夕方のニュース
その日はそのまま病室で夕暮れを迎えた。だいぶ日が短くなって来ていて、少し寂しさすら感じる「冬の夕方の斜陽」が窓の外から差し込んでくる。
明日は精密検査をするそうだ。私はどれくらい前かはココにいたのか定かではないが、周りの人の空気感や、明日精密検査をするという事実からも、そんなに時間は経っていないように思える。
そういえばさっきこの部屋でコインランドリーというワードが強引に揉み消された気がした。無かったかのような扱いを受けながら。とりわけ勘が鋭くない私でも、流石に何かあるという事くらいは想像がつく。そしてそれは恐らく、私の記憶喪失と直接的に関係している何かだ、という事も。
翌日。頭部の精密検査を終えた後、今の自分という現実をしっかり受け止めたいと思った私は、両親と一回しっかり話をしたい、という趣旨を先生に伝えた。
そもそも先ず、あんなに優しい二人に対し自分が「両親と思われる人」という扱いをしていることに、我ながらやるせなさを感じていた。もう一方で、二人が本当に私の両親なんだという事を、認め始めてもいた。二人から向けられる愛のベクトルから得られる安らぎはとても心地よい。それがとても光栄だとも思う反面、正直に言えばとてもネガティブでセンシティブな面も存在する。それは自分自身が「本当に記憶喪失をしている」という事実を100%認めることにもなってしまうから。そしてその事象には、今までに決して感じたことのない「絶望か何か」を感じる。
ちなみに私のカルテは恐らく外科で扱われていて、今の先生も外科医だ。それも含めて話を進めていくうち、ココからはメンタルケアの先生とも協力して、私の病院生活のお手伝いをして行く予定だと聞かされた。そしてそのメンタルケアの先生と私が話す時間を、明日のお昼頃にでも作ろうと思っていたんだ、という話にもなった。結果的に翌日の午後、メンタルケアの先生との初対面の予定を取り決めて、この日は夕食の時間を迎えた。
そういえば割と大ごとだったのか、それとも家族のおかげかなのか、今寝ている病室は個室である。また、私はいわゆるテレビカードを数枚受け取っているのだが、その有効期間分の日数をココで過ごす事はほぼ間違いなさそうだ。
時刻は5時54分。地域ごとにキー局が作成したニュースを流し始める時刻が違うらしく、大体どのチャンネルもこれくらいの時間に「改めましてこんばんは」の様なスタンスの切り替えが行われる。
その時間のトップニュースで流れてきたのは、最悪な表現をすれば「胸糞悪い」強姦事件の続報だった。そのニュースは数日前、とある公共施設において20代の女性が性的暴行を受けた事件があり、犯人は逃走していたが先程逮捕された、というもの。犯人が滞在していたとされるネットカフェの前には沢山の報道陣がいて、各々でスタジオと現場を繋いで中継している様子が、私の見ているニュース番組に映し出されている。
「あ、このネカフェ…行ったことあるかも」
記憶の奥の方から、そのネットカフェの外観から内装までのイメージが頭の中に浮かんできた。他の記憶に関してもこれの繰り返しでフラッシュバックしていくのかもしれない。そんな期待と不安、そして実感があった。
「それにしてもひどいニュース…」
テレビを見て、改めてそう思ったその時。
「ガチャン」
例の鍵が外れる音がした。
ガチャン=記憶喪失のヒントという思考回路が出来上がっている私は「さっきのネットカフェに何かあるかもしれない」と思った。同時に「この事は誰にも言わないでおこう」とも決意した。いや、明確に言えば「決意してしまった」という方が正しいかもしれない。結果、この一件により私は「独りの世界」に陥ってしまうことになる。
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