を飲むことにした。二人で乾杯をした後、オウレン先生はゴクッと美味しそうにビールを飲んでいる。
「さて、研究者の話をしましょうか。あなたがかつて生きていた世界と同様に――研究者は高度な知識や技術を扱うことから、重要な職業とされているわ。魔法や科学の解析をするだけでなく、この世界を維持・発展させるために欠かせない存在ではあるんだけど、人数が10人もいないんじゃないかしら? これには理由があるわ――」
ピザを食べながら、先生は話を続ける。
「研究活動は危険を伴うことが多いと言われていて、国によって厳しく管理されているの。よって研究者になるには、まず国家資格である【
やはり、【魔女狩り】の話が出てきた。しかし、それは過去の出来事だ。俺には過去を変えることはできない。変えられるのは未来だけ。そこで俺がまずやるべきことは、研究者になるための資格を取ることだと判断した。
「あっ、資格なら前世でも何個か取ってたんで自信あります。ぜひ、研究取扱者の資格について色々教えてください」
「良い心構えね……。研究取扱者は3年に一度開催される試験で合格する必要があるから、最難関国家資格と言われているわ。その試験内容の内訳としては、研究成果を論文にまとめるだけでなく、発表しなければならない。それに、試験を監督するのは【
(うーん。試験と言いながら、仕事柄やってきたことの延長線に近いな……受かりそうな気がしてきた)
「わかりました。一応、俺王族なので……王立科学院とか関係なく、なんとか受かりそう気がします。ところで、3年に一度ってことは次回の開催日時って決まってるんですか? エントリーしようかな」
「おっ、王族……?!」
缶ビールを思わず握り締めて、ポカンとする先生。
「あれ、言っていませんでしたっけ。でも、第10位なのでそんな堂々とする順位でもないですが」
「そっ、そうなのね。えっと……敬語を使わなくてごめんなさい」
やはり王族というと、みんな距離を置いてくる。でも俺はあまり自分の地位に興味がなく、敬語を使ってほしいとは一切思わないため、正直に言う。
「いや、むしろ敬語は息が詰まるので……タメでいいですよ」
「じゃあ、お言葉に甘えて。そうよ、試験は今年開催されるわ。もし今年受けるのならば、何の研究成果をあげるのか決まっているの?」
「ご安心を……と言いたいところですが、実は2件研究したいことがあって。どちらにしようか悩んでいます」
「へぇ、気になるわ!」
「1件目は『エルフ族の体内動態について』で、2件目が『エルフ保護地域にある毒キノコとキノコの違いについて』です。どうでしょうか?」
本当は1件目の方が気になるところだが、先生的にはどっちを優先した方が良いと言うだろうか。じっくり考えながらビールを飲んでいる様子であったため、先生の答えが出るまでゆっくり待つことにした。
すると、先生が答えた内容は俺の意図していたことと異なっていた。
「えっと、1件目の『エルフ族の体内動態』をやるのは厳しいと思うわ。人体実験を行う行為はこの世界でも
あたかも『人体実験レベルの研究を行うのでは』と思われている……このまま誤解されてはいけないと思い、はっきり自説を主張する。
「人体実験が
「そうよね、疑ってごめん」
「いや……俺の言い方が悪かったかもしれないです」
「お互い様だね、ありがとう」と俺に怒ることもなく対等に接してくれる先生――素晴らしい人格者だ。その上、先生は歴史的なことも含めて解説をしてくれた。
「エルフ族って幼少期から毒キノコも踏まえてどんなキノコでも食べていたの、それで毒性に耐えられる体を身につけたって感じだね。エルフ族の場合、毒キノコを消化できるというよりは、すぐ尿や便に
「そういうことかぁ……! 確かに、ニボルさんから『僕が吐きそうになる前、親父はトイレに行ってたんだよ』って聞きました。すでに
「2件目はとってもいいアイデアだね。エルフ保護地域であるランプ市なんだけど、あそこは温泉が多いのよ。それで観光PRをしましょうということで、人間の観光客を増やしたいみたい。でも、その観光客の人たちが毒キノコを食べてしまったら危険よね。だからこそ2件目はニーズもあるし、まさに今が旬な研究内容だわ! そうよ! ぜひ今回試験を受けましょう。早速だけど、明日願書を取り寄せとくね」
先生は俺のアイデアに惹かれたのかグイグイと話を進めている。しかも、知らぬ間に2本目のビールを開けて飲んでいた。2本目に入ったこともあって、先生がポツリと本音を漏らす。
「しかし、あなたが前世女性だったとは。私は幼少期に先代から聞いた魔女狩りのエピソードが壮絶すぎて、家族以外の男の人――特に悪魔が苦手になったわ……でもあなたは大丈夫よ、ノーカウント。あっ、仕事は割り切ってちゃんと診てるよ。何か他にも聞きたいことがあったら言ってね〜」
(男嫌いとは……そんな中で臨床医という対人業務が必要な仕事に就いているのだから、なかなか大変だろうなあ)
先生はほろ酔い気分だ。そんな中、俺はアレンジでピザにタバスコを付けながら、ふと思いついた疑問を聞いてみることにした。
「先生、サラのことで聞きたいことがあるんだが……」
「サラちゃんのこと?」
「あぁ。彼女はニボルさんとその、親戚関係なんですか? 『おじさん』って呼んでるから。それに、男の子として育てているのは何か事情がある感じですか?」
先生は口に手を当てて、どう回答すれば良いのか考えているようだ。酔っ払っていても、サラの話になると真面目な顔立ちになっていた。
「そうね……その質問については、兄さんから直接聞いたほうがいいかも。明日の夜、私と兄さんとあなたの3人でお話ししましょう。兄さんは明日の昼過ぎには戻ってくると思うから。あっ、いけない。もう11時過ぎてる! ごめんなさい、私ったら話すのが楽しくて、ついつい夢中に」
「いえ、こちらこそ有意義な時間を過ごせて良かったです。このピザを食べ終えたら、自宅に戻ります」
明日になればサラの事情が分かりそうだと悟った俺は『早速、論文作成の準備に入ろう』と思いながら、ピザを完食した。その後、オウレン先生に「おやすみなさい」と言って自宅に帰る。
(サラで思い出した。エルフ族の絵本も最後まで読んどこう……)
そう思いながら歩いてすぐ家に着いた俺は、研究取扱者の資格取得だけでなく、研究内容のことで頭がいっぱいになっていた。
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