可惜夜に輝く愛を、君へ

言ノ葉紡

世界の終わりに恋を知る

第1話 終幕を告げるその前に

 昔から、知りたいと思っていた。

「ねぇ、なんで……?嫌いって言ったじゃん……っ!」

 むせ返るような煙と業火の海に包まれて、泣き喚く自分の声がみっともない。灼熱に焼かれた喉も悲鳴を上げている。それでも、どうしても涙を止められなかった。

 ぼたぼたと流れ落ちる雫を受け止めるその人の体温が失われることが怖い。

 普段の美しさを失って虚ろに彷徨う瞳がただの硝子玉に成り果てる瞬間を見たくない。

 ――ああ、そうか。自分は、こんなにも。

「庇わないでよ!助けないで!そんなことされたら、わ、わた……し」

「――やっと、やっと、自覚を……」

 万感の思いを込めて、吐息で笑う。そんな姿すら胸を突くのだと、今更ながらに知った。

 そう。本当に、何もかも。

 あれだけ待ち望んだものを、私は命の終わりに知る。

「そうだよ!好きだよ!これでいい!?」

 半ば八つ当たりで怒鳴る私に、彼は血の気の引いた唇を動かした。

「……は、嫌い、……っ」

「そんなの、知ってるよ」

 ぐしゃりと歪む視界。

 それは彼の口癖だ。嫌い、嫌いと吐かれる言葉のナイフを何度向けられたことだろう。両手の数を超えたあたりで数えるのは諦めた。何度も繰り返されるそれが鋭利な切先に反してとても優しい響きをしていると気づくほど、耳にしてきた。

 それだけ長い時間を、共に過ごしてきたのだ。

 だからわかる。今彼は、心配している。自分が先に退場しても役を果たせるかと憂いている。

 嘘つきのくせに、最期の最後まで人のことばかりだ。

「だいじょぶ……大丈夫、だから」

 煤だらけの頬を手の甲で撫でてから、邪魔そうな前髪を払う。くすぐったそうに双眸を眇めた姿が愛おしい。

 ああそうだ。そうなのだ。今まさに身を包む感情を、衝動を、人は恋と呼ぶのだ。

「先に逝った、三人と待ってて」

 微かな声が、焔に巻かれて消えていく。

 引き攣る顔の筋肉を懸命に動かして歪な笑みを作った私に、彼は何を言うでもなくふるりと長いまつ毛を震わして目を閉じた。

 ずしりと抱えた体の重みが増す。爆ぜる火の帷の奥で走った怒号が、彼が紡ぐ最後の声を上書きしていく。

 煩わしかった。耳を汚さないで欲しかった。これ以上、土足で人の心を踏み荒らさないでほしかった。

 その一心で見上げた先、ゆらりと大きく揺らめいて帷が割れた。

「――シャルディナ!」

 終わりの喇叭を吹く、天使が来た。

「はい。なあに、お姉様」

 溢れる涙を拭って、彼の死体をぞんざいに炎に投げ捨てて、立ち上がる。

 笑え。笑え。悪辣に。傲慢に。無慈悲に笑え。

 地獄で待つ彼らに恥じないだけの、悪の花を咲かせろ。

「あなたの妹は、ここよ?」

 これは私のわがままで始まった物語。押し付けられた宿命だったけれど、確かに自分で選んで、望んで歩いてきた道の最果て。

 だから誰も恨まない。憎まない。張り裂けんばかりに痛む胸の責を誰かに問おうとは思わない。

 だって、それすら私のものだ。

「殺し合いを、始めましょう?」

 ああ、それでも。そう。もしも再び彼に出会えたなら。

「(もう一度、嫌いと言って)」

 それ以上を、望まないから。

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