秘密の女園

バナナ男さん

友情の形

「 私、本当に本当にそんなつもりなかったのぉ〜。


だって優子は学生の頃からの親友だし……それに私って、昔から男より女の友情を取るタイプじゃない?


なのに男の方がしつこくて……。 」


「 へぇ〜。 」


「 へぇ〜。 」


リーズナブルな値段とボリュームが売りの居酒屋の中。


ペラペラと次から次に飛び出す話を、私と私の隣に座るもう一人の人物は生返事で返す。


そして手に持つビールをグイッと飲んだ後、前に座っているその人物へ視線を向けた。



腰まである長いダークブラウン色のストレートロング。


二重でくっきりした目に、バサバサと音が出そうなまつげが飾り、パッと見た顔はまるでフランス人形の様。


しかし派手なイメージがない清楚系のイメージと、やや下がり気味の眉とタレ目が、男性から見れば ” 守って上げたい ” と思ってしまうらしい。



高校生からの仲良し四人組の一人。


< 花野 蝶華 > 26歳



こいつは初めて会った高校生の頃から、ぶっちぎりのモテ人生を突っ走ってきた女であった。


” モデルもしている〇〇組の何々君が花野さんに告白したらしいよ! ”


” サッカー部のエースの△△君が蝶華の事好きなんだって! ”


高校時代はそんな噂話が毎日耳に入るほと、この蝶華のモテっぷりは凄かった。


そんな蝶華と行動を共にしていた私の方はといえば……まぁ、モテるとは無縁な生活を送っていたと思う。



小さすぎず大きすぎずの特徴がない日本人顔に、成績も運動も普通、特技なし。


それが私< 草山 イシ子 >


そんな平均をクリティカルで打つ私にとって、蝶華のそのモテっぷりは雲の上というか……想像するのが難しかった。


そのため、特に嫉妬も怒りもない。


そして理由は違えど、それは他の二人のメンバーも同じであった。



「 いや〜……蝶華殿のモテっぷりは凄いね。


リアル乙女ゲーム……よ〜し!攻略対象は〜……。 」



カリカリと一心不乱にイラストを書きながら言ったのは、仲良し四人組の一人。



ゲームや漫画大好きオタクの< 高野 夢子 >だ。



丸い眼鏡に三つ編みがトレードマークの夢子は、基本3次元の男に興味はない。


そのため蝶子の事もどこか世界線が違う物語だと思っている様だった。



「 本当に蝶華は凄いよ。


だから今度、髪型のアドバイスもらおうと思っているんだ〜。 」



ニコニコと笑顔でそう言ったのは、仲良し四人組最後の一人< 脇田 優子 >だ。



中々可愛い顔をしている優子は、一番蝶華と比べられる事が多く、よく男子生徒からは ” 脇田も可愛いし単体だとめちゃくちゃいいなって思うけどさ〜蝶華ちゃんと並んじゃうと霞むよなww ” ……などとよく言われていた。


それに対し、私と夢子はジトリと睨んでやったものだが、当の本人は全く気にしてない様子で笑うだけ。


なんだか不思議な子だなとは思っていた。


そして、その ” 不思議 はその後、更に加速していく。




「 実はバスケ部の鈴木君に告白されて、付き合ってみる事にしたの。 」



鈴木君はとても爽やかなバスケ部の同級生エースで、女子生徒の中ではかなり人気のある男子生徒であった。


鈴木君って優子の事好きだったんだ!


私と夢子は驚きながらも喜び、いつから?とか、どこが好きなの?とか、ありきたりな恋愛話を楽しんだのだが、蝶華だけは違った。



なんとなく不機嫌な顔で口数は少なく、結局その場では全く喋らなくなってしまったため「 具合悪いの? 」と優子が声を掛けたのだが……蝶華の返事はそっけない。



「 ううん〜。大丈夫〜。 


────あ、私急用を思い出しちゃった〜。


バイバ〜イ。 」



それだけ言い残して去った蝶華に、私達はポカーンとしたが、いつも結構気まぐれな言動や行動が多かったので、特に気にしなかった────が……。



「 ごっめ〜ん!


私、実はぁ〜……鈴木君と付き合う事になっちゃったの!


ホントにごめんね……優子……。 」



ウルウル……シクシク……。


次の日のランチ時……蝶華は、目を潤ませながら私と夢子がいる前で優子に謝る。


それに真っ先に反応したのは私で、一度優子の方を見た後で蝶華に言った。



「 それおかしくない?


だって鈴木君は、優子と付き合う事になったって昨日聞いてたし……どういう事?? 」



本気で意味が分からなくて、蝶華に尋ねると……蝶華はワッ!と泣き出し、ペラペラとその経緯を語る。



「 違う……違うの!


私はなんとも思ってなかったんだけどね?


昨日たまたま部活の後に、会って話したら意気投合しちゃって……。


それでただお話しただけなのに、本当は蝶華ちゃんが好きだったって……言われちゃった……。


私は優子に悪いから!って言ったのに!


なのに、強引に今直ぐ別れるからって……!


私……私……ホントにごめんなさ〜い!優子〜!! 」



そのまま更に激しく泣いてしまった蝶華を見ながら、私は呆然としてしまう。



だってどう考えてもおかしい。


たまたま会って、たまたまそういう話になんてなるはずがない。



私の頭の中にはグルグルと略奪愛だの浮気だのという不穏な言葉が周り、流石に酷いと思い声を上げようとしたが、周りの男子生徒からブーイングの嵐を受けて思わず口を閉じた。



「 おい!蝶華ちゃん泣かせんなよな〜! 」



「 嫉妬かよ、最低だな! 」



「 はぁぁ〜?!ちがっ!! 」



流石に理不尽で声を上げようとしたのだが、それを止めたのは誰でもない、被害者の優子の笑い声だった。


ポカーン……とする私達の前で優子は、笑い過ぎて溜まった目尻の涙を拭き取る。



「 昨日突然別れ話されてびっくりしたけどそういうことか〜。


お付き合い期間が一日とか……ちょっと面白すぎるよね!


う〜ん、鈴木君とは縁がなかったみたい。 」



強がっている感じは全くなくて、本当に気にしてない様子を見て、私と夢子は首を傾げたが────被害者である優子が気にしてないならと、その場でそれ以上追求するのを止めた。



しかし、この類の事件はこれだけに留まらず、蝶華は優子に気がある男子や優子がカッコいいと言う男子生徒など、その全てに偶然という形でモーションを掛けては奪っていく。


勿論私も、夢子もそれに苦言を申し立てたが、蝶華はどこ吹く風で、答えはいつも同じ。



” 私はそんなつもりなかった。 ”


” 相手から迫ってくるから私は悪くない。 ”



更に蝶華は優子に対してだけではなく、周りの女生徒全員にそんな感じだったらしく、同窓会で女性側が少なかったのはそれが理由だったらしい。


そんな蝶華との思い出を振り返り、その当時から全く変わらない言い訳……いや、自慢話を聞きながら大きなため息をついた。


そう、これは自慢話。


要は、私はあくまで相手にしてないのに、モテすぎて困っちゃう〜♡────ってこと。


私は隣に座っている夢子へ視線をチラッと向けた。



夢子は学生の頃のまま大人になった様な外見をしていて、未だにトレードマークは丸い眼鏡に三つ編み。


現在はゲームを作る制作会社に務めていて、蝶華をネタと思っている様だ。


なんとなく彼女の企画したゲームの悪役は蝶華に似ているから。


蝶華がゲームやらないからって、似すぎててバレたらやばいでしょ〜……。


正直ヒヤヒヤするが、ゲームに興味がない蝶華に今の所はバレてない。



「 …………。 」



私はぬるくなってしまったビールを飲みながらボンヤリと蝶華を見た。


蝶華はひたすら涙混じりに自分の話を語るだけ。


話はいつも同じで、同じ会社に就職した優子の彼氏をまた奪ったというモノだった。



「 〜でぇ〜……優子には悪いと思ったけど……優子の彼氏の方からずっと迫られてて私も困っているの。


だからどうしようかって……。 」



「 ……ねぇ、蝶華は結婚とかしないの? 」



私がなんとなくそう質問すると、蝶華は喋るのを止めた後、直ぐにニコッと笑う。



「 勿論結婚はするつもり!


良いなって人がいたら直ぐするよぉ〜。 」



つまり、いつもそんな気がない人なのに、誰かから奪うんだ……。


全く理解できない価値観にゾッとしながら、また続く自慢話を聞いていると、やっと最後のメンバーが姿を現した。



「 ごめーん!仕事が終わらなくて遅くなったね。


久しぶり〜!イシ子、夢子!蝶華はさっきぶり〜。 」



「「 優子! 」」



遅れてやってきたのは優子だ。


優子は学生の頃より落ち着いた雰囲気で、今はボブカットのワンカールヘアーに、シャキッとしたスーツに身を包んでいる。


優子は昔から仕事ができる子で、現在はバリバリのキャリアウーマン!


ちなみに蝶華とは会社が同じだが、蝶華は受付業務、優子は営業で部署が違うため、直接の接触はそんなにないらしい。



「 優子遅かったね〜。


仕事いそがしいの? 」



「 う〜ん……。実は新しい契約が決まって、その仕事でバタバタしてるんだよね〜。 」



「 さすがだね、優子は。


二次元だったら惚れそうだわ。 」



「 ハハッ!ありがとう。


夢子だってゲームの発売前は徹夜じゃない!


はい、皆〜!お疲れ様! 」



私や夢子の言葉に軽快に答えた優子は、ビールを頼み、一気飲み。


そのままプハッ!と息を吐き出し、美味しそうにおつまみを食べ始めた。


蝶華はそんな優子を見て、意地悪くニヤリと笑う。



「 優子〜本当にごめんね……彼氏さんの事……。


私、優子の彼氏だって分かってたから、断ったんだけど……。 」



「 あ、いいよいいよ〜!気にしないで!


今回は付き合って3日か〜。早かったよね。 」



豪快に笑う優子に対し、蝶華はヒクッ……と口元を引きつらせた。



「 ……いや〜……でも気にしちゃうじゃない?


だって私達友達だしさぁ〜……だから今日は謝りたくて……。 」



「 え〜!謝罪とかホントにいらないよ!


私、ホントに男見る目ないんだよね〜。


次こそ当てたいわ。 」



そのままシュッ!シュッ!と野球の素振りをする優子に私も夢子も大爆笑!


その後は楽しく飲んで、笑って、そのまま解散した。



◇◇◇◇


「 ……ねぇ、夢子はさ、蝶華の事どう思ってる? 」



帰る方向が同じ私と夢子は、優子と蝶華と別れた後、二人で駅までの道を歩く。


その最中、少し気になったので軽い感じで聞いてみると、夢子はメガネをクィと上げて答えた。



「 隣の芝生はダイヤモンドのスーパー雌ビッチ。 」



「 ────ブッ!!! 」



まったく言葉を濁さない言い方に、思わず吹き出してしまったが、的を得てると思ってしまう。



蝶華は、人のモノが大好きな略奪女だ。


私は彼氏が一度もいないため被害を受けた事はないが、周りに被害を受けたであろう誰かの話を聞くのは不快だし、怒りが湧く。


学生の頃は、友達に対してそんな事を思ってしまう私は冷たいのかな?と思って酷く悩んでいたが、もう私は二十歳をとっくに超えた大人になった。


だからもう我慢するのは止めようと今日改めて思ったので、意を決して口を開く。



「 ごめん。突然なんだけど、私仲良し四人組抜けようと思う。


正直、私は蝶華のやっている事が凄く嫌なんだ。


だからちょっと距離を置きたい。


優子にも後でハッキリ伝えるつもり。


ホントにごめんね。 」



そう言うと、夢子はニヤリとダークチックな笑みを見せた。



「 イシ子がそう決めたなら、今日が蝶華との友情の寿命だったんだよ。


じゃあ今度会う時は、個人個人で会おう。 」



「 フフッ。ありがとう。 」



多分夢子も同じ事を考えていたのだと思う。


私と夢子はお互い手をたたき合って別れ、その後私は優子に電話した。


蝶華とはどうしても合わないと感じている事。


だから距離を置くつもりである事。


それを伝えると優子は「 分かった。 」と答えた。


そしてその後は、夢子が言っていた事と同様に個人個人で会おうと提案される。


「 結局友情って、どっちかが負担を感じる様になったら寿命なんだろうなって思う。


イシ子が蝶華に会うたびに負担に思うなら、きっと終わりが来たって事なんだろうね。 」



「 うん。 」


優子は負担を感じないの?


そんな言葉が喉元まで上がったが……きっと優子は優子なりにその負担を補う様な何かが蝶華にあるから友達のままなのだろうと思う。


それをわざわざ聞くのは失礼かな……。


うーんと悩んで、私は結局聞くのを止めておいた。



優子は優子の、私には私の想うところがあって、これからの蝶華との関係を決める。


この選択は自分で決めなきゃいけないモノだから、悩んでいそうな時だけ力になろうと思った。




そうしてこの日を境に、高校時代から続いていた仲良し四人組の飲み会はなくなった。



蝶華はそれに対し、悩みを聞いて欲しいから飲み会を開いて!と何度も頼んできたがさりげなく理由をつけて断る。


蝶華は昔から絶対に自分主催で何かをしない子だったため、徐々に距離は開いて行き、気がつけば3年の月日が経った。



このまま二度と会わないかなと思っていたが、私達は久しぶりに四人が揃って顔を合わせる事になってしまう。


優子の結婚式で。



「 久しぶり〜。夢子。


この間配信したゲーム大ヒットだったじゃない! 」



ドレスアップした夢子と早速会って声を掛けると、化粧で誤魔化せなかったらしい隈をこしらえた夢子が振り向きニタリと笑う。



「 ふ……ふふ……。まぁぼちぼちよ。


イシ子は転職した先でどう? 」



つい最近転職したばかりの私は、ドンッと胸を叩き問題ないアピールをしておいた。



三年前に仲良し四人組みは私のせいで解散してしまったが、結局私達は個々に連絡は取ったりして、夢子と優子との関係性は変わらず続いている。


そのため、二人に関してはそれなりに近況の様なモノも知っているため、こうしてポンポンと話題が弾み、私と夢子は指定された席についた。


周りを見渡せば、少々早く来すぎたせいかまだ人は少ない様だ。



「 まだほとんど揃ってないけど、優子は友達も多いから懐かしい人たちにも会えそうだね。 」


「 ちょっとした同窓会になりそうだね。


楽しみ〜。 」



私達はそう言い合って、チラッと目の前の空いてる席を見る。


< 花野 蝶華 >


そして、書かれている名前を見つめ大きなため息をついた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る