異世界貴族に転生した少女がやがて魔王になる話

@akatuki_itukamaouni

第0話

 紅葉の隙間からさす木漏れ日が温かい。。

 車いすに座る妹に頻りに話しかける両親の声を聞くとはなしにに聞きながら、後ろについて歩いていた。

「蓮。」

 母の、優しげに作った声が、少し心をざわつかせる。

「きっと、大丈夫だからね。順番が回ってくれば、きっと助かる。」

 どうして心がざわついたのか、他人事のように考えた。

 嫉妬だろうか。母が私にかまわずに妹ばかりかまうから、なんて。

 違うな。

「そうだぞ、きっと大丈夫だ。何とかなる。」

 父が明るい声で励ました。

 また、ざわついて無意識に妹の横顔に視線がいった。

「...そういえば深月、中間テスト、学年6位だったんですってね。すごいじゃない。頑張ってるのね。」

 母が話題を変えた。

 夢から現実に引き戻されたように、私は頭をフル回転させて返事を考えた。

「うん、今回のテストは得意なとこだったし。それに、頑張らないと。蓮が高校に入ったら勉強を教えられるように。」

「そうね...。高校生になったら、ね。」

 母はどこか遠い目をしていた。

 私は言葉が出てこなくなる。心に嵐が吹き荒れるようで。いつもはこんなふうじゃないのに。

「ちょっと、飲み物買ってくるね。すぐ追いつくから。」

 視界の端に見つけた自販機を指さし、両親がうなずいたのを見て、小走りで向かう。


 コーヒーの香りが鼻孔をくすぐると、ふっと心が落ち着いた。

 詰めていた息を吐き出すと、「優しい姉」の仮面も一緒に剥がれ落ちていく。

 心の底で、ふつふつと罪悪感がわいてきた。姉らしいことなんてほとんどしてこなかったのに、「優しい姉」のふりをしていること。卑怯だと、私の正しい部分が叫んでいる。

 堅く目をつぶって目を開けると、その小さな声は消えてしまった。

 結局、いつも通り演じることしか、私は選べない。

 それなら、完璧にやるしかない。誰にもばれないように、自分さえもだますしかないんだ。

 そうして心の仮面をかぶりなおして、私は顔を上げた。

 視界の中に三人を探す。両親たちが歩いてた道とは逆の方向に走ったし、もう、だいぶ距離が離れてるかな、とも思ったけど、両親たちは足を止めていた。誰かと話しているようだった。

 どうしてか、胸がざわつく光景だった。嫌な予感がした。

 私は走り出した。最初は、ジョギングくらいの速さだったのが、いつの間にか全速力へと変わっていった。

 両親が向かい合っている男の、怒鳴り声が聞こえてきた。

 「ドナー」、「順番」そんな言葉が聞こえてきて、悪い想像が頭の中に浮かんでしまう。

 揉め事なら、私が行ったところで何もできない。そんな冷静な判断が浮かんだような気がしたけれど、ただ、恐怖に突き動かされるように走る。

 握りしめていたコーヒー缶も手の平から滑り落ちて行ったけれど、すでに意識の外だ。

 その男と、車いすに座る蓮が見える。

 怒鳴り声がだんだん大きくなる。

 もう少し。私は限界の速さで足を動かした。きっと今までの人生で、こんながむしゃらに走ったことはない。

 男がひときわ大きい怒号を発して、手元に銀色の光をはためく。

 私には、何が何だかわからない。感情も思考もぐちゃぐちゃだ。

「届け」

 その言葉が白い息と共にこぼれ落ちて、強く地面をけった。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ヒュー・・・・・・ヒュー・・・、呼吸の音がする。なぜだろう、かすれていた。

 思考に靄がかかっているみたいだ。

 とくっ、とくっと音がする。この音は、何だろう?ああ―心臓の音だ。

 なんだか、眠たい。

「深月!深月!?目を覚まして!!」

 朝・・・だろうか。寝坊したのかな?だとしたら、急がないと。

 ゆっくり体を起こそうとすると、途端に腕に力が入らなくなった。ベシャリと地面に叩きつけられる。

 瞼を開けると、飛び込んできたのは紅葉だ。赤く。赤く染まっている。

 辺りが騒がしい。

 ゆっくりと首を動かすと、蓮と目が合った。目が合うのなんて、いったい何年ぶりだろう。なにか、おかしい。

 そうして気づいた。私が、どうなったのか。

 考えがごちゃごちゃして一つとして形にならない中、 胸の痛みだけが鮮明で。

 蓮が目を見開いて、それから徐々にぼやけていく。

 私は・・・私は。

「そんなに、驚かないで...、」

 そんな表情をして欲しくない。どうせなら、笑ってほしくて。

「ああ……、そうだったんだ………。」

 私は本当に、臆病で、卑怯で、矛盾だらけで。

 薄れゆく意識の中で、私は思った。

 もし…、もしもチャンスがあれば。私は、彼女に、償いたい。

 最後の思考も、儚く掻き消えて、私はこの時、死んだのだ。

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