跳べない龍、女子バレー部のマネージャーになる。

シロメ朔

プロローグ

 バレーボールでは、プレイ中にボールを持つという動作が許されない。

 ボールが手に触れる、0.数秒の間にたくさんの駆け引きがあるスポーツだ。

 わずか数秒で、全てが決まってしまう世界――。


 中学の県総体、決勝戦。快龍かいたつのバレー人生の頂点だった日。

 あの日の体育館は、応援に来てくれた保護者やクラスメイトたち、そしてコート内の選手たちの熱気で満ちていた。

 県代表にも選出されている絶対的エースの快龍が、相手チームの強固なブロックを打ち破るたびに、地面が揺れるような歓声が聞こえた。


 正直に言って絶好調だった。

 スパイクの姿勢に入ると、空中でブロックが止まって見えた。

 ストレート、ガラ空き。ここに打てば入ると直感的にわかった。


 思い切り腕をひきしぼり、振り下ろす。弓のように身体をしならせて、無駄なく全てのパワーをボールに乗せる。青と黄色の鮮やかな弾丸が、狙い通りの場所に吸い込まれていく。


――それは、ボールが地面を叩くのとほぼ同じタイミングだった。


 突然視界がぐにゃりと歪み、姿勢を制御できない。

 着地をしくじった? そんなはずは。

 まるでスローモーションの映像を見ているように、地面がどんどん近づいてくる。


 その時になってようやく、快龍は理解した。


 相手ブロックの足の甲の上に自分が着地し、左足があらぬ方向に曲がったのだと。


 ルール上、ブロックがネット下にあるラインを踏み越えることは禁じられている。

 しかし、快龍の凄まじいスパイクをなんとか抑えようと、相手も躍起やっきだったのだ。

 本気のぶつかり合いの中で起こった、悲劇の事故。

 〈バキッッッ〉

 遠くに聞こえる歓声の中で、体の中から聞こえてはいけない音がした。

  

 わずか数秒で全てが決まる世界。


 快龍の人生も、あの一瞬で全て決まってしまった。

 勝利の感動も、敗北の屈辱も。

 二度と味わえない人生に。

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