夢の招待状

 次の日は珍しく寝坊した。

 昨日のことが夢じゃなかったという事実が、目覚めと同時に襲ってきた。母が部屋にいなかったので庭に出てみると、もう太陽が真上にある。


 外を見ると、庭の奥で母が座り込んでいる。よく目を凝らすと、何かを触っている様子だった。というより、何かを撫でていたのだ。何か、よく知っている獣を。


 ……それは暗黒の毛を纏い、心の奥底をも覗けそうな青の瞳。チャーミングな(略)。

 要するにサファイアだ! 母が何故か、庭でサファイアを撫でていたのだ!



「母さん! えっと……」

「あら、ミリ。おはよう。この子、ずっとここにいるんだけど何か知ってる?」

「知ってる……! よく知ってるよ!」


 私がサファイアに飛びかかる前に、サファイアがすぐにすり寄ってくれた。私は思わず抱き上げ、勢いよく撫で回した。やはりその感触や温もりは、世界中の誰よりも優しかった。私の味方でいてくれた。


「なんでここがわかったの?」

「にゃ?」


 サファイアは不思議そうに、その綺麗な瞳で私を覗き込んだ。



 その後、母からサファイアを飼うことを許可してもらうことができた。曰く、猫一匹を飼う余裕くらいはあるらしい。それにしても、よく私の家まで来ることができたな。サファイアは。


 こうして、サファイアが家族として迎えられた。


 そして私は毎日サファイアをナデナデすることが日課になったのである。例えば朝。絶好の目覚めと共に、添い寝してくれていたサファイアを「おはよう」と撫でる。


 そして、正午の気持ち良い風と共に撫でる。たて続けに撫でる。母も同じようにサファイアを撫でて……ん? 母も撫でている?

 ……そう。サファイアは誰とでもにゃんにゃんする猫だったのだ! これはショック!


 というのはジョークである。家族なんだから、仲良くできて嬉しい限りだ。だから嫉妬はしていない。絶対に嫉妬していないから。



 そして、サファイアのおかげで証明された私の実力を、とうとう発揮する時が迫っていた。

 ジジイがなんらかの手紙を魔法学園に送ってくれたらしく、面接の予定日が決まったのだ。それが今日である。

 私は母には秘密で、魔法学園の大きな正門の前に来ていた。行き帰りの馬車も、ジジイが手配してくれている。初めての馬車に少し酔ってしまい、なんだかぼーっとするものの、気持ちは高揚している。


 校舎を近くで見るのは初めてだが、やはり城にしか見えなかった。周りを囲む背の高い石壁に、木々のようにそびえ立つ無数の塔。そして、中央にある建物は、何階建てなのか検討もつかないほどに大きかった。


 門を潜ろうとすると、横にいた男に止められた。


「そこの君、招待状か学生証はあるかい?」


 私は招待状を、震える手で男に渡した。


「ほう、お嬢さん。すまないが本人じゃないと入れないんだ。この推薦の紙は保護者に返しなさい」

「は? 私が推薦を受けるんだが? ほら、『ミリ』って書いてあるでしょ」

「本当に? これは君のお母さんとか親戚の名前じゃなくて?」

「私がミリなの! いいから通してよ」


 私は招待状を奪い、強引に中に入ろうとする。しかし、すぐさま男に腕を掴まれた。なんだコイツ、ロリコンか? ロリコンなのか?


「いたずらはいかんよ。さぁ、帰りなさい!」

「いたずらじゃない! 面接! ちゃんと招待状もあるでしょう」

「だから……!」


 私が必死に抵抗していると、奥から女性の声が聞こえた。芯のある、よく通る声だった。


「何をしているのです?」


 その問いに男が答えた。


「あっ、校長先生! この子が招待状があるから入ると言い張るのですが……ここは関係者以外立ち入り禁止ですから」

「この子が関係者じゃないと決めつけたのですか? 招待状を見せてください」


 校長と呼ばれた彼女は、門番と違って話が通じそうな人物だ。私は暴れるのをやめて、招待状を渡した。

 校長はそれを受け取ると、優しい声で言った。


「なるほど、古本屋の店主が言っていたのはこの子のことだったのですね。門番さん、この子を通してあげなさい」

「なっ……本当にこの子が? し、失礼しました! 君も、ごめんね……」


 私に向かって頭を下げる門番に、「どうだ、見たか」と言わんばかりのドヤ顔をして差し上げた。これに懲りたら子供を見くびるのをやめ給え。


「ミリさん、ここからは私が案内しますね」

「うん、お願い」


 そして、校長の後について行った。彼女は背の高い、綺麗な人だった。斜め下から見上げる横顔はとても美しい。私も、いつかはこんな大人になれるのだろうか。


 そんなことを考えながら、私は校長の後について行った。

 魔法学園の丁寧に敷き詰められた石畳の上を、少し緊張しながら歩く。この新鮮な景色にも、入学すればそのうち慣れるのだろうか。



「校長先生……ここでテストを?」

「どうして?」

「だって……」


 私が案内された場所は、書類や本がびっしりと並んでいる校長室だった。それも、大事そうなものばかり。これだけ大きな学校なのだから、面接室くらいはあるだろうと考えていた。

 そんな私の心境を察したかのように、校長から返事が返ってきた。


「あなたは合格ですよ、ミリ」

「えっ? テストは? 面接とかないの?」

「あら、魔眼を知らないのですか」


 魔眼か、そういえば本に書いてあった。ごく一部の人間にだけ授けられる才能であるとされているものだ。その真っ赤な瞳を通せば、生物のみならず、植物などのあらゆる物がもつ魔力を観ることができるという。

 つまり、校長は私の実力を、その魔眼を使って見抜いたのだ。


「じゃあ私は本当に……合格ってこと? 本当の本当に?」

「はい、そうですよ。おめでとうございます」


 そして、彼女は分厚い紙を取り出した。その紙には規約の文字が描かれていて、下部には名前を記入する欄がある。羽ペンを手渡され、そこにサインするよう指示された。

 初めて触るペンは、非常に握り心地が良かった。入学すれば、木の枝を使ってメモ取らなくて済むのか……などと考えながら、私は名前を丁寧に書いた。


「これで手続きは完了ですね。では後日、案内を送りますので、その日までに準備していて下さい。入学すれば、寮生活が始まりますので」

「そっか、そうだよな……あの、質問いい?」

「どうぞ」

「寮には、猫も一緒に入れる?」

「もちろんですよ」


 良かった、サファイアも連れて行っていいんだ。もし駄目だと言われたら普通にスネを蹴っていたかもしれない。これで安心して寮に行けるな。

 要件は済んだみたいだしそろそろ帰ろう。そう思い部屋の扉に手をかけた時、校長が思い出したかのように言った。


「そうだ、ミリさん。ちょっとした占いなんですけどね。旅立ちの瞬間は後悔の無いようにしたほうがいいですよ」

「……? う、うん」


 その言葉の意味は理解できないまま、数時間後には忘れてしまっていた。

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