過去を紡ぎ続けた君と明日を歩く

海月雪羽

プロローグ|ささやかな希望

暗い。

何が、とかじゃなくて指し示すのが難しいほどに色んなものが暗い。

十五歳。俺は少年院にて受刑している最中だ。

牢獄の中、眠ることもせずにただ満月をぼーっと見上げていた。

今日は眠れない。

たまに、こういう時がある。

昔の記憶がフラッシュバックして苦しめられるのだ。涙なんて出ないのに、気分だけは深海のように暗くなる。

ふと、月光に照らされていたはずの俺に影がかかる。

「こんばんは、佐原蓮くん」

……誰だ、こいつ。

「おや、挨拶は返してくれると思っていたんだが」

「誰」

「ふむ、端的に言うと死神というやつかな」

フードを深く被っているせいで目が見えない。かろうじて見える口元は緩やかに曲線を描いている。

「…どうやって入ってきた。ここは檻の中だ、入ってこれるやつは限られてる。ましてこんな時間帯なら尚更だ」

「まあまあ、難しいことは置いておこうじゃないか」

「俺に何の用だ」

「ふふ、聞きたいかい?」

もったいぶった態度が気に障る。

「…別に」

「え?いや待ってくれ、それでは私が困ってしまうんだ、ぜひ聞いてくれ」

飄々とした口調で話しかけてきた男は必死に俺に頼みこみ、わざとらしく焦ったように見せる。

「なんだよ」

「よくぞ聞いてくれた。実は君に救いを与えようかと思っていてね」

「は?なんだそれ?」

胡散臭さ全開のワードに嫌でも顔が歪む。

「救いとかいってるやつはろくな話しないだろ」

「おや、私は至って真面目さ」

「だとしたら夢物語だな」

「今の人生から抜け出して新しい人生を過ごせるんだよ。嬉しくないのかい?」

「……別に、今の人生から抜け出したいなんて思ってない」

「そう言われてしまっても君に拒否権はないんだ、残念だったね」

「はぁ?」

このおかしな男は、さっきから何を言ってるんだ?俺の人生を、過去を、知ってるのか?

俺のことはお構い無しに男は話し続ける。

「今から蓮くんを新しい人生へ生まれ変わらせる。もちろん、君の望む環境はある程度反映できるよ。何かわからないことがあったら私が助けるから心配はいらない。早速だけど、望みを聞こうか。どんな人生を送りたい?」

そう言って俺の顔を覗き込んでくる。覗き込んできているのに、顔は見えない。

生まれ変われる、その言葉が引っかかる。

こんな男に、耳を貸すなんておかしい。

そもそも、これは夢で、現実じゃない可能性もある。

それでも、葛藤が生まれてしまう。

信じてもいいのだろうか、と。

信じて、裏切られて、絶望したりしないだろうか。そんなことが頭をよぎる。

……いや、俺はそもそも人を信じたことなんてなかったな。

この変わり映えしない生活から抜け出せるなら、ダメ元でも口に出すくらいは許されるだろう。

どうせ叶うことはない、ささやかな願いだ。

「……家族に、愛されたい」

「ほう、それから?」

「兄弟がいて、金にも困ってない、俺の事を…ちゃんと人間として認識してくれるような、まともな…普通の家に住みたい」

ぽろぽろと、願うことしか許されなかった理想が零れる。

「なるほど…では、君は今から限りなくその要望に近い環境に生まれるだろう。…ただ、先に言っておこう」

男は最後に、真剣な声色で告げる。

「君自身が救われることは、きっとないよ」

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