第12話 過去と、伝記

「...は?なんでうちに...?」と、言葉が漏れる。


 なんでうちを知っているのか、何しにうちに来たのか、どうして出前の格好をしているのか?色んな疑問が一気に脳内になだれ込む。


 しかし、答えなど出るわけもなかった。


「お客様~w大丈夫ですか?w」と、彼女は半笑いで質問してくる。


「いや...いやいやいや...だから、なんでうちに...?」

「答えは単純明快。ハッキングをしたから。そして、この制服はさっき、これを届けに来た女の子と交渉してゲットしたんだ」と、言った。


 つまり、彼女は何らかの方法でハッキングをし、俺の住所を特定した。

そして、俺が金の寿司で注文したことを知ったため、すぐに俺の家に向かい、配達員を待った。


 そして、配達員が来たタイミングで待ち伏せをし、交渉して制服を交換し、インターホンを押したってことか?

いや...やっぱ意味わかんねーよ。

なぜ、そこまでする?


 そう思っていると、いつまでも戻ってこないことに心配した斗和がやってくる。


「ちょっと、何してんの...?って...式波セシル...!?」と、驚く斗和と...「は?女?」と、一気に人を狩るような先ほどの映画のお爺さんばりの表情を浮かべると、服の袖からナイフを取り出して、斗和に切りかかろうとする。


「す、ストップ!ちょっと落ち着いて!ね!」と、何とか宥めようとするが、「は?殺す。絶対殺す」と、ヤンデレ彼女ばりの嫉妬を披露してくる。


 そんな混乱状態の中、『ちょっと体を借りるの』と、シエルさんと主導権が変わる。


「一旦、外で話そうか」と、式波さんに声をかける。

「いやぁーんw誘われちゃった?w」と、舌舐めずりしながらこちらを見つめる彼女。


 そして、振り返ることなく「...ごめん、斗和。ちょっと出てくるね。」と、シエルさんが斗和に声をかける。


 俺とずっと一緒にいることで話し方や雰囲気は、かなり俺に近くなっていた気がしたが、それでも15年以上一緒に居る斗和の目は誤魔化せないようで...「誰...?」と、呟いた。


 帰ってきたらちゃんと説明しないとな...。

そう思いながら彼女と二人、外に出るのであった。


 

 ◇ファミレス


 家の近くにあるファミレスに入ったシエルさんと式波さん。


 ちなみにこのファミレスに入ったのはシエルさんの提案であり、どうやらお店の外に出ていた旗に書いてあった『特盛メガハンバーグ』に釣られたようだった。


 そうして、二人でお店に入ると、向かい合うような二人席に案内されるも、式波さんはそれを拒否して四人用の席で、二人掛けのソファがある席に行き、向かい合うのではなく、横に座るのであった。


 そのまま、鼻息荒くこちらを見上げながら体臭を嗅いでくる。


「くんくんくんwやば...w興奮する」と、恍惚な表情を浮かべながら蕩けたような顔で見つめてくる。


 こわ...。怖い...。

いや、確かに顔立ちは綺麗だし、普通に美人だと思うけど...。

目の奥が真っ黒っていうか...、サイコ的な何かを感じる。


「それで?儂のことを知ってるのか?」と、尋ねるシエルさん。


 すると、彼女はカバンから一冊の本を取り出す。


 それは...本?しかも...もう古文書というか...相当昔に作られたであろう本であった。


「...そうか...」と、本を見た瞬間少し鼻で笑いながら、少し安心したような感情が俺にも伝わってくる。


「はい。そうです。私はあなたの子孫です。シエルドビット・ライノーアプリテンド・リュシエンヌさん」と、初めて真面目な口調と態度でそういった。


 ◇


 私の家は貧乏だった。


 北海道の片田舎にある、本当に小さな4畳半より少し広い程度のボロアパートの1階で3人暮らしをしていた。


 父は日本人、母はどこの国の生まれかも分からない。


 父の見た目は決してイケメンといわれるタイプではなく、忖度なく言うと不細工だった。

更に、お腹もかなり出ており、不摂生で不潔...。

性格は傲慢で我儘で気分屋と最悪だった。


 対照的に母の見た目は西洋風であり、きっと化粧をすればかなりの美人になるのであろうが、母は一切化粧をせず...というか、化粧品を買うことも許されていなかった。

体系は細身というか、ほとんど骨だけのようなガリガリな体系をしていた。

性格は優しく温かい、一緒にいると自然とほっとするような感じであった。


 私は母の血を色濃く引き継いでおり、顔立ちは自分でいうのもなんだが、いい塩梅で西洋と和が融合したような、ベストバランスな容姿をしていた。

性格はおとなしく、人見知りで、誰かと話すのは苦手だった。


 私とお母さんはそんな父に、監禁されるような形で暮らしていた。


 母は日本語も片言であり、時々何語かわからない言葉を発しており、コミュニケーションをとることも難しかった。


 それでも母はいつもニコニコしていて、私のことを本当に大切にしていてくれた。


 なぜ、あんな父と結婚して、私を生んだのかはわからなかった。


 物心がつき始めたころ、父の酒癖は以前より悪くなり、よくお母さんを殴るようになった。

それを止めようとすると私も殴られた。


 しかし、そんな時も母はただ、「ゴメンナサイ」と片言の日本語で謝るだけで、反抗したりすることは一度もなく、私に手を上げようとした父から何度も守ってくれた。


 私にとって母は正義であり、父は倒すべき悪であった。


 さらに数年後、私は小学生になったが、学校に通うことはできなかった。

それは父の命令であり、自治体の人が来ようとも、悪びれることもなくそれを突っぱね続けた。


 その代わり、母が私に勉強を教えてくれた。

インターネットどころか電話すらない小さな部屋で、どこかで拾ってきたであろうボロボロの教科書を使って、一生懸命教えてくれた。


 そんな幸せな時間は父が帰ってくると一瞬で終わりを告げた。


 天国と地獄の繰り返し。

一体、いつまでこんな時間が続くのか、いつになれば終わるのか、どうすれば終わるのか、私はそんなことを思考を永遠と循環し続けていた。


 だけど、そんな日々は突然終わりを告げた。


 母が死んだのだ。

10歳の時のことだった。


 料理中に突然倒れて、私が何度呼びかけても返答することはなかった。


 私は絶望した。

母が死んだことにもちろん悲しさはあったが、本当のところは私自身の身が危険にさらされることに怯えていたからだ。


 あの悪魔と二人で暮らすなんて...。

葬式が終わったと同時に私は自死をしようと思っていた。


 だが、葬式なんて行われなかった。

父は家に帰ってくると母が死んでいることに気づき、「めんどくせーな」と、まるで大きな粗大ごみを片付けるような物言いで、母を担いで家を出ようとした。


「お、お母さん...どうするの?」と、恐怖で怯えながらも私は聞いた。


 すると、父は私のほうを見ずに、「山に捨てるんだよ。ゴミはな」と言い残して去っていった。


 止められなかった。

手を伸ばすことも、声を上げることも、何もできなかった。


 大好きなお母さんだったのに、大嫌いなあいつに...最後に一矢報いることさえできない自分の情けなさに絶望した。


 癖で声を上げずに泣くことができていたはずなのに、その日だけは押さえることができなかった。


 それから30分ほど経って、少し泣き止んだころ、家の玄関が無造作に開いた。


 そこに現れたのは父ではなかった。

 黒いスーツに黒のサングラスをつけた3人組の男であった。


「式波...セシルちゃんであってるかな?」と、その中の一人の男が私に視線を合わせるように屈みながらそう質問した。


「...はい」


 私は小さな声で返答した。


 すると、優しい声で私にこういった。


「君を助けに来た。さぁ、行こうか」


 その先が地獄でもいいと私は思った。

きっと、この薄暗い穴倉の地獄よりかは幾分かましな地獄なら。


 そのまま外に出ると、大きな棺桶が霊柩車に乗せられるところであった。


「安心して。お母さんはちゃんと埋葬するから」と、男は優しい笑顔でそういった。


 そして、霊柩車のその隣にある田舎に似つかわしくないほど、黒光りするベンツのと近くで他の黒スーツの男に取り押さえられている父の姿がそこにあった。


 いつもと違い、眉間に皺を寄せながら怒ったブルドッグのような醜い顔ではなく、怯え切ったチワワのような弱弱しい姿をしながら、地面に伏して私を見上げていた。


「さて、あの男の処分だが...。どうする?」と、男は私に質問する。


 私はゆっくりとあいつに近づくことにした。


 涙目で私を見つめながら、「今までのことは謝るよ!な!だから父さんのことを許してくれ!」と、聖母に助けを求めるような信者のごとく、そんなことを宣った。


「...じゃあ、私の靴をなめろ」と、ボロボロで泥塗れの私のサンダルを奴の前に落とす。


 すると、まるでおいしいご飯に群がる虫のごとく、ペロペロとそれをなめ始める。


 その瞬間、私の中のこの男への恐怖というものがなくなった。


 私にとってあの男は悪魔であり、魔王だと思っていた。


 しかし、あいつはあの狭い空間では魔王でも、一歩踏み出した外の世界ではただのちっぽけなゴブリンに過ぎなかったのだ。


 そんなやつを見下ろしながら私はこう言った。


「...そいつ、殺してください。思いつく限り最も残酷な方法で」


 その瞬間、あいつの顔がいつものようなブルドッグの顔に戻る。


「てめぇ!!今まで育ててやった恩を忘れたのか!!」


 そんな男に私は再度見下ろしながら、ボロボロの服を少し捲り、傷を見せながらこう言った。


「この傷のことを忘れたのか?」


 そうして、奴は車に乗せられ、そのまま連れていかれた。


 どんな処刑方法が行われたのか、私は知らない。


 そして、霊柩車に乗った私はとある一冊のボロボロの古文書のような本を見せられる。


「...なんですか、それ?」

「これは君の祖先に当たる人が書いた本だよ。伝記というやつだね。恐らく、その状態では読めないと思うから私が代わりに読んで聞かせてあげるね」


 そうして、私はある1000年前の男の話を聞かされた。


 シエルドビット・ライノーアプリテンド・リュシエンヌという、人類最強と呼ばれた男の戦いについて。

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