第8話

 路地に入ると、表通りの賑やかな雰囲気から一転、薄暗くじめっとした雰囲気に変わる。

 男達はまだ私に気づいていない。頭の中に湧いてくる恐怖や迷いは捨て去って、頭をクリアにさせる。どうやって敵を倒すかだけに意識を集中させると、体の血がじんわり熱くなる。

 男は三人。それに囲まれる少女が1人。多勢に無勢だし、まして相手は大人、私は子供だ。

 相手が冷静さを取り戻すまで。それが分水嶺だ。

 男たちとの距離があと十数mに縮まってようやく、三人のうちの二人が、一直線に路地裏を駆け抜けてくる存在に気が付く。

 私は路地の壁を斜めに駆け上がった。

 少女を脅かすのに夢中で、まだ私に気づいていないその男の頭を、私は蹴りぬいた。

「グァッ…!」

 バスッと音がしていいのが入ったが、所詮子供の膂力。大ダメージではないはずだ。軽い脳震盪くらいは起こせたことを祈っておく。

「は?」

「なんだ!?」

 他の二人は咄嗟の状況に戸惑っていた。

「おい!お前―」

 私が着地してすぐさま、近くにいた男が反射的に掴みかかってきた。だが、毎日見ているシュナイツの動きに比べれば荒い。

 私はその手を躱して、相手の鳩尾に拳をめり込ませる。

 初めて経験する手応えが拳に伝わる。私はそれを意識しないようにした。

 男が苦悶のうめきをあげる。体勢が崩れた瞬間を狙ってタックルをして地面に叩きつける。

「ガキが!!」

 その間に三人目の男が殴りかかってきていた。

 速いし体重も乗ってるが、やはり、冷静さを欠いた動きは単調だった。

 私は手首を掴み、足を払う。それだけで、相手は殴りかかった感性そのままに地面へと投げ出された。

「こんのガキが…!」

 最初に蹴り飛ばした男が頭を押さえながら向ってきたが、迎え撃つ必要は無かった。

 ガスッっと鈍い音がして、その男の体が崩れ落ちる。

 一瞬剣のシルエットが見えてドキッとするが、良かった。さやは抜いてないみたいだ。

「この人たちを拘束して」

 追いついてきた護衛達にそう指示を出して、戦闘態勢を解く。

「さてと…、」

 私は襲われていた少女の方に向き直った。

 戦闘中は意識していなかったから、私は驚いた。眩い金髪に、茜色の瞳。一目で上等なものだと分かるワンピース風のドレス。前世でも見たことないような美少女だった。暴漢に目をつけられたのにも、思わず納得してしまう。

 じっと見つめてしまって、少女が戸惑った様子を見せたので慌てて目を逸らした。

「大丈夫?怪我はない?」

 少女は弱々しく頷いて、私が差し出した手を取る。その手は、ふるえていた。

「…もう、大丈夫だよ」

 少女の恐怖に染まった目を見つめ返す。

 少女の顔がクシャっと歪んだのを見たら自然に体が動いた。私はしゃがんで、わななく体を抱きしめる。

 そうして、少女の震えが止まるまで抱きしめていた。

 少女が立ち上がれるようになるまでは、護衛たちも空気を読んでくれていた。

「お嬢さま、こいつらはどうしますか?」

「衛兵を呼んできて。引き渡す」

「分かりました」

 護衛の1人が路地を出ていって、数分後に3人ほどの衛兵を連れて戻ってきた。

 事情を説明して、それとなく貴族だということを仄めかしたら、すぐに納得して男達を連れていってくれた。

「とりあえず、私たちもここを出よう」

 衛兵達が路地を出ていった後、少女の手を引いて私たちも路地裏を出た。

 これからどうしたらいいのかは測りかねていたけど、まずはもう少し少女を落ち着かせてあげた方がいいだろう。

 そう判断して落ち着ける場所を探した結果、私達は露店で果実水を買って、近くにあったベンチに座ることにした。少女が少し萎縮していたので、護衛達には少し離れてもらう。

「あの、これ…」

 少女が差し出そうとしたのが金貨だったので、一瞬度肝を抜かれてしまう。

 少女が暴漢たちに襲われたのに、私はもう一度納得した。

「たったの赤銅貨2枚だから、気にしないで」

 少女が差し出そうとした金貨を押しとどめて、果実水を手渡した。

「ありがとうございます…」

 果実水に口をつけてから、何か言いたげにこちらをうかがう視線に気づいて、私は少女に向き直る。

「あの…助けてくれて、本当にありがとうございました…!」

 少女は勢いよく頭を下げた。

「…顔を上げて。あんまり気にしなくていいから」

 私はこの少女のために助けたんじゃない。利己的な自分のためだったから、感謝されても少し気まずかった。

「そういうわけにはいきません…!何か、お礼をさせてください」

「本当に気にしなくていいんだけど…」

 そういってみたけど、少女は少しも引く気配を見せない。

 何か欲しいものがあるか。私は果実水を飲みながら、渋々頭を捻らせた。

 何か、物とかでお礼してもらうのは違う気がするし、そもそもそんなに欲しい物はない。仮に欲しいものがあったとしても、お義父様に言えば最高級のものを買ってきてもらえるだろう。まあ、飛び切り甘やかされそうで頼んだことはないけれど。

 果実水をもう一口飲む。

 ふと、脳裏にいい案が思い浮かんだ。

「そうだ…!じゃあ、帝都を案内してくれない?」

「…えっと、実は帝都に来たのは久しぶりなので。それでもいいなら…」

 そうか、この子も私と同じように、建国祭の時期に合わせて王都に来たのかと、どこか納得する。

「それでもいいよ」

「…でも、そんなことでいいんですか…?もっと何か……」

「十分だよ。それじゃあ―」

 私は今更ながらに、お互いの名前を知らないことに気づいた。

「私はイヴ。あなたは?」

「あっ、私は…ロナ、です」

「じゃあ、ガイドをよろしくね。ロナ」

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異世界貴族に転生した少女がやがて魔王になる話 @akatuki_itukamaouni

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