第2話 孤児アイリス
古代竜を封印してから900年後、アリアは何度目かの転生を果たしていた。
今の名前は「アイリス」、年齢は10歳。
絹のような黒髪と、淡い紫色の瞳を持つ、とても可愛らしい少女だった。
(今回も会えずに終わっちゃったらどうしよう……)
路地裏の比較的綺麗な木箱に腰かけ、先ほどパン屋のおじさんからオマケでもらった残り物のパンをかじりながら、アイリスは不安に駆られていた。
初めて転生を果たしたとき──そのときは「ユーリ」という名前だったが──ユーリは歓喜に沸いた。
アリアのときの記憶もしっかり残っているし、魔力も引き継がれている。
そのうえで、今回の人生では古代竜を封印する役目を負わされることなく自由に生きて、転生したクリフと結ばれて今度こそ幸せになれると──。
しかし、それはあまりにも楽観的な考えだったと、ユーリは思い知ることになる。
まず、クリフを見つけることが想像以上に難しかった。
きっとまたすぐに会えて、お互いに通じ合うはずだと思っていたのに、クリフと思わしき人物になかなか会えない。
一度目の転生人生は、なんとクリフに出会えずに終わってしまった。
それからまた何度か転生を繰り返すうちに気づいたのだが、どうも二人の転生するタイミングが一緒ではないらしい。
最初の人生では生まれた日時から死亡のタイミングまで同じだったから、当然転生も二人一緒だと思い込んでいたが、そんなことはなかったようだ。
しかも、ある理由により二人とも二十歳そこそこで死んでしまうため、出会いの可能性がさらに狭まっていた。
なぜ二人とも若くして死んでしまうかといえば、その原因は古代竜の呪いだった。
アリアとクリフの生で受けた死の呪いは魂にまで作用するらしく、転生してもアリアのときに死んだ日のあたりで命を落としてしまうのだ。
(でも私は呪いの解呪に成功した)
転生を繰り返す間に呪いを解く方法を探し続け、ついに前回の転生でその方法を見つけた。
長く苦しめられた死の呪いは、惑いの森に住む精霊の祝福によって解くことができた。
本当はクリフも連れて行って呪いを解いてあげられればよかったけれど、方法が判明したときにはクリフらしき人物はすでに亡くなっていた。
(今度こそ、クリフの呪いを解いてあげたい……!)
そう強く思うが、実際のところ今回も相当難しいだろう。
なぜなら、今度生まれ変わったアイリスは可愛らしい少女ではあったが、平民──しかも天涯孤独の孤児であるうえ、一方のクリフはどうやら皇太子に転生しているらしいからだ。
身分差が激しすぎる。
おそらく過去一番だろう。
(……でも、そんなことで諦めたくなんかないわ)
やっと二人の転生の場所とタイミングが合ったのだ。今回は向こうが二歳年上らしいが、その程度なら誤差の範囲。男女でちょうどいい歳の差とも言える。
(今世こそ、必ずクリフと結ばれたい。彼の呪いも解いてあげて、約束どおり二人で幸せになりたい……!)
アイリスはもぐもぐとパンを頬張り、最後のひと口を飲み込むと、座っていた木箱から飛び降りた。
(まずは、最下層の孤児が皇太子に会える方法を探さないとね)
皇太子なんて、どこかの店で売られていた絵姿でしか見たことがない。
綺麗な金髪で、海のような青い瞳をしていた。
真面目で聡明そうな整った顔立ちで、あの肖像画なら家の壁に飾って毎日見ていても飽きなそうだと思った覚えがある。
(……まあ、所詮は絵だから実物より百倍くらい美化されてるかもしれないけど)
でも、この国の皇族は代々美形だと有名だから、不細工ということはないだろう。
(なんて、クリフに会えるなら顔がどんなだって関係ないけど)
彼が彼として存在する。それだけでいい。
(クリフは私を見て何を思うかしら?)
アリアと名前を呼んで、抱きついてくるだろうか。
再会までにとてつもない時間をかけてしまったことを悔やむだろうか。
そうしたら、「私のほうが先に見つけたから私の勝ちよ」と言って笑ってあげよう。
今度の人生は何でも笑って楽しく過ごすのだ。
鼻歌を歌いながら裏路地を出て大通りを歩き始めると、街の人がチラシを配っているのに出くわした。
こういうチラシには「このチラシ持参で無料!」だとか「オープン感謝祭・記念品を無料プレゼント!」だとか、孤児にはありがたい情報が書かれていたりするから、無視せず確認するのが大切だ。
「おじさん、チラシちょうだい?」
片手を出してお願いすると、チラシ配りの男性はアイリスの見すぼらしい身なりを見て顔をしかめた。孤児には文字なんて読めないと思っているのだろう。
(失礼ね。本当はあなたよりずっと賢いんだからね!)
内心で憤慨しつつも、それを表には出さずににっこりと笑顔を浮かべる。
「ちゃんと字も読めるから大丈夫だよ」
可愛らしく小首を傾げてみせると、男性は気をよくしたようで持っていたチラシを渡してくれた。
「そうかい、お嬢ちゃんにもやろう」
「ふふ、ありがとう」
先ほどのように少し可愛さを押し出して笑いかけるとみんな親切にしてくれるから助かる。
生きていく上で孤児という身の上はなかなかの不利だったが、持って生まれたこの素晴らしい外見のおかげで案外取り返せている気がする。
(美少女顔に生まれてよかったわ)
そんなことをしみじみ思いながらチラシに目をやると、そこには「花祭り」の見出しが大きく書かれていた。
花祭りといえば、毎年春の季節に皇都で開催されるお祭りだ。街中の建物が生花で飾り付けられ、花飾りを身につけた大勢の人々で賑わう華やかな催しだった。
(花祭りは楽しいお祭りだけど、タダで何かがもらえるとかではなさそうね……)
少しがっかりしていると、チラシ配りの男性が「そういえば」と話しかけてきた。
「今年の花祭りは皇族も見に来るらしいぞ」
思いがけない耳寄りな情報に、アイリスが紫色の瞳を見開く。
「……それって、皇太子も来るのかしら?」
「誰がいらっしゃるかはまだ分からないが、皇太子様もおいでになるんじゃないか? まだ12歳だからお祭りは楽しみだろう」
「……そうよね、きっとそうだわ」
クリフも昔、魔塔の窓からお祭りで賑わう街の様子を眺めながら、いつか自分も行ってみたいと言っていた。
だから、彼なら絶対に花祭りに出かけたいと思うはずだ。
「おじさん、チラシありがとう! お祭りが楽しみだわ!」
「おう! 来週の週末だからな」
「はーい!」
元気に手を振ってチラシ配りの男性と別れる。
(クリフ、もうすぐ会えるからね)
アイリスはチラシをぎゅっと抱きしめると、機嫌よく鼻歌を歌いながら軽やかな足取りで大通りを後にしたのだった。
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