モノクロ

もにもに

記憶喪失

とある日曜日、私は目を覚ました。視界にあるのは殺風景な白い天井。身体的な事で言えば片耳が少し聞こえづらく、息が吸いづらいとも感じる。呼吸器の不具合が鬱陶しく感じたので、それを解消すべく、私は軽い咳払いを意図的に2回、3回と繰り返した。


「急いで先生を呼んで!」

「分かってる!」

私が横になっている大きなベッドの脇が何か騒々しい。ふとそちらを見ると…。

「冬華、気分はどう?」

少し独特な雰囲気を醸し出す女性がこちらを覗きこんでいる。


「冬華…。私の名前、知ってるんですか?」

そう私が言い放った瞬間、彼女は著しく固まった。そしてその後「先生」とやらが到着するまでの数十秒間、決して目線を合わせる事なく、私の小さな手を静かに握り続けた。


中村冬華。私は自分の名前だけを認識しているという摩訶不思議な状態の様だ。


そしてどうやらここは何処かの病院の一室みたいだ。窓の外では秋の風が少し強く吹いていて、病室の窓ガラスを僅かに揺らしている。ふとベッドの頭上部分にある、冷たく白い鉄格子の所に目をやる。そこには何やら競走馬を模したと思われる人形がぶら下がっていて、とても可愛い。


「競馬…?」

アニメなどの映像作品において、施錠が解かれるシーンで良く聞こえてくる、良い意味で誇張気味の「ガチャン」という様な音が、私の脳内に響いた気がした。


「記憶喪失という事…ですか?」

そんな会話が聞こえた気がした。それって私の事なの??と思った。自覚は無いが言われてみると、自らの記憶の部屋に断片的なモヤがかかっている様な気がしてきた。それでもまだ自認できたのかと言われると、そんなことはない。


先生と呼ばれている男性と独特な雰囲気の女性に加えもう一人、この病室にいる男性が「コインラン…」と、とあるワードを口に出そうとした瞬間、先程の女性が「まぁまぁ!でもね!」と勢いよくそれを遮った。なんとも言えない、何故か少し気まずい空気が漂う。


「コインランドリー?」

耐えきれず私は言った。またその瞬間、脳内で「ガチャン」と施錠が解かれる音が鳴り響く。


これは自らの記憶についての真実を探し求めるべく「コインランドリー」と「競馬」そして頭の中に響く「ガチャン」という謎の音の関係について、それらを探求していく事になる主人公「冬華」を描いた、モノクロなお話である。

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