第5話 目には目を、歯には歯を、誘拐犯には爆発を
見張りはまだ一度も来ていないが、そろそろ来るだろう。そう思った俺は、缶の様子を見てみることにした。
やはり俺の見立ては合っていた。缶が変形していた。これは、缶とその中に入っている洗剤の化学反応によって、ガスが発生しているからである。その様子を見て、あと10分前後には爆発すると想定した。
アンズと二人で鍵がかかった扉から一番離れたところに待機した直後、廊下から足音が聞こえた。例のおじさんが見張りにやってきたようだ。ヤツは鉄格子の扉の奥から、話しかけてきた。
「二人とも大人しくて、えらいなぁ。お嬢ちゃんはこの後検査するから、洋服を脱ぐ準備をしとくんだぞ」
いきなり変なことを言っている……案の定、アンズは嫌がる。
「えっ、なんで? いやだ!」
「言うことを聞け! 検査で王族の娘と判明すれば、いい生活ができるぞ。そうだ、例えばだな……」
おじさんは短略的なのだろう。キレながらも、自分の嗜好をベラベラと喋り出す。
(ふぅーん。検査と称して、女の子の体を見ようとするとは……なんて悪趣味なことを。そもそも女性が少ないから、王族出身の女性であれば尚更価値が高いっていう原理なわけか〜。でも王族出身のお嬢様なら、そもそもお家の警備が徹底的に強化されているだろうから探すことなんて不可能なんじゃないの?)
俺は色々と夢中で考えてしまっていた。同様に例のおじさんも話すことに夢中なのか――扉の近くに缶が置いてあることに全然気づいていない。千載一遇のチャンスである。
爆発するまでまだ時間があったため、疑問に思ったことについておじさんと話を続けるためにも聞いてみることにした。
「おじさん、質問! なんで王族の女の子を探してるの?」
「いいだろう、答えてやろう! しかし……知らないのか? 現国王の娘が未だに行方不明で見つかってないんだとさ。それで発見した者には、多額の報酬金がもらえるんだとよ〜。お金さえあれば、働かずに一生暮らせていける。良いことだろう?」
おじさんの将来については全く興味はないが、現国王の娘さん――つまり第一王女は見つかっていなくて、行方不明なのか……。こんな誘拐とか物騒な事件が起こる危険な世の中だから、亡くなっているかもしれない。同じ王族だけど、その第一王女様がいつ産まれたのか俺は知らない。
それにしても、このおじさんはなぜこんな見つかる可能性が低くて、何も生産性のない仕事をしているのか単純に人として気になるな。さすがに、現国王の娘の年齢は知ってるよな?
「そっか、それでおじさんはなんでこの女の子が王族だと思ってるの。国王の娘さんと同い年だから? あっ。もしかして……このお仕事をして、これまで多くの女の子を連れ去ったことがある感じ?」
我ながら煽る聞き方をしてしまったが、おじさんは頭が弱いのか「またインタビューかよ〜」と言いながら、再びベラベラ喋り出した。
「そうだな。国王の娘が何歳かとか、あんまり気にしたことないな。だって、お嬢ちゃんが何歳かも聞いてないし。そんなことはどうでもいい。そうだ、面白いことを教えてやるよ。王族かどうかは、人間以外の種族であれば体のどこかに王族特有のアザがあるらしい。でも俺はそんなこと興味ない。アザのあるなし関係なく、体をくまなく見ればどこ出身か判明できるんだから。それに、この近くの図書館に来るガキの親は大抵お金持ちだからな〜。だからこうやって、図書館とかお金持ちが好んで行きそうな場所からこの部屋に女の子を連れて来させてるんだ」
気持ち悪い顔でニヤリと笑うおじさんに俺は思わず、絶句する。
人間以外の王族にアザがあることは初めて知ったから良い情報だ。俺は人間だから、アザはない。
しかし、第一王女の年齢を分かってない上で誘拐してる? 意味がわからない。もしかして、その王女を探しているって言うのは建前で……本当は性犯罪者なんじゃないのか。
恐ろしいくらい倫理観がない上に、とんでもないことを言っているおじさんにアンズも嫌気がさしたのか俺たちの会話に入って、本音を言う。
「おじさん、アンズは人間だよ。アザなんてない! だからお母さんのところに帰りたい!」
「安心しろ。王族じゃなくても、女の子なら高値で売れるんだよ。今まで何人ここに来させたことか……次の検査が楽しみだなぁ、お嬢ちゃん」
(は? アンズが抵抗してるのに、楽しみだと?)
俺はわかってしまった。このおじさんは常習誘拐犯で、女の子の売買取引をしている最低ロリコン性犯罪者野郎だ。自分の欲のために女の子の体を見たいとか、ひくわ……。
「うわぁ……クソ野郎確定」
(はっ!しまった。このおじさんが無理すぎて、つい心の声を実際に言ってしまった)
やばい……と思って口を手で隠したが遅かったようだ。おじさんは怒りで頭に血が昇り、叫び出す。
「なんだと。このクソガキぁ!」
おじさんの怒号に、驚きと怖さでビクッと震えるアンズ。そして怒りが収まらないおじさんは中に入ろうと乱暴に鍵を入れて扉を開けようとするが、その扉のドアノブに触れた瞬間、缶が突然破裂した。大きな音でその衝撃に伴って、爆発した物がおじさんの体に付着する。おじさんは『キエエエエ』と大きな声で悲鳴を上げて、床に倒れ込んでしまった。なんて良いタイミング……これも女神様のサポートなのだろうか。
(まぁ、いずれにせよ俺たちの味方をしてくれたって思うことにしよう)
もちろん、この実験は大成功だ――この爆発でドアノブどころか扉が壊れた。この機会のうちに逃げなければと思っていたが、アンズが震えていて動けそうにない。
「アンズ! よく頑張った。あともうちょっとだ。ここから逃げて、お母さんのところに戻ろう!」
俺の方から、震えているアンズの冷たい手を握って、立たせる。アンズは俺の顔を見て安堵したのか「うん!」と明るい声を出して、俺の手を思いっきり握り返す。
おじさんは混乱状態で動けそうになく、追ってくる気配もない。このチャンスを逃さないためにも、手を繋いだまま、建物の出口に向かって逃げることにした。
(すげぇ。異世界でやってみたけど、うまくできるもんだな)
走りながら、実験がうまくいったという達成感で口角が上がってしまう。
そのまま、アンズと一緒に出口の方へ走って脱出し、ビルの外へ出たところ、目の前にはアンズのお母さんと図書館長のおじさん、そして大勢の警備員が集まっていた。図書館に入った時は昼時だったが、今は夕焼けで眩しい。
アンズのお母さんは涙を浮かべながら、俺たちの方へ走って向かう。
「アンズ! 知らない人について行ったら、ダメって言ったでしょう! 本当に無事でよかった……」
「ごめんなさい……お母さん」
お母さんのところへ戻れたことに安心したのかアンズも泣く。二人は泣きながら、抱きしめ合う。確かに娘が誘拐されたら、生きて戻ってこれるか心配だっただろう。アンズのお母さんは俺にも声をかけてくれた。
「アダム様、ご無事で良かった……。アンズの跡を追ったと聞きました。娘のこと、助けてくれてありがとう」
「どういたしまして。それより……犯人はまだ中にいます。早く捕まえてください!」
俺はあの犯罪者を逃してはいけないと思い、あえて大声で言った。すると、警備員の人たちは急いでビルの中にゾロゾロ入っていった。
あのロリコンおじさんは捕まるだろう。ああいう歪んだ性癖をコントロールできない人間は、二度と外に出さないでほしい。
本当はこのあと、図書館に戻って本の続きを読みたかったところだが、図書館長の指示で今日は閉館にしたそうだ。まぁ……不審者いや犯罪者が現れたのだから、そういう措置を取るのは当たり前か。それに俺だけでなくアンズも緊張状態が続く環境で長時間閉じ込められたことにより、相当疲れている様子であったため、お互い家へ帰ることにした。
そして俺は家に帰って、アンズから習得した魔法を次々と唱えていき、研究者の時に使用していた実験器具を取り揃えていった。この世界に来る前の記憶があるという女神様のサポートは完全にプラスに働いた。しかも、お金を払わずに実験器具を集めることができるなんて最高だぜ。そんな感じで、俺は再び研究できることに喜びを噛み締めていた。
今日は誘拐されて二人とも怖い環境だったにも関わらず、アダムは彼女の明るさに触発され、アンズは彼の知識と洞察力に感心した。今回の事件は二人の絆を深めるきっかけになったのである。
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