第13話 エヴァンとの外出・不測の事態

 誕生会の翌週、アイリスはエヴァンとともに馬車で街へと向かっていた。


 ハローズ菓子店のエミリーから、新作のお菓子を考案したから試食してほしいと頼まれたのだ。


 最初はひとりで出かけようとしていたのだが、エヴァンからどこへ行くのかと尋ねられ、街だと答えたら一緒に行きたいとねだられて今に至る。


(いきなりエヴァンを連れて行ったら、エミリーもハンナもびっくりするわよね……)


 元平民で気心の知れたアイリスだから試食の誘いをしてくれただろうに、突然生粋の公爵令息が店に現れたら腰を抜かしてしまうかもしれない。


(でもまあ……仕方ないか!)


 試食するなら人は多いほうがいいだろうし、舌の肥えた貴族だからこそ出せる意見もあるはず。

 それに、見目麗しい男の子を連れて行ったら、エミリーも喜ぶのではないだろうか。


「うんうん、大丈夫大丈夫」


 馬車の中でひとりうなずいていると、向かいに座っていたエヴァンが首を傾げた。


「何が大丈夫なの?」

「え? ああ、急にエヴァンを連れて行っても平気か心配だったけど、まあ大丈夫かと思って」

「大丈夫だよ。アイリスがお世話になった人たちなら、僕も挨拶したいし」


 エヴァンがガーネットの目を細めて、にっこりと微笑む。

 その整った美しい笑顔を見た瞬間、アイリスは「やっぱりだめかも……」と考えをひるがえした。


 毎日一緒にいるから慣れてしまった部分があったけれど、改めてよく見てみると、エヴァンの見た目はエミリーには刺激が強すぎるかもしれない。


 どういうわけか、エヴァンは誕生日から身だしなみに気をつかうようになってきて、その美貌にますます磨きがかかっている。


 遠くから眺めるだけならまだしも、同じ空間をともにしたり、至近距離で会話をしたりするとなると、エミリーなら腰を抜かすどころか卒倒してしまってもおかしくない。


 さて、どうしたものだろうか。


「どうしたの、アイリス? さっきから僕のことじっと見て……」


 なぜか少し嬉しそうなエヴァンに、アイリスが返事する。


「エヴァンの外見が格好良すぎるから、どうにかしなくちゃと思って」

「えっ、格好いい? 本当に?」

「ええ、まずいくらい格好いいわよ」

「ふふ、アイリスが褒めてくれて嬉しいな」


 褒めたというより、事実を言っているまでなのだが、エヴァンは頬を染めて満足そうに微笑んでいる。そんな彼は馬車の窓から差し込む光によって、さらに麗しくきらめいて見え、アイリスはますます頭を抱える。


 そして、しばらくうんうん唸ったあと、いいことを思いついた。


「……よし、着替えましょう」

「えっ、着替える? もう街に着くけど……」

「それでいいの。街でもっと地味な服を買って着替えましょう。とりあえず、そのキラキラを抑えないと」


 本人の見た目の良さはどうにもできないから、服装で誤魔化すしかない。もっと刺繍や装飾品が控えめな服に着替えてもらおう。


 でも、エヴァンは嫌がるだろうかと心配したが、意外にも彼は快諾してくれた。


「いいよ。せっかくだから、アイリスも着替えてお揃いの服にしようよ」

「え、お揃い? まあいいけど……」


 制服じゃあるまいし、お揃いにする意味が分からないが、それくらいで地味な服に着替えてくれるなら喜んで協力しよう。


「じゃあ、菓子店に行く前に服を買いに行きましょう」

「うん、楽しみだな」


 そうして、妙にわくわくとしたエヴァンとともに、まずは衣料品店へと向かうことにしたのだった。



◇◇◇



「アイリス、その服すごく似合ってるよ。アイリスは何を着ても可愛いね」

「そ、そう? ありがとう。エヴァンも……地味にしたはずなのに格好いいわね……」


 街の服屋に入り、二人で同じ生地を使って作られた地味めの服を買って着替えたのだったが、エヴァンの見目麗しさは期待したほど削られなかった。


 アイリスとお揃いの服を着ているのがよほど楽しいらしく、ずっとにこにこしているので、地味な服装と相まって親しみやすい雰囲気がかもされ、別の魅力があふれてきてしまっている。


(これはもう、エミリーの耐久力に賭けるしかないわ……!)


 アイリスは無駄な抵抗は諦めて、菓子店へと向かうことにした。



◇◇◇



 菓子店の扉を開けると、カランカランと心地よいベルの音が響いた。


「いらっしゃいませ。あら、アイリス! 来てくれてありがとう!」


 エミリーがアイリスの来店に気づいて、嬉しそうに挨拶する。


 そして、アイリスに続いて入ってきたエヴァンを目にすると、呆けたように口をぽかんと開けた。


「あ、エミリー、この人は私の新しい兄で……」

「エヴァンと申します。アイリスがいつもお世話になっているようでありがとうございます、エミリーさん」


 エヴァンの爽やかな挨拶をまともに受けたエミリーは、「何この王子様みたいな人……え、夢……?」と呟いたあと、ふらりと後ろに倒れ込んだ。

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