うんでくれてありがとう
だら子
第1話
「お母さん、わたしが産まれたときの話をして」
誕生日の夜、母のお腹の傷を見ながらなんやかんや甘えるのが定期。
傷。そう、母は帝王切開で私を産んだという。
「麻酔をして、気がついたら速攻オギャー。古傷は痛むというが古くなっても全然痛くないわたしは若い。フハハハハ」
「泣き止まないときは、反町の歌を聴かせた。泣きやむって最初に発見したのはわたしだったかもしれん」
「帝王切開ってさ、内臓の位置変わるんだよねー。だから、便秘なのかも」
言うことは変わるけど、毎年笑ってる。
そして、毎年誕生日ディナーも違う。
母が仕事が大変なときはマックでいろいろ選んだっけ。
サーティワンアイスを大量に選んだ誕生日。
時間をかけて、ローストビーフなんぞ作ってくれて、母は上機嫌で白ワインを開ける誕生日。
喧嘩して、ご飯いらないって言ったけど、から揚げのパッチパチ揚げる音と立ちこめるいい匂いに耐えられなくなり、リビングに顔を出した誕生日。
6歳で父が亡くなって、母はひとりでわたしを育ててくれた。立派はJKになった。もう育ったも同然だ。半分大人だ。
「お母さん、わたしが産まれたときの話をして」
このフレーズは母が本当のことを言えるよう、スムーズな会話ができるようにするためのわたしなりの布石だ。
お母さん、もうわかるよ。半分大人のわたしには。
その右の傷、帝王切開の傷じゃないってこと。
盲腸の傷だってこと。
産んでくれた母のことは知らない。
父の連れ子のわたしは
「本当のお母さんは?」なんて聞かれたくない。だって、本当って何さ。わたしの本当の母は、今ここにいる母なんだから。
毎年怖くなる。いや、突然怖くなるときがある。派手にケンカした時、そして、一緒にアイス食べながら超幸せなときも。
あんたはわたしの子じゃないよって言われること。もう半分大人だから。一人で生きていけるでしょ?って言われたっておかしくない。
母はシャンパンを飲みながら上機嫌だ。いいやつを買ってきたらしい。突然、わたしを見つめ、シャンパングラスをくいっと上げた。
「産んでくれてありがとう」
わたしは笑った。
「産まれてきてくれてありがとうの間違いじゃん!?」
ついにくるかな。ついにくる。
ドキドキが止まらない。シャンパン飲んでないのに、顔も赤くなってると思うし、心もしゅわしゅわし始めた。
洗いものがたくさんあるキッチンに目を向けた。現実を見たのか、母。そしてゆっくりわたしの顔を見る。
「産んでくれてありがとうだよ。あんたを抱っこしたら、本当のわたしが産まれたんだよ。育てるまでわたしはわたしではなかったんだ。本当に人生腐ってたし、人生舐めてた黒歴史があったんだよね。
‥‥‥‥まあ、高校生には難しいけどな」
だから
「産んでくれてありがとう」
母は私を抱きしめた。手にグラスを持ちながら。
すでに息は酒臭い。
17歳の誕生日はシャンパン色の満月だった。
わたしの涙が母のグラスに一滴落ちた。
うんでくれてありがとう だら子 @darako
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