第14話 偶然の出会い
「ちょっとアイリス、ビックリさせないでよね……! お母さんが支えてくれなかったら頭を打って死んでたかもしれないわ……!」
エヴァンがハンナにも挨拶をしている間、アイリスはエミリーに怒られていた。
「ご、ごめんごめん。一応、ショックを最小限に抑えようと頑張ったつもりだったんだけど」
「……ああ、だから二人ともあんまり貴族っぽくない服装なのね」
エミリーが納得したようにうなずく。
「でもそれにしたって、事前に言ってくれてれば心の準備ができたのに。あと、もっとお洒落して可愛く出迎えられたのに……!」
いつもと変わらないワンピースをつまみながら、エミリーがじとっと恨めしそうにアイリスを見つめる。
「本当にごめんね……! 出かける直前になって一緒に行きたいって言うから、連絡できなかったの」
「……仕方ないわね。まあでも、試食してくれる人が増えるのはありがたいし、あんなに格好いい貴族の方に目の前でお菓子を食べてもらえるなんて二度とないかもしれないし、感謝するわ。ありがとうね」
「えへへ」
なんとか許してもらえてよかったと思っていると、エヴァンの美貌に年の功で耐えきったハンナがエミリーとアイリスを呼んだ。
「さっそく試食会を始めましょう!」
それから新作のクッキーとケーキが何種類か振る舞われ、アイリスとエヴァンはひとつひとつじっくりと味わいながら、味の感想を述べ合ったのだった。
◇◇◇
「とにかく、どれも美味しかったわ! 全部売れると思うわよ!」
試食会を終えたあと、みんなで紅茶を飲んで一息つきながら、アイリスが満足そうに総括する。
どの菓子を食べても「甘くて美味しい」「歯ごたえがよくて美味しい」「チョコがたっぷりで美味しい」などのざっくりとした意見しか言わなかったアイリスの言葉に、エミリーは生温かい笑顔を浮かべた。
ハンナも少し苦笑しながら、エヴァンに改めて礼を伝える。
「貴重なご意見をいただけて大変助かりました。トッピングのご提案もそうですし、お茶と合わせた販売なんて思いつきませんでした。早速よく検討してみますわ」
「いえ、こちらこそ貴重な経験をさせてもらえて光栄でした。アイリスの言うとおり、どのお菓子もとても美味しかったので、きっと人気が出ると思います」
「まあ、ありがとうございます」
ついさっきは微妙な顔でアイリスを見ていたエミリーが、今度はうっとりとした表情で首振り人形のようにうなずいている。そういえば、いつのまにか最初は見当たらなかった可愛い髪飾りをつけている。
(まあ、なんだかんだエヴァンを連れてきてよかったってことよね!)
そう思いながら、アイリスがエヴァンの貢献をねぎらう。
「エヴァン、よくやったわ! あなたからこんなに素晴らしい意見が出てくるとは思わなかったから驚いちゃった!」
「本当? 役に立てたなら嬉しいな」
「うん、偉い偉い!」
いつものようにエヴァンを褒めていると、エミリーが若干呆れたような目線をアイリスに送ってきた。
「アイリスったら……エヴァン様に向かっていつもそんな口調なの? 試食のときもエヴァン様のケーキを何口もねだったりしていたし、まるでやりたい放題じゃない。今はもう公爵令嬢になったんだから、もう少し……」
姉気質のあるエミリーがアイリスに小言を言い始めると、エヴァンがくすりと笑って「いいんですよ」と間に入ってくれた。
「アイリスは今のままでいいんです。たとえどんな我儘を言われても、僕は全部叶えてあげたいと思っているので。……それに、アイリスも場所をわきまえて振る舞える子ですから、今は気兼ねなく過ごしているということでしょう」
「そ、そうかもしれませんね……」
エヴァンに丁寧に諭されて、エミリーが物分かりの良さそうな顔で返事する。
それからまた四人で少しお喋りしたあと、そろそろお暇しようということで、菓子店を出ることになった。
別れ際に、エミリーがアイリスにこそっと耳打ちする。
「エヴァン様ってとても心が広い方なのね。それか、アイリスのことがものすごく好きなんだわ」
きっと、さっきエヴァンがアイリスの肩を持ってくれたことを言っているのだろう。
「エヴァンはとっても優しい子なのよ」
家族を自慢する気持ちで返事すると、エミリーが心配そうに眉を下げた。
「エヴァン様には、アイリスに好きな人がいるって内緒にしておいたほうがいいかもしれないわ。邪魔するかもしれないもの」
「えっ、まさか」
「妹思いのお兄さんにはありがちなことよ」
「いやいやいや……」
そう言われても、もうエヴァンには教えてしまったのだけれど。
(いやでも、エヴァンはそんなことしないでしょ)
エヴァンは優しいから、この間はイーサンの仕打ちに怒っていたけれど、いろいろと状況が分かれば同情して協力してくれるはず。
そう思っていると、エミリーがぽんとアイリスの肩を叩いた。
「まあ、面倒なことにならないよう気をつけて。それじゃあ、新作が完成したら知らせるわね。今日はありがとう!」
「う、うん、じゃあ新作楽しみにしてるね!」
別れの挨拶を交わして菓子店を後にしたアイリスとエヴァンは、馬車を待たせている広場へと向かった。
「いい人たちだったね。お菓子も美味しかったし」
「うん、新作が発売になったらたくさん買わなくちゃ」
並んで歩いて広場に到着すると、特徴的な甘い匂いがどこからともなく漂ってきた。よく知る憧れのその匂いに、アイリスの目の色が変わる。
「こ、この匂いは……!」
「アイリス、どうしたの?」
エヴァンがやや戸惑ったように尋ねる。アイリスが突然きょろきょろと辺りを見回し始めたのだ。
「エヴァン、今『秘密のミルクティー屋さん』が来てるみたいなの」
「秘密のミルクティー屋さん……?」
初めて聞く単語にエヴァンが首を傾げる。
「ええ。1か月に一度、不定期でこの広場に現れるのよ。すっごく美味しそうなミルクティーを売っているお店なの」
「そうなんだ」
「お値段が高いから孤児時代は眺めるだけだったけど、今ならいくらでも買い放題だもの。絶対買わなくちゃ……あ、あったわ! あのお店よ!」
アイリスが指差した先には、本当に『秘密のミルクティー屋さん』と書かれた看板を掲げた出店があった。
「じゃあ、僕が買ってくるからアイリスはベンチで待っててよ」
「ううん、あのお店はミルクの量とかお茶の濃さとかを指定できて、いろいろ自分で注文したいから私が買ってくるわ。エヴァンはベンチを確保しててちょうだい」
「……分かった、気をつけて買ってきてね」
エヴァンはアイリスの並々ならぬ気合の入れように苦笑しつつ、席の確保役としてベンチのほうへと歩いていった。
一方のアイリスは、この偶然の出会いに感謝しながら、軽やかにスキップして憧れの店へと向かう。
しかし、浮かれすぎていて、通りすがりの人にぶつかってしまった。
「あっ、すみません! ちょっとよそ見をしていて……」
「いや、私も気づかなくて申し訳ない」
互いに謝罪の言葉を口にして向かい合う。
そうして、ぶつかった相手の顔を見た瞬間、アイリスは時が止まったかと思った。
「──クリフ?」
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