第5章「やっとゲームができるんだ」

第22話「いつの時代の、どこへ宛てたハガキも預かる郵便局」

 クォールこと鷹司たかし大輔だいすけは今年、高校に上がったばかりの15歳。


 父親は自動車メーカーに勤める技師、母親が幼稚園教諭という両親は忙しく、休日出勤も当たり前という家庭だった。


 必然的に大輔は祖父母に預けられ、土日の度に家族と出かけている同級生をうらやましく思った事も度々ある。


 だが両親も決して大輔を犠牲にして仕事に邁進する事を由とする訳ではなく、また何より祖父母が周囲の同級生が受けている以上の愛情を持って大輔と接してくれた。


 幸いな事に鷹司家は裕福で、経済的に不自由する事なく大輔は育っている。


 唯一、欠けていた点を挙げるとすれば、面倒を見ている祖父母の年齢から、大輔が外遊びに興味を持たなかった事だろうか。


 当然のように大輔の興味はゲームに向き、また忙しい両親もゲームが好きだったという事が重ったからこそ、Riot Fleetsのクォールは生まれた。


 さて、そのクォールこと大輔は今、市内のショッピングモールにいる。


 モールの一角、本屋の隣りに設けられた小さなスペース。


 巨大な赤いポストが目立つ場所は、架空の郵便局である。


 四国で始まった、「届けたくても届け先がわからない手紙を受け付ける郵便局」の支所だ。そこへ大輔は時々、足を運ぶ。


 ――お祖父ちゃんへ。


 手紙の宛先は、亡くなった祖父だ。


 大輔が敬愛し、「何でも作れた。何でも知っていた」祖父へ宛て、浄土へと送る手紙を書く。


 ――高校生になりました。後は、変わりがないです。いつもゲームのしすぎを注意されてたから、怒られるかも知れないけれど。


 高校生になっても自分も周囲も変わっていない、と報告する。


 ――でも楽しい事もいっぱいあります。節制はしようと思うけれど、止めるのは、まだ先にさて下さい。


 そこまででボールペンを置き、はがきは自分の身長ほどもあるポストへ手を伸ばす。


 しかし入れようと手を離そうとした所で、わいわいと賑やかな声がやってきて……、


「どうぞ」


 場所を譲るため、一度、伸ばしていた手を引っ込めた。制服姿の男女4人とスーツ姿の男が一人という組み合わせは、教員と生徒というイメージがある5人だった。


 先頭にいた唯一の男子生徒が軽く頭を下げ、


「すみません」


「いえ……」


 大輔は一歩、引き、それでポストにハガキを入れるタイミングを失してしまう。


 礼をいった男子生徒の詰め襟は見分けが付かないのだが、女子たちの制服は特徴的な丸いセーラー襟の前開きで、その見分けは付く。


 ――みね高か。


 果たして、その5人は惇を始めとする峰高校ゲーム部のメンバーである。


 引率している高浜たかはまは「ここだ」とポストを指差して、


「ここは、宛先が分からない相手へのハガキを預かってくれる。いつか分からない、どこにいるか分からない誰かへの手紙もな」


 高浜がこんな事をいい出したのは、ゆうとの3本勝負のせいだ。


 そもそもPvPに向かないという惇や晶からすると、悠との2戦はストレスでしかない。


「気分転換だ」


 高浜の提案は――、



「会いたい相手がいるんだろ? ハガキに書くっていうのは、どうだ?」



 届けてくれる訳ではないが、気持ちの整理に丁度いい、と高浜は考えた。


 じゅんも「そうですね」と頷く。書く相手の名前は決まっている。


 ――クォールさん。


 初めてのオンラインで出会った、本名も住んでるところも、性別すらも分からないプレーヤーだ。


 クォール宛てに――届かないにしても――書く。


 そんな惇の隣で、あきらもハガキを取り出していた。それを見て、弥紀みのりは小首を傾げる。


「ショウちゃんも、誰かに出すの?」


「うん。どうせだからね」


 などと、晶は気のない返事をし、何事もなさそうに書き始めた。


 ――ベクター・ツヴァイトさん。最近、私もPvPを始めました。嫌な対戦がに連続だったけど……。


 そうやって書き出した内容を、弥紀は見ていた。書き出しこそ最近のRiot Fleetsで起きた事を書いているのだが、書き進めるうちに内容が変化していくと、弥紀は目をパチパチとしばたたかせた後、腕組みをして態とらしい仕草を見せてながら、笑う。


「ショウちゃん、彼氏ができないの気にしてたけど、好きな人いるんじゃん」


「!」


 いわれた途端、晶はバンッと手にしていたボールペンを止め、


「……何で私の方を見てるんだい? 大事な従弟の方を見てなよ」


 やけに堂々としていたのは、自分の書く内容を隠すためだった。弥紀は「えーと……」と誤魔化すように自分の髪を撫でつつ、


「いや、こう……エッチなDVDを隠すなら、映画のDVDの棚に入れておけばいいんだよ的な誤魔化し方でしょって思ってみてたら、マジにそうだったから」


 そういわれると、血は繋がっていないが兄として高浜が気にしてしまう。


「相手、誰だよ?」


「ネットでしか繋がれてないから、名前も何も知らない相手だよ。私より、みんなはたかむらくんの方が大事じゃないのかい?」


 ここに来たのは惇のためだ、と晶がいう。自分から悠と気の向かない、勝っても負けても嫌な気分になる対戦をしてしまった一年生の気分転換に来ているはずだ。


「俺の方は、もう簡単ですよ」


 もう書けたと、右手に持ったハガキをプラプラさせる惇が、その名前を口にしたのは偶然か。



「クォールさん宛てに、近いうちに、また対戦したいです。Riot Fleetsで会いましょうって」



 その名前を持つ少年は、今、惇の隣りに佇んでいるのだ。思わず大輔は聞き直してしまう。


「え? クォール? Riot Fleets?」


「あぁ、すみません。ネットゲームで前に一度、野良で対戦した事のある人に宛ててるんです」


 振り回したのが邪魔だったのかと謝る惇が説明したのも、何かの縁に繋がる。


「ここ、どこの誰にでも手紙が出せるっていうから、その人に、また対戦したいですって書きました」


 内容など、寧ろ派さない方がよい内容であるが、この場合、話した方がいい方へ転がる事もある。


 大輔は自分の顔を指差し、


「Riot Fleetsのクォールっていうと、多分、僕です」


 これは正しく、思いがけない幸運であった。

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