「ただいま」の声が……

七倉イルカ

第1話 玄関からの声……


 「玄関から、『ただいま』って声が聞こえたんだ。

 あれは、子供の声だったよ。

 聞いたことのない、子供の声だったんだ」

 同僚の沢田がそう言い、奇妙な話を続けた。


 「オレさ、先週、引っ越したんだ。

 二階建てアパートの二階。間取りは1DKだよ。

 玄関を開けたら、ダイニングキッチンになっていて、一番奥にリビング兼寝室の部屋があるんだ。

 広くは無いけど、一人暮らしには十分かな。

 で、昨日だよ。昨日の休みの日。

 奥の部屋で、のんびりテレビを見てたんだ。

 そしたら、昼過ぎごろに、玄関の方から『ただいま』って声が聞こえたんだよ。

 そう。さっき言った、子供の声。

 聞いた感じは、小学校低学年ってところかな。ちょっと幼い感じのする男の子の声だよ。

 いや、外じゃない。声は中から聞こえたんだ。家の中。

 閉めていた引き戸の向こう。誰もいないはずのリビングから、「ただいま」って声が聞こえてきたんだよ。


 テレビを消して、立ち上がったよ。

 一瞬、部屋を間違えた子供が入ってきたのかって思ったんだよ。

 で、引き戸を開けて、リビングをのぞいたんだ。

 誰もいなかったよ。

 そうなんだよ。よく考えれば、玄関のドアには鍵をかけていたし、部屋の中に、入ってこれる訳がないんだよな。

 で、確認のため、玄関のドアを開けて、外廊下も見てみたんだ。

 左右を見たけど、誰もいなかったよ。

 気のせいだと思って、玄関のドアを閉じ、改めて鍵をかけたとき、後ろから声が聞こえたんだ。

 オレがテレビを見ていた奥の部屋からだよ。

 子供の声じゃない。今度は女性の声が聞こえたんだ。

 『おかえりなさい』ってな。


 いや、本当だって。本当。

 え? もちろん部屋に戻ったよ。けど、やっぱり誰もいなかったんだ。

 それでどうしたのかって?

 別にどうもしなかったよ。『ただいま』と『おかえり』、どっちの声も、あんまり怖い感じはしなかったしなあ。

 でも、まだ続きがあるんだよ。

 今日の朝の話。

 家を出て、玄関のドアを閉める前に、昨日の『ただいま』と『おかえり』のことを思い出したんだ。

 で、試しにさ、『いってきます』って言ってみたんだよ。

 そうだよ。誰もいない、部屋に向かって『いってきます』って声を掛けてみたんだ。


 返事は無かったよ。

 だけど、ちょっとムキになっちゃってさ、続けて言ったんだ。

 『いってきます』

 『いってきます』

 『いってきます』って。

 言ってみるもんだよな。

 三回続けて言ったら、奥の洋間から『いってらっしゃい』って小さく声が返ってきたよ。

 子供じゃない。女性の方の声だよ。

 なんて言うか、『いってらっしゃい』の声の方が、怖がっていたみたいだよ。ははは……。

 え? そのまま鍵を閉めて、アパートを出たよ。

 部屋まで戻って確かめてたら、電車に乗り遅れちまうだろ。

 ……事故物件?

 自殺とか殺人事件があった部屋ってことか?

 そう言うのって、入居者にあらかじめ告知する義務があるんじゃなかったっけ?

 いや、そんな話は不動産屋から聞かなかったしなあ。

 とまあ、昨日と今朝、そんな不思議なことがあったって話だよ」


 話を聞き終えたオレは、呆気にとられた顔で沢田を見た。

 オレにしてみれば、引っ越ししたアパートで、そんな薄気味悪い体験をして、平然としている沢田の神経の方が不思議であった。

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2024年11月30日 18:10
2024年12月1日 18:10
2024年12月2日 18:10

「ただいま」の声が…… 七倉イルカ @nuts05

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