⑨【気難しい男】 【初心者マーク】
【気難しい男】
望み通りの静寂を手に入れた男は、背中の凝りを撫でていく生暖かい感覚に瞼を閉じる。最近は机に向かうばかりで身体を動かす機会も少なく、無自覚のうちにかなり凝り固まっていたようだ。
混沌とした環境は好まない。が、このような機会でもなければ自分の身体に溜まった疲労を自覚することはなかったかもしれない。そう思えば、あのアシスタントのふざけたスタンプも少しくらいは許してやってもいいかと心も傾いていく。
こうなれば、とことん心身を癒すのみ。認識した自らの凝りをほぐすために男はマッサージの力を二段階強めた。無機質な温もりも案外心地の良いものだ。
「答えは出たか」
一つ、予想外のことと言えば隣で見知らぬ少女が難しい顔をして黙っていることだろう。男が形ばかりの桃源郷に腰を下ろして数分後、やけに息苦しそうな呼吸をして隣のマッサージチェアに駆け込んできた彼女のことだ。
この乱雑とした空間が永遠に続くことを望む少女に対して男が出した問いに彼女はまだ答えられていない。
なぜ、自分がいじめられているのか。
答えなど出ることははじめから期待していなかったが、思った以上に真剣に質問に向き合う彼女の姿勢は男の期待を良い意味で裏切っていた。
見たところマッサージが苦手なようで、彼女が選んだのは最もマッサージ効果の弱いモードだった。椅子に完全にもたれることはなく、前のめりになった体勢で彼女は俯き続けている。
顔色は少しばかり良くなったようだ。男は彼女に向けていた視線を正面の吹雪に戻して微かに息を吐く。
「君はこの場に閉じ籠りたいと言っていた。興味深い見解だが現実的には難しいだろう。周りを見てごらん。知らない人間がたくさんいる。老いも若きも性別も属性も肩書も関係なく、多くのヒトがそこかしこを歩き回っている。今はまだ、そうだな、この場所で誰も一夜を明かしていない状態だ。だからまだ皆、正気を保っている。外聞というものを気にするだけの余裕を持ち合わせている。しかしここから一向に状況が変わらないまま夜を明かしたとしよう。一日くらいならまだ皆の化けの皮は剥がれないかもしれない。そしてまた一日、三日、一週間、一か月……長い時間をこの空間で強制的に共に過ごしていくことになる。充分だった食料も水もなくなっていき、同時に精神も擦り減っていく。徐々にそれぞれが正気を失うだろう。性質の悪いことに、それも無意識のうちにだ。本人たちは狂ってしまったことを自認できない。いずれ争いが起き、奪い合い、殴り合い、最悪は相手を殺してしまうかもしれない。それを悪だともはや認識できないからな。そんなこんなでヒトがヒト同士で狂い合っている間に、本物の化け物たちが隙をついて襲ってくる。必死に逃げて、時が解決するのを待っていたはずなのに。愚かにも外の状況は悪化していたんだ。そうやって、ゾンビたちは仲間を増やすために虎視眈々とヒトを追い詰めていく」
「──ちょっと待って。ゾンビ?」
「ああ。ゾンビ映画、見たことはないか?」
「あります……けど、それって現実じゃないじゃん」
吐き出した細い息とともに語られた男の意見に少女が唇を尖らせた。現実的な未来を教えてくれるのかと思いきや裏切られ、文句の一つでも言いたいらしい。
「君ぐらいの齢だと、これくらいの方が最後まで話を聞いてくれるかと」
「そんなんじゃなくていい。ちゃんと話くらい聞くもん」
「これは失敬」
はじめ、青い顔をしてまさにゾンビのような風貌でこちらを見上げてきた時とは違い、今の彼女は血色を取り戻し、そればかりか威勢よく反論ができるまでになっていた。
男はそれを不快とは思わず、ころころと変わりゆく彼女の伸びやかな感情に興味を寄せる。
「それで答えは出たのか」
「私がいじめられている理由──ですか」
男がこくりと頷くと、少女は大きなため息を吐いて肩を落とす。
「わからない。わからないから余計に怖い。いじめが始まったのは突然だった。何が起きたのかあなんてもしかしたら今でもわかってない。いじめられてるんだってことを自覚した時、この吹雪みたいに目の前が真っ白になったことだけは覚えてる。こわくて、悲しくて、寂しくて……嵐の中に取り残されてしまった気分。皆はとっくに避難したのに私だけが忘れられてそこに閉じ込められてしまったみたい」
「それは難儀なことだな」
「だから、皆が一緒にこの場所に閉じ込められている今は、なんだか自分も社会の一員として認められたような気がして……少しだけ、嬉しかったりもするの」
少女の声が小さくなっていく。本音を口にすることをまだ若干恥じているような口ぶりだ。
「ある場所に囲われていれば、見ようによっては災難から逃れられる。例えその場所そのものが災難だとしても。新たな苦しみには襲われない」
「……うん」
「私も君の言いたいことが分からないわけでもない。言わずもがな。私も、今日はもう大人しくしていようと観念してこの椅子を選んだ。難を避けるために」
「……おじさんも?」
少女の無垢な瞳が男の横顔を映す。
「今日はすでにアシスタントがミスをした上に飛行機は欠航。これ以上の難は御免だろう」
「アシスタントさんのこと、怒ってる? 嫌いになっちゃったりするの?」
「いいや。多少は腹の虫が騒ぐ瞬間もあるが、人間なのだからしょうがない。ミスをしないなど人間らしくもない」
「でも本当はラウンジで休んでいたかった?」
「ああ」
「だけどミスがないと人間らしくないの?」
「そうだ。ミスがないと、それはそれで予定調和ばかりでつまらない。そんな未来に心を躍らせるなどいずれ飽きてしまう」
「おじさん、欲張り」
くすくすと、少女の笑い声が聞こえた気がした。男が彼女を一瞥すれば、すでに彼女の表情からは笑みが消え、真剣なものへと移り変わっていた。
「私が皆に嫌われたのは私が鈍くさくて、愚図だからだって思ってた。皆みたいにお話も面白くないし、可愛くもない。まじめすぎてつまらないって先生にも言われたことがある。だから──私自身が嫌われちゃったから、皆は私が鬱陶しくて、いじめるのかなって」
「なるほど。ちゃんと自分のことを考察できているじゃないか」
「──褒めてくれてるの?」
「もちろん」
男が深い瞳で少女を捉えると彼女は唇を内側に丸めこんで目を丸めた。どうやら褒められることに慣れていないらしい。その内容の是非などどうでもよく、褒められたという事柄自体に感激している印象を受ける。
「考察は見事だが、それが正しいとは限らない」
「そういうもの? よくわからない。それじゃ、私がいじめられる原因ってなに?」
「そう思い込みたいのなら好きにすればいい。だが何もかもに理由などないということも答えの選択肢の一つにしておけばいい。君は最初に答えた、わからない、と。明確に何かのきっかけがあったり、因縁がない限り、必ずしも答えはなくてもいい。だから君の答えは、最初から間違っていなかったんだよ」
男の見解に少女はまた難しい顔をして眉根を寄せた。まるで外国語を聞いているかのような訝し気な表情だ。しかし、その意味を理解しようと努力していることは彼女の瞳を見れば分かる。
「そもそもそんな簡単に、ヒトを嫌いにはなれないだろう。勘違いする者もいるが嫌いと苦手は異なるもの。嫌うという感情も意外と体力のいるものだ。きっと君をいじめている大半も、多くは何も考えていない。憐れなことだが、意思もなく、無感情と言えるだろう」
「──おじさんは嫌いな人はいないの?」
「特段思いつかない。が、家は嫌いだな。だから私も、帰りたくないという君の気持ちが理解できないこともない。私も家に帰りたくない」
「どうして? おじさんの家はどこ?」
「そこに今から向かおうとしていた。こっちは別荘みたいなものだ。しかし今となっては別邸であるこちらの方が気に入っている。自然の中に佇む小さな家。私の理想にぴったりの空間だ」
「じゃあなんで帰るの? おじさんお金持ちでしょ。自由に暮らしていけそうなのに」
「学会がある」
「学会?」
「仕事だ、と君が言い当てただろう」
「休めないの?」
「学会に参加し、既に知っているかもしれない知識をこれでもかと拷問のように頭に叩き込むのが唯一の趣味なものでね」
「おじさんいじわるだね」
「君がそう思うなら、特に否定はしない」
男が抑揚のない声を発したところで少女のマッサージチェアの動きが止まる。しかし少女はまだ立ち上がる気にならないようだ。名残惜しそうにマッサージチェアを見つめる彼女に対し、男はまたコインケースを開く。
「ヒトが作ったものの進化は早い」
少女のマッサージチェアにお金を投入し、男は僅かに口角を持ち上げた。少女は男の話に興味を持ったらしく、彼の言葉に耳を傾ける。
「このマッサージチェアも、随分と進化してヒトの要望を叶えてくれた。君が持っているスマートフォンだってそうだ。あの飛行機も、ゲーム機も」
男が近くに見える物を次々に指差すので少女はそのすべてに逐一視線を投げた。
「だが反対に、そうでないものはいつまで経っても進歩がない。仕組みを解明することからすべてを始めなければいけないからだ。当然、時間は幾分にもかかる。ゼロから物を創り出すのも困難だが、もとからあるものを分解するのも途方もない作業だ。ヒトの心だってその一つ。生まれた時から、いや、人類という生物が出来上がるずっと前から、魂は最も不明瞭な存在だ。一体何が、魂を作ってくれたのだと」
男は目の前の少女を指差しギラリと瞳を光らせた。見知らぬ少女と気だるげに会話をしていた彼とは打って変わり、未知なる冒険に繰り出た探検者の如く野心に満ちた眼差しだった。
その微かな笑みは、この世のすべてを余すことなく知り尽くしたいという欲求がまざまざと表れている。少女がごくりと息をのんだ。
「人間が神になれることがあるとすれば、人間がすべて滅び、機器生命体文化が完成した時だと述べる者もいる。私もこの意見には賛同する。だからこそ、君も自分を傷つける必要はない。君をいじめるその相手も決して神なんかではない。互いに不完全な生物同士。思い悩む必要もない。もっと気楽に生きていい。命までも奪われるな」
男は少女に向けていた指を下ろして自分のマッサージチェアにもお金を追加投入する。
「君の望む日常を思い描けばいい。他者の干渉ばかりを受けてはいけない。君は自分の理想をデザインすべきだ。そして結果どうなったか、答え合わせは棺桶の中ですればいい。それは何十年も先で、きっと結果などどうでもよくなっている頃だとは思うが」
最後に少女をちらりと見やった彼の表情は心なしか穏やかに見えた。眉間に刻まれていた皺も今だけは影もない。
男がマッサージチェアに頭を沈めると、彼の表情が見えなくなった少女は身を乗り出して彼に訊ねる。
「あの──おじさん、私、もう少しここにいてもいいですか」
少女の健気な要求に、男は黙ってコインケースから数枚の小銭を取り出し彼女に渡した。
*
【初心者マーク】
とん、とん、と肩を叩かれ、神田林はハッと息を吸い込んだ。
ちょうど金髪の彼女の背中を見送ったすぐ後のことで、神田林の心拍は急上昇する。やはり若い女性をじろじろ見るのは怪しかったか。きっと誰かが不審な者がいると通報したに違いない。
「あ、あの、な、なんでしょう、か……?」
どもってしまっては余計に怪しい。しかし濃紺の制服をぴしっと着こなした凛々しい姿を前にしてはどうにもばつが悪い。
神田林が声を裏返させて返事をすると、彼を呼び止めた警備の女は笑みを湛えたまま微かに首を傾げる。
「あー、えっと。どこかに行くのに迷われているのかと思いまして」
彼女は被っていた帽子を外して爽やかに言う。彼女の軽やかな語調に神田林はアッと口を開いた。異様な反応をしたのはこちらだけで、相手は特に自分のことを不審者と思ったわけではないようだ。むしろ彼女は神田林を怯えさせてしまったかもしれないと言わんばかりに申し訳なさそうに表情だけで謝意を示す。
「あっ、いえいえ。特に迷っているわけではないのですが……まぁ、慣れないところではあるので、戸惑ってはいます」
「まぁ、そうなんですか。ふふ、空港内は広くって目が回っちゃいますよね」
「ええ本当に。ここで働く皆さんには頭が下がります」
「あら、それは恐縮です」
神田林が気まずそうに頭を掻くと、警備の彼女は嬉しそうにくすくすと笑う。
「ご旅行ですか。すみませんねぇ、ご迷惑をおかけして」
「いえ、天候はしょうがありません。それに……もしかしたらこれは、私に旅行など百年早いというお達しかもしれないと思っているんです。だから迷惑なんてそんな……私には、そんなことはないんです」
神田林が手にしていた航空券を眺めていた彼女は彼の控えめな返事に「あらあら」と明るく笑みを返す。が、しばらくして神田林がそれを本心で言っているのだと察して首を横に振った。
「何をおっしゃっているんです。折角のご旅行です。そんなことは考えずにぜひ楽しんできてください」
「そう……ですねぇ。だけどもね、自分で計画して飛行機も宿も取って、っていう人たちにはぜひともそう思うんですが、私の場合、福引きで旅行券が当たったから仕方なく行くようなもので……本当は、お買物券一万円が欲しかったのです」
「ええ! すごいじゃないですか。福引き? 私なんかティッシュしか当たったことないですよ。すごいすごい! 福男ですね!」
「いやそんな……」
目をキラキラと輝かせて興奮する彼女とは対照的に神田林は肩身が狭そうに縮こまる。この反応を神田林は少し前にも見た覚えがあった。
「私も最初は行く気はなかったんです。けど馴染みの屋台の店主に怒られてしまったもので。せっかく福引きの神様からのご褒美なのに行かないなんて罰当たりだって。神様の微笑みも曇っちまうよって言われて」
「その店主さんの言う通りですよ。でも、やっぱり乗り気じゃないんですか」
神田林の気恥ずかしそうな声を聞いた警備員は人差し指を頬に当てて考える素振りを見せる。
「ええ、まぁ……とにかくこういうことに慣れていないもので。日々の生活でそれどころじゃないのが本音です。年金だって限られているもので、贅沢なんか……」
「これまでもあまり旅行には行っていらっしゃらなかったのですか」
「あまりないですね。現役の時にも」
神田林はこれまでの人生を振り返って弱弱しく笑う。そういった面白みのない淡々とした日常に飽き飽きして元妻も家を出ていってしまった。
離婚の話を切り出された時にも、いつまで経っても変わり映えのない我慢ばかりの生活に疲れてしまったのだと元妻はぴしゃりと断言した。
元妻の言い分では、若いうちの苦労がいずれは報われ自由に羽を伸ばして生きていけると希望を抱いていたという。しかし慎重な性格の神田林は贅沢というものを警戒し、妻の望みをほとんど叶えてやれなかった。その癖はいくつ歳を重ねても変わらなかった。むしろ年齢の階段を上がるたびにその傾向は強まっていった。離婚したのは二年ほど前だが、元妻にしてみればもう何年も前に夫との歩みを諦めていたのだろう。
妻に捨てられたと悲観的になってはいたが、冷静に分析すれば自分の方が先に妻の心を切り捨ててしまっていたのかもしれない。
「だからまぁ、やっぱり気乗りしないんです。心配事だらけで」
しかしこれが性分なのだから仕方がない。神田林は苦々しい記憶に辟易しながら正直に告げる。
「つまらないと思うでしょう。でもしょうがないんです。とくにこのところは……ふらふらと曖昧に生きるばかりで、心配事に囚われたまま何も決断ができなくて。歳を取るとすっかり頭が固くなってしまって──自分でも、嫌気がさしますが」
そこまで言って神田林はハッとする。
仕事中の警備員に自分は一体何を赤裸々に話しているのかと。
「すみません、こんなお話。お仕事中に申し訳ない」
「いえいえお気になさらず。今日は残業で、私も少し息抜きがしたいところなんです。同僚にはバレないように働いているふりをしないとですけど」
警備員は帽子を被り直しつつも頬に手のひらを添えて囁いた。
そういえば、上手な仕事のサボり方を昔は自分も熟知していたものだ。
懐かしさを覚えた神田林の目元が緩む。
「現役時、ということは、もう引退なさったのですか」
「はい。今はスーパーで少しだけ働いている状態です」
警備員は周囲を気にしつつ神田林との会話を続ける。この勤勉な彼女のサボりに付き合う覚悟を決めた神田林は空港に来た時に適当に取った施設パンフレットを広げた。すると彼女は神田林の意図を汲み取り、道案内のふりを始める。
「今もお仕事をされているんですね。すごい。私なら、もうやんなっちゃって何もしたくなくなりそうなのに」
「やはり何かをしていないと一日がとても長くて」
「なるほど。それは新たな視点です。今のお仕事はどうですか?」
「やりがいというものを求めてはいけないとは承知しているのですが、本当に、ただ時間を潰すためにしているといった感じで。周りの人たちからは、いつも活力がないねと怒られてしまいます」
「あはは。皆さん手厳しいですねぇ」
「はい。でもそれも親切のうちだと身に染みています。こんな私に、パート仲間の一人がシニアボランティアを勧めてくれたんです。あなたにはもっとモチベーションが必要なんじゃないかって言われて。確かに言う通り、私には動力源というものが足りていないのかもしれません」
パンフレットをめくり、神田林は穏やかな口調で日々の虚しさを語る。
「ボランティアですかぁ。いいですね。私、こう見えても空手をやってまして。たまにボランティアで子どもたちに空手を教えたりしているんです。確かに仕事とは全然感覚が違いますよ。最初はうまく教えられるか不安でしたが、なんだか自分の違う一面に出会える気がして楽しくなってきたところです」
「──そうなんですか。いや、私はまだ悩んでいるのですが。シニアボランティアとはいえこんなのろまな老いぼれに人の役に立てることなどあるのかと疑問でして」
「意外とやってみないと分からないものですよ。私も警備の仕事に就くなんて考えていなかったんですけど、やってみると思ったよりも自分に向いていて。私ってこんな正義感を持ってたんだーって嬉しい発見ができましたから」
警備員は腕まくりの仕草をしてやる気に満ちた笑みを浮かべる。
「だから、何でも挑戦してみるのって悪いことではないと思うんです。向いてなければもうそこで終わりにすればいいですから。選択権は自分にあります。つまり──」
神田林が開いたパンフレットに視線を落とし、彼女はある一点を勢いよく指差す。
「日々の心配事とか、贅沢に対する後ろめたさとか、そういうことから離れるためにも旅で気分転換するのはとても良いと思うんです。きっと旅が終わる頃には屋台の店主さんに感謝しなくちゃと思うはずです。神様を悲しませてはいけませんよ」
彼女が指差す紙面に黒目を向け、神田林は思わずふっと笑う。
「──お土産でも買って帰った方がいいでしょうかね」
神田林の呟きに警備員はうんうんと力強く頷く。
彼女が示したのは飛行機の搭乗口だった。
道に迷った神田林のことを導くように、彼女は次の行き先をぴたりと定めてくれたようだ。
こんなにも迷いなく背中を押されてはいつまでも駄々をこねているわけにもいかない。年齢に見合わないあがきはうんと年下の彼女に対しても失礼な行為だろう。
神田林が警備員に感謝の視線を投げると彼女は得意気に敬礼を返してみせた。キレのある動きがお世辞なしに格好良かった。潔い決断を教えてくれた彼女にとてもよく似合っている。
「──うん?」
すると、見事なポーズを決めたはずの彼女の表情が途端に歪む。神田林越しに遠くを覗き込み、何かを警戒しているような面持ちだ。
不思議に思った神田林も彼女の視線の先を追いかけてみる──と、その先に、大学生くらいの五人組がこそこそとどこかに向かって足早に通り過ぎていくのが見えた。
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