¥2 STYLISHな男はVenereと出会う

 目の前の透き通るそれはまるでお湯では無いのか?

 思わずそう問いただしたくなるほどに透き通るSOUPが私に微笑みかける。

 表面に浮く脂は極僅か。

 チャーシューから滲み出た脂だけが浮いているような錯覚を覚えます。

 現在の主流があらゆる食材をふんだんに入れた『足し算のSOUP』なら、これはそれらを無駄と断じた『引き算のSOUP』と言えるでしょうか。

 出汁となる食材を厳選し絞り込むことで、一点突破の鋭利な刃物へと代える……

 なるほど、恐ろしい。


 ですが、知っていますか?


 研ぎ澄まされた刃は切れ味鋭くとも、薄くなり刃こぼれしやすくなります。

 鉛筆も削れば細く美しいラインは描けますが、削りすぎれば折れやすくなる。


 果たして、この日本一の透明度を誇る摩周湖にも似たSOUPに、湖の底の眠れる細麺フロイラインはどう応えるのか……


 しかし、そんな事は全て私の杞憂でした。

 いや、あるいはこの杞憂こそ、私が端から待ち望んでいた『度肝を抜かれる』瞬間というヤツだったのでしょう。

 レンゲで一すくいし、口へと運べばすぐにわかりました……

 いや、『思い知らされた』……ですね。

 私の鼻孔はHeavy級BOXERの放った右STRAIGHTをまともに食らったかのような衝撃に襲われたのです。

 昆布、おそらくは函館産真昆布を一煮立ちでは止めず、あえて長めに火を入れることで強めの風味を出している。

 だが、それだけじゃ語り尽くせぬこの香りの境地はいったい何だというのです!?

 魚介ベースでここまで力あるSOUPを生み出すとは!

 鰹節か? 否! 鰹節にあらず!!

 止まりません、まるで止まらないじゃあないですか!

 そ、そうか、鮭節だ……

 しかもただの削り節では無い!

 鮭節を炙り、香ばしさをより一層引き立てた旨味!

 それだけではない。

 このSALTSOUPに使われているSALT。

 何だ、何かが隠れている……

 くっ……どこでしょうか、どこかで私はこの味と出会って――

 そうか、そうなんですね!!

 く、EXCELLENT!!

 GRANDMASTERてんしゅよ、その無骨な見た目に似合わぬ、何という繊細なマネをしてくれるのでしょうか。

 そう、あえてSOUPにではなく、SALT自体にもASARI CLAMの出汁を混ぜ煎っているじゃありませんか!

 なるほど直接SOUPに混ぜないことでCLAM独特のえぐ味を押さえているが、決して旨味は逃さない。


 EXCELLENT!!


 は、はは……

 なんと言うことでしょうか、まさか最高峰の和食にも使われているような隠された技術を、一杯920円のラーメンに惜しみも無く使ってくるとは!!

 一見すればお湯と見間違いかねないこのSOUP。

 しかし、妥協の無い職人技が惜しみなく注がれているからこそ、この芳醇にして奥深い香りを生み出すのですね!!

 そして、嗚呼!

 なんと言うことでしょう!!

 芳醇なる海の恵みに抱かれた眠れる細麺フロイラインは、まさにWilliam ウィリアム・Adolphe アドルフ・Bouguereauブグローが描いた『 La Nascita di Venereヴィーナスの誕生 』を彷彿とさせる勘当を私に与えるじゃありませんか!

 

「ああ、この一杯……まさに、ラーメン界におけるRenaissance原・点・回・帰!!」


 おっと、行けません……

 私としたことが、思わず熱くなり危うく大声を出すところでした。

 ええ、すんでのところで言葉を飲み込みましたとも。

 その証拠にほらご覧になってください。

 辺りの気配は皆一様に一杯のラーメンをすすり上げることに集中しています。

 いや、あるいは……

 もし、私如きが真実絶叫していたとて、この奇跡の一杯の前には誰の耳に届くことも無く霞んでいたことでしょう。

 そう、それ程までにこのラーメンは異次元の旨さを内包しているのです。

 しかし、これでわかりました。


 ここは――

 こここそが―― 


 私の戦場となる価値ある空間だと!


 よろしい、では戦闘開始です。

 私は沸き立つ情熱を噛み殺すと、一滴の汁さえも残さず飲み干した丼をカウンターに置いた。

 と、同時に発動する、


 TRACE!!


 丼とカウンターが接触しゴトリと鳴った小さな音はSonarとなって空間を殴打する。


 客数31――

 ラーメンに集中する者24――

 メニューを見る者4(カップル2組)――

 トイレに向かう者1――

 ラーメンを待ち雑誌を読みふける者2(内1名は雑誌を2冊持ってきているあたり、1冊当たり2話程度しか読まないと思われる)――

 店員3(内一人は忙しそうに見せて働いてはいない)

 

 ふふ、驚かせてしまったようですね…… 

 これは私の能力の一つ『MIRACLE EARすげー耳』です。

 このつまらない現代社会。

 異能や魔法など存在せぬこの当たり前の世界で、私のそれ・・はある種の異能や魔法とさえ呼べる領域にまで昇華しているのです。

 そう、私の『MIRACLE EARすげー耳』の前では、いえ、後ろもですが、スマホを弾く指の動きさえ逃れることは出来ません。

 それは例え蟻の歩みであったとて……

 おっと、失礼しました。

 思わず自分語りが長くなる私の悪い癖がまた出てしまいました。

 ええ、それでは今度こそ――


 OPERATIONを開始するとしましょう。

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