第6話 語らねばなるまい、我がバイト先(ry

 獅子院のぞみがドラマ視聴のために帰ったあと、俺の部屋で哀理たちとは今後の生徒会云々について話したわけだが、人手を集めるために知り合いやらに声をかける、これ以上の進展はなかった。

 そもそも生徒会は規定の人数が揃っていないと活動自体ができないのだ。それゆえに生徒会の力を使って〜みたいなのは無理。活動できない理由は信任がないとかなんとか、そんな感じ。しかもそれが済んでも、通常の生徒会の仕事に加えて御三家星誕祭の選抜やら調整もある。急がなくてはならない。


 ……そういえば、知り合いや友達、先輩やらに声をかけてメンバーを集めると決まった時、なぜか早乙女が頬を引き攣らせていた。……まあ、生徒会長なんだし、「代わりならいくらでもおるわい」と辞めた人たちに言えるくらい頼める相手はいるでしょ。

 あと、その早乙女から苗字だと他人行儀だから名前で呼んでと言われた。だがその瞬間の哀理の目が、人を殺せそうなくらい鋭く冷たくなったのでひとまずは保留ということにした。

 問題は早乙女妹と同時に話す時だ。同じ苗字な時点で区別が必須になってくる。しかも、本人の前で早乙女妹とかいうわけにもいかない。早乙女、早乙女さんで分けるか、フルネームでいくか、あるいは本当に早乙女のことを、美鏡ミラのことを名前で呼ぶか……。


 ……正直わだかまりが完全に解消されたわけじゃない。まあ、美少女で自分に対応よければなんでもよくない? は本音だが、これまでの積み重ねによる蟠りがあるのも本音。それに哀理に対して示しがつかない。

 こう、なんかもうちょっと心と心で話し合うみたいなことできれば、このなんともちゅうぶらりんな関係も解消できそうなのだが……。


 そんなことをぐだぐだ考えながら俺はバイト先に来ていた。なお、2人が家に帰ったかは知らない。まあ、哀理は俺の家の合鍵持ってるし、早乙女が帰る時になっても戸締まりできるし大丈夫でしょ。


「セイハ君。今日、お願いしますね」


「……またですか?」


 バイト先の喫茶店の店長、増田さんだ。ダンディな雰囲気とミステリアスな眼差し、そこに気品漂う物腰が大人の色気を演出している。

 そして俺は内心で彼を大統領と呼んでいる。なんたってヒゲが凄いのだ。その毛量と形状と質感、造りものかと疑うレベルの完成度。俺のスカウターが示す、彼の推定ヒゲ力は53万。まさに大統領クラスの逸材なのだ。


「勘弁してくれませんかね。アレ、死ぬほど恥ずかしいんですが?」


 普段はこのいい雰囲気の店内で普通に店員するだけの普通のバイト先なのだが、この大統領から不定期にとんでもない取り引きを持ちかけられる。

 それはまさにハイリスクハイ⤴︎リターン。だが貧乏学生の俺としてはありがたい臨時収入となる。普段なら決してできない豪遊! も夢ではない。

 だが、この獅子院セイハには正しいと信じる男としてのプライドがある。たとえどれだけの好条件を示されてもそう簡単に首を縦には振らないのだ!


「なら今日のバイト代は3倍、そこに特別報酬も加えて、さらに自家製のチョコケーキも出しましょう」


「だから気に入った」






 そんなわけでスタッフルームに直行。

 俺の……ではなく、とある用途専用のロッカーを開ける。


「これも生活のためこれも生活のためこれも生活のためこれも生活のためこれも生活のためこれも生活のためこれも生活のためこれも生活のためこれも生活のためこれも生活のため……ハァ、帰りたい」


 完全に自己暗示に失敗している感しかないが、ある意味これも俺の日常。仕方ない、マジで仕方ない。だって貧乏学生だもの。

 精神支配でそこいらの裏金とか脱税した金とか賄賂とか、ぶっこぬいていいならいくらでも掻っ払ってこれるし、そうすれば資金難は秒で解決するだろう。

 だが、それはダメな気がする。こう、味を占めたら戻れない感があるのだ。もう精神支配でえっちなことしてるのでだいぶ戻れてない感しかないがダメなものはダメ。

 ……まあ、いかにも能力バトルなシーンで絶頂攻撃DA! とか、しらける以前の問題というか、哀理とのえっちで心のブレーキが壊れた感しかない。まあ、他人の命狙ってきてるんだから、ノータッチ絶頂する覚悟の準備くらいはあってほしい。

 ……やっぱ1回でも他人に使うと癖になってしまうものだな。快楽は我慢できないよな、って。稀代の大犯罪者さんが破滅するのも頷ける。お金も同じ。正規の手段で手に入れなければダメなのだ。えっち方面はもう全然引き返せない感しかないが。


(……まあ、あれだ。大人が大人の対応できるとは思うなよ! ってことだ)


 などという雑念を排除して心を切り替える。


「明鏡止水だ、俺。心を無にするんだ……」


 そうしてロッカーの中にあるクソ恥ずかしいモノ、一式を手に取るのだった————。






「いらっしゃいませー♪」


 数分後の店内。そこには降って湧いたように現れた、なんとも可憐な看板娘の姿があった。増田喫茶店の女性用の制服に身を包んだ、純朴な雰囲気のショートヘアの女性だ。

 しかしその純朴さとは裏腹に、身長が高くハスキーな声のギャップがいいと評判。

 ……無論、俺である。


 違うんだ!!!!!


 誰に? って話だが、弁解させてもらうと俺にそういう趣味はない。数年前のハロウィンの時のことだ。その日は徹夜明けの深夜テンションで、いろいろとおかしくなっていた。そしてなにをトチ狂ったのか、店長を驚かせようとコスプレで女装して行ったのだ。当時の心境はまるで理解できない。

 そしたら、なんか客にウケてしまったのだ。しかもその日の集客力がすごいことに。ちなみにその時は格好は魔女っ子。それからというもの、貧乏学生な俺は破格の報酬に釣られて度々この生き恥を晒している。


 貴様らには分かるまい!

 放逐されてるのにも関わらず、メンツ惜しさに学費の高いエリートな学園に勝手に受験させられた挙げ句に学費は出してもらえない。そんな酷い対応をされる俺の気持ちが!

 本当は嫌だった。エリートな学園に通うこと自体、リスクは計り知れないのだから。俺は平穏に過ごしたいのだ。だが行かざるを得なかった。父親は受験の費用をそこしか出してくれなかったし、そこじゃないと手切れ金すら出さないと言ってきやがったのだから。うーん、カス!

 とはいえ救いはある。俺の通う学園は学費を減らしたり免除できるシステムがあるのだ。まあ、肝心の俺がその恩恵を受けられる成績ではないんだけどな。……救いはないのですか……? ラッキーアイテムとか……。


「レオちゃん、俺は本日のおすすめセットで! あとスマイルも!」


 ここはマックかよ。


「はーい、承知しました♪」


 この姿では俺は自らのことをレオと名乗っている。獅子院だからレオ。分かりやすいね。

 ……ってか、今の奴クラスメイトじゃねーか! 気づかないってマジ? いや、気づかれても困るけどな……。


 くそぅ、ハロウィンのあの日の悪ノリをなかったことにしたい。誰かタイムマシンを完成させてくれ! α世界線になってもいい————わけはないよな。やっぱこのままでお願います……。

 まあ、そのせいで魔女っ子コスプレが消せない過去となって今の俺を蝕んでいる。化粧やらなんやらでガチ目な女装をして、あと精神支配で声も高くして……。

 クソッ、あの日の深夜テンションが恨めしい!


 ……でもそれがなかったらマジで道端の草食べないといけなかったんだよな。あとは紙とか埃とか大鋸屑おがくずとか。


「あぁ……レオちゃんは今日も麗しい……」


「毎回ゲリラ的に出勤するものだから運要素がすげぇんだよなぁ……今日の俺は運がいい」


「看板娘なわけだから店長の子どもなのか?」


「いや、どうも違うらしい。俺が思うに下積み中のアイドルだな。本業のアイドルをやりつつ、いろいろとアルバイトを掛け持ちしてるからそんなにここに来れないんだろう」


「お姉様とお呼びしたいわ……」


「握手とかしてくれるのでしょうか……?」


 どうしようもない野郎ども(一部女性)の戯言を聞こえなかったフリをして店員としての仕事を続行。


(そこそこの期間やってるからかサマになってきてるの、なんかヤダなぁ……)


 だがこれは仕事だ。報酬を貰っている以上手は抜かないし、向上心を持って取り組むのが俺のポリシー。当然女装が不自然に見えないようあらゆる角度に気を使う。

 ウィッグを被り、足はタイツは色の濃いヤツで細かいすね毛を誤魔化している。覚醒した精神支配さんはとても便利で、魂に作用して肉体すら変容させられるので一時的にではあるが骨格を変えられる(覚醒前はコルセットでくびれを作り、肩は服装で目立たないようにしていた)。それで喉仏や声、肩や腰回りの性差を乗り越える。めっっっちゃ痛いけどな! 本当は痛みは消せばいいのだが、痛みは大事なシグナル。頻繁に無痛にしてると碌なことにならないだろう。あと肌の質感とか、そもそもの顔面とかは化粧で。顔の造形が元々が地味だから盛りやすいのだ。


「いらっしゃいませー♪」


 野郎どもと一部女性たちから注目される中、店のドアが開かれ、ベルが鳴り響く。普段なら新たな客程度の認識、だが今回に限ってはやけに大きく響いた気がした。


「えっ? なんだあの美人は!?」


「やべぇよ、顔が良過ぎる……!」


「でっっっっっかッ!!」


「リアルで胸ボタン虐待とか初めて見たな……」


「どうしよう、俺にはレオちゃんという心に決めた嫁が……!」


「お前のじゃないが?」


「表出ろや」


「そうじゃぞ、レオちゃんはワシの孫じゃ」


「「「あ゛?」」」


 ……にしても、野郎どもから発せられる、胸やら尻やらに向けられる視線がぞわっとするのなんの。こういうのって見られてると普通に気づくもんなんだな、知りとうなかった。

 こうなると比較的無害な女性客だけが癒しだなぁ……。


(うーん、この。体しか見とらんのかこいつらは……って、うげげっ!?)


 そこには見覚えしかない同じ学園の生徒が。きちんと制服を着こなし、いかにも王子様然とした立ち振る舞いの長身の女子生徒。

 そう、牡牛眞琴だ。

 彼女はいつもの爽やか王子様の微笑みを浮かべつつ、店内を見渡す。傍から見れば超満員の店の中から空いている席を探しているよう。しかし、その推測は秒で崩壊する。彼女は俺を視界の端に捉えるや否や、一瞬目を細めて舌舐めずりをしたのだ。肉食獣の笑みだった。


 ぞわっ……!


(……これはしくじったか?)


 現役モデルで学園でもファッションリーダーな(ここに来る間に調べた)牡牛眞琴のことだ。俺の女装を一発で看破してもおかしくない。

 ……あぁ、猛烈に嫌な予感がする。きっと、女装がバレた俺はこのあと黒塗りの高級車に追突されるんだ。そして示談の条件としてとんでもない額を請求されるんだ俺は詳しいんだ。


「いい雰囲気の店だね。ボクは前からこの喫茶店に来てみたかったんだ。それに、友達から可愛い女の子が看板娘をしていると聞いてね。是非一度会ってみたかったんだ」


「あはは……ここはそういうお店じゃないですよ? ご注文がお決まりでしたからお声をかけてくださいねー」


 大統領直伝の相手を不愉快にしない、しかしお断りの意思が伝わる鉄壁の微笑みを繰り出しつつ、座るならここかな? みたいな視線を向けていた席へと案内。そしてメニューを手渡す。


「ありがとう、君は優しいね」


「どうぞ、ごゆっくりー」


 ごゆっくりしないでとっとと帰ってくれ。




===あとがき===


 いや、女装とか誰得よ? って話だがオンナスキーな眞琴さんと接点作るにはこれしかなかったんです! 信じてください!

 ……でもレズっ娘を男にしかないモノで分からせたいでしょう?

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