第3話 花乙女選び

 街中の建物が色とりどりの花々で飾りつけられ、至るところで花びらが舞い、人々の明るい笑い声が聞こえる。


 今日は、アイリスが待ちに待った花祭りの日だ。


(やっとクリフに会える……! あ、今はクリフじゃなくてイーサンなんだっけ。うん、強そうで素敵な名前!)


 皇族のお目見えは午後になってかららしい。

 それまでどうやって時間をつぶそうかと考えていると、ふと窓ガラスに映った自分の姿が気になった。


(顔はばっちり可愛いけど……問題は服装ね)


 朝起きてからしっかり川で顔を洗ったから、肌はぴかぴかで綺麗だし、大きな瞳は輝く宝石のようだし、長いまつ毛がさらに可愛さを強調している。顔面は皇族にも堂々と見せられるくらい完璧だ。


 けれど、目線を下におろせば、整った顔とはそぐわない質素で地味な格好だった。


 何の模様もない簡素な布地に、いかにも着古した雰囲気あふれるヨレヨレ感。孤児のわりには身綺麗にしているほうだと思うが、好きな人との久しぶりの再会に相応しい服装かといえば、絶対に違う。せっかくなら、もっとお洒落な格好で再会したい。


(できれば髪型も可愛くしたいし……)


 どうしたものかと考えていると、窓の向こうで同年代の女の子が泣いているのが見えた。


「朝起きたらものもらいができてて……。こんな顔じゃ花乙女選びに出られないわ!」

「可哀想に……。でも困ったわね、お店の宣伝になると思ってエントリーしたのに」


 見たところ、二人は親子のようで、娘は瞼にものもらいができてしまったから「花乙女選び」に出られないと泣き、母親は自営業の店の宣伝のために出場を申し込んだのに、出場が無理そうで困っているといった状況のようだ。


 ちなみに、花乙女選びというのは、花祭りの日に行われる催しで、言ってみれば「美少女コンテスト」のようなものである。

 

 二人の様子を見ていたアイリスがにんまりと笑う。


「……ちょうどいいじゃない」



◇◇◇



「えっ、娘の代わりにあなたが花乙女選びに出て宣伝してくれるですって!?」


 アイリスの提案を聞いた母親が驚いて目を見開く。


「はい、私もこのお店が大好きですから、お困りなのを知って力になりたいと思って……。自意識過剰かもしれませんが、私、顔には自信があるのでちゃんと着飾れば優勝を狙えますし、いい宣伝になると思います!」


 にこっと笑って健気可愛い感じをアピールすると、母親は「たしかに……」と呟いて何か考える素振りを見せた。


「──分かったわ、娘のエントリー枠を使って出場してもらえるかしら。衣装は娘用に準備していたのを貸すからそれを着ればいいわ」

「ありがとうございます! ではさっそく準備しましょう!」



◇◇◇



「なんてこと……! これは物凄い宣伝になるわ。お客様倍増間違いなしよ!」


 母親のハンナが両頬に手を当てて感嘆の声を漏らす。

 見つめる先には、丁寧に梳いた黒髪を可愛らしく編み上げ、真っ白で清楚な衣装を可憐に着こなした美少女アイリスの姿があった。


 母親の娘エミリーも、初めは悔しそうな眼差しを向けていたものの、アイリスの準備が仕上がった頃にはもう、ただただ綺麗で可愛いものへの憧れに満ちた表情になっていた。


「アイリス、わたしの代わりに絶対優勝してね!」

「はい、任せてください!」


 エミリーと固く握手を握り交わし、アイリスは花乙女選びの会場へと向かった。



◇◇◇



 花乙女選びの会場は大勢の観客であふれていた。


 毎年人気の催しだが、今年は花乙女に選ばれた優勝者には、皇族に花束を渡す役割が与えられることになったそうで、そのため例年よりも注目度が増していた。


(そんな役割がもらえるなんて知らなかったけど、それならなおさら出場してよかったわ)


 皇太子が花祭りにやって来るとしても、直接会話するのは難しいかもしれないと思っていたが、優勝して花乙女に選ばれれば、その機会を得ることができる。


(絶っっ対に優勝してみせるんだから……!)


 アイリスの心にやる気の炎が燃え上がった。




「え〜、次はエントリー番号5番。ハローズ菓子店からエントリーのアイリスさんです!」


 名前を呼ばれたアイリスが壇上で前に出る。

 そうしてスカートをつまんでお辞儀をすると、観客たちから大きな拍手が沸き起こった。


「かわいい〜!」

「花の妖精みたいね!」


 前に出た出場者にはアピールの時間が与えられるらしく、司会者の男性がアイリスに話題を振る。


「アイリスさんは何歳ですか?」

「10歳です」

「今回の参加者では最年少ですね。好きな言葉は何ですか?」

「『今を生きる』です」

「なるほど、深いですねぇ。では、最後に特技でアピールをお願いします」

「はい」


 アイリスがゆっくりと観客を見渡す。

 その中には菓子店の母親と娘もいて、固唾を飲んで見守ってくれている。


 アイリスはにっこりと笑って、観客に両手をひらひらと振って見せた。


「私の特技は手品です。ほら、何も持っていない手に、こうしてハンカチをかぶせます」


 空の左手をハンカチで覆う。

 そして「さん、に、いち」と数えてハンカチを持ち上げると、何もなかったはずの左手に、大きなクッキーが載っていた。もちろん手品ではなく、アイリスの魔法の力である。


「なんとビックリ! これはハローズ菓子店の人気商品チョコチップクッキーじゃないですか!」


 アイリスは観客たちにもよく見えるようにクッキーを掲げてアピールしたあと、「いただきまーす」と言ってパクリとかぶりついた。


「うん、とっても美味しいです!」


 頬に片手を当てて満足そうに微笑むと、観客席からさまざまに賑わう声が聞こえてきた。


「クッキー美味しそう〜!」

「ぼくもあれ食べたい!」

「アイリスちゃんかわいい〜!」

「店の商品全部買うよ〜!」


 持ち時間の終わったアイリスが嬉しそうに手を振って応える。


「みなさん、ありがとうございます! お買い上げお待ちしてます!」



◇◇◇



 そしていよいよ、結果発表のときがやって来た。

 絶対優勝できる自信はあるが、名前を呼ばれるまではやはり少しは緊張する。


 きゅっと両手を握りしめて発表を待っていると、司会者の人が花冠を抱えてやって来た。


「発表します。今年の花乙女は……エントリー番号5番、ハローズ菓子店のアイリスさんです! おめでとうございます!」


 司会者がアイリスの頭に花乙女の証の花冠を載せると、観客席から大きな祝福の拍手が沸き起こった。

 そして、菓子店のハンナとエミリーの歓喜の叫びも。


「きゃあああ!!」

「アイリス、よくやったわ!」


 二人に笑顔で親指を立てて見せながら、アイリスも心の中で喜びを噛みしめる。


 これで、クリフに会える権利を得られたと。


(……クリフ、もうすぐ会えるから待っててね)

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