かぐや姫の相席茶屋デビュー
私達が相席茶屋へと到着すると、すぐに店の者が現れて案内をしてくれた。
「二名様ですね。今ですと男女3人ずつの席を組んでスタート出来ますが如何しますか?」
どうやら私達以外にも案内待ちの客が居たようで、双方から了承が得られればすぐに相席が始められるそうだ。
私はそれに了承し、すぐに相席の場が整えられた。
「こんにちは。私、ユリネって言います。今日はよろしくお願いします♪」
「私、かぐやと申します。本日が相席茶屋初体験でして、作法も分からず不慣れな事も多いとは思いますが、何卒よろしくお願い致します」
「……桜子です」
少し挨拶が硬すぎるかもと思ったが、私はこういうフランクな場での会話に慣れていないため、見栄を張らずに普段通りの態度で始めることにした。今日がデビュー初日なのだ、少しずつ場の雰囲気に慣れていけば良いだろう。
桜子は……まぁ、私がしっかりフォローしつつ少しずつ慣れていってもらおう。
女性陣の挨拶が終わり男性陣の挨拶も済むと、早速男性の1人が私に話しかけて来た。
「あの、もしかして……かぐや姫様ですか?」
「ええ、実際に姫という事は無いですが、巷ではかぐや姫と呼ばれておりますね」
まぁ、実際には月の国の姫なのだが、そこは言う必要は無いだろう。
「やっぱり! けど、何でかぐや様がこんな所に? かぐや様なら引く手あまたですよね」
「私にも色々と思う事がありまして、出会いの場は広く持とうと発起した次第で」
そんなこんなで最初は噂のかぐや姫が現れた事に興奮して、男性陣から色々と声を掛けられた。
私はそれをチャンスとばかりに、自己アピールをしつつ相手の人となりを見極めて行こうと思ったのだが……そこでいつもの悪い癖が出た。
「実は俺、筋トレが趣味でさ。腹筋もバキバキなんだぜ。ちょっと見てみる?」
「う~ん。貴方の場合、筋肉が付いているというより単純に痩せているだけですね。腹筋というのは誰でも割れていますので、皮下脂肪が少なければそうなります」
「えっ」
「それにその筋肉の付き方から見るに、恐らく軽い自重トレーニングぐらいしかやっていないのではないでしょうか? 見栄えの良い筋肉を作るには、やはり体を固定して的確に目的の筋肉を鍛えられるマシントレーニングの方が効率が良いですよ」
「は、はい」
*
「僕、絵師になるのが夢なんだ。もし良かったら似顔絵を描かせて下さい」
そう言ってその方は持参した紙と絵筆を取り出し、私の事をさらさらと描いてくれた。
そして出来上がった絵を見た私は……。
「もしかして、絵は我流でしょうか?」
「え? あ、はい。僕は僕の絵を極めていこうと考えていて。だから人に教わる事なく、自分の感性を鍛えながら練習しています」
「自分の画風を突き詰めるのは素晴らしい事だと思います。ですが、今まず基礎固めから始めた方が良いかもしれませんね」
「えっと、それはどういう……」
「まず筆の使い方がなっていません。そのせいで力の強弱が出来ておらず、線に味が出ていないのです。それに所々体や顔のパーツのバランスが崩れています」
そう言って私はその方から画材を借り、別の紙にさらさらと指摘ポイントを修正した絵を描いた。
尚、自分よがりで全く違う画風の絵を描いても参考にならない為、しっかりと相手の画風を真似て描いた上で修正を施した絵にしてある。
*
「俺、実は4年間無職で」
「働いて下さい」
「はい……」
こうして私は様々な失敗を繰り返し、遂には私に話しかける者は居なくなった。
そして時間が過ぎ、相席茶屋からの帰り道に桜子がぽつりと呟く。
「……あの、かぐや様」
「分かってる。分かってるわ。でも私も別に嫌味や悪意を持って言っていたのではないの! 本当に相手の事を思って言っていたのよ!」
「それは分かっています。ですが……あれは無いです。……終始ろくに話せなかった私が言える事ではありませんが」
お互い自身の不甲斐なさに気落ちしつつ、こうして私たちのデビュー戦は苦い思い出となった。だが、このデビュー戦が、私の人生を大きく揺るがす出会いと出来事へとつながるとは……その時の私は、まだ知る由もなかった。
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