第14話 魔女の欲望と騎士の想い

「………えっ!」


 意気込んだわたしとは裏腹に、驚いた様子でバランスを崩しかけた彼に、今考えたことを読み取られたのかと一瞬焦ってしまったけど、そんなわけはないと言い聞かせる。


「あ、おいしいですか?」


 何事だろうと思ったら、いつもと違って珍しく余裕のない表情を浮かべた彼が、心配そうにこちらを見ていた。


 何かまずいことでも言ってしまっただろうかと思いつつ、再度頷いて見せると彼はくしゃっと子供のような顔で笑った。


 いつもの余裕があって完璧な作られた笑顔ではなかった。


 歳相応で本当にわたしの言葉に喜んでくれているように見えた。


「おっ、お気に召したようでよかったです!」


「………」


 彼は味覚音痴なのだと言っていた。


 何を食べても美味しいと思うし、難なく食べることができる。


 それでも違和感に気づけない難点もあって、あとから体調を崩すこともあるのだと。


「あなたのお気に召したなら本当によかったです」


(ごめんなさい……)


 とっさに浮かんだ言葉は、それだった。


「ささっ、よかったらどんどん食べてください!」


 と、無垢な表情で笑うこと人をずっと操ってしまっているなんて……。


 わたしが魔女で、どれだけ恐ろしいのか、彼は本当に理解しているのだろうか。


「………」


 臆病者は、意を決したところで思ったことを声にすることができない。


 この期に及んで、嫌われたり怖がられることを恐れているというのだろうか。


 身の程知らずが。


「……か?」


「え?」


 絞り出した声に顔を上げた彼の表情は、疑いを知らぬものだった。


「わっ、わたしが……」


 こんな素晴らしい人に、もう真実を隠しているわけには行かなかった。


「わたしが、こっ、怖くないんですか?」


 必死に出した声は震えていて、今にも消えそうだった。


「こ、こわい?」


 ゆっくりと言葉を噛み砕いて想像しているようだった。


 そこで、初めて彼の眉間にしわが寄った。


「怖い? あなたが?」


 目が合って飛び上がってしまった。


 澄んだ空色の瞳はまるで全ての嘘を見透かすようだ。だから、わたしは目を合わせることができなかった。


 もう二度と、晴れた空を見上げることはできなくなってしまうだろうと。


 いえ、この地に光が差し込むことはもうないでしょうけど。


「可愛いの間違えではないでしょうか」


「えっ……」


 か、かわいい……?


「全然怖くなどありません」


(えっ……?)


 今度はわたしがその言葉を考える番だった。


 何を言っているか、理解に苦しんだ。


「あなたこそ、俺が怖がらせてしまって申し訳ないと思っています」


「わ、わたしは恐ろしい魔女です……」


 告白をしたら、震えが止まらなくなった。


 勢いに任せて言ってしまって後悔した。


(また、怖がられる……)


 その気持ちが頭の中でいっぱいになった。


「ひ、人の心を操れます」


 おかしいと思えるのは、いつも平気だと思っていたし、何も気にならなかったのに、人に嫌われていくのだろうと想像したらとてもとても怖くなった。


 徐々に険悪になっていくその表情に息をのむ。


 謝っても、許してくれないだろうか……。


「あ、あの……そ、それで……」


 今さら、言い訳ばかり考える。


 この人に嫌悪の瞳を向けられたら悲しいなとやっぱり思ってしまったからだ。


「俺があなたを可愛いと思い、できることなら今、あなたを抱きしめたいと思うのは、あなたの意志ということですか?」


「……えっ!」


 だ、抱きした……い……?


「操られたのであれば、従います」


 そう言い、彼は容赦なくわたしの手を握った。


「ちっ、ちがっ!」


 そ、そうじゃない……


 好意的であってはほしかったけど、そこまで欲張った欲望はなかったはずだ……多分。


 そっと頬に手をあてられ、物語のお姫様のようだとうっとりしかけてしまったけど、これもわたしの胸の奥に秘めた想いなのだったら絶望的としか言えなかった。

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