アヴァロンオデッセイ
鬼の子マイク
アヴァロンオデッセイの世界
「ようこそ、アヴァロンオデッセイへ」
穏やかで落ち着いた声が耳に響いた。視界が暗転し、次の瞬間、目の前には無限に広がる青空と草原が現れた。
VRMMO――アヴァロンオデッセイ。噂のゲームは、現実と見紛うほどの没入感を誇ると言われていたが、実際に体験するとその噂以上だった。
「……すごい、本当にゲームなのか?」
足元の草の感触、頬を撫でる風、遠くで聞こえる鳥のさえずり。そのすべてが現実の感覚と変わらない。僕――神崎アキトは、自宅でヘッドセットを装着しながら、この新しい世界に引き込まれていくのを感じていた。
目の前には、浮かぶシステムメニューが表示されている。
「冒険者登録」
キャラクター作成画面が表示され、性別、外見、職業、スキルを選んでいく。それぞれの操作が、あたかも自分の身体を触っているかのようにリアルだ。
「剣士、スキルは初心者用の『ファストアタック』でいいか」
選択を終えた瞬間、周囲の風景が変わった。僕は「エルヴァニアの村」というスタート地点に立っていた。
「ここが始まりの場所か……。」
周囲を見渡すと、村の中央広場には多くのプレイヤーたちが集まっていた。装備を整える者、取引をする者、雑談を楽しむ者――それぞれが自由に行動している。
「おーい、君、新人だろ?」
背後から声をかけられ振り返ると、軽装備をまとった青年プレイヤーが立っていた。名前は「レオン」と表示されている。
「まあ、見たところ初期装備丸出しだしな。どうだ、アヴァロンオデッセイは?」
「すごいよ。これがゲームだなんて信じられないくらいだ」
「だろ?ここはただのVRMMOじゃない。五感が完全再現されてるから、現実と変わらない感覚を味わえる」
レオンは軽く肩をすくめながら続ける。
「でもな、このゲームの本当の魅力はそこじゃない。ここで得たスキルや経験が、現実でも活かせるってところさ」
「……現実でも活かせる?」
「例えば、コミュニケーションが苦手だったやつが、ここでギルドリーダーを経験して現実で営業マンになった話とか。逆に、料理が好きなやつがゲーム内のスキルを極めて、現実のレシピを考案することもある」
レオンの話に耳を傾ける僕は、このゲームがただの遊び場ではないことを感じ始めていた。
「まあ、話してばかりもアレだし、最初のクエストでもやってみるといい」
レオンが手渡してくれたのは「迷い鹿討伐」のクエストだった。
「こいつは初心者向けだ。動きは速いけど、慣れれば簡単に倒せるはずだ」
「わかった、行ってみるよ」
僕は草原へ向かい、迷い鹿を探すことにした。
「いた!」
目の前には、細身の体をした鹿のようなモンスターが立っていた。その見た目は無害そうに見えるが、目を細めてこちらを警戒している。
剣を構え、慎重に距離を詰める。
「これならいける!」
勢いよく剣を振るうが、迷い鹿は鋭い反応で攻撃をかわした。そして、すかさず反撃に移り、角で突いてきた。
「ぐっ、くそ……思ったより早い!」
何度か攻撃を試みるが、迷い鹿の素早い動きに翻弄されるばかりだ。
「ゴゴゴゴ……!」
突然、大地が震えるような音が響いた。振り返ると、そこには巨大な熊型モンスターが立っていた。
「なんでこんな奴がここに……!?こんなのクエストに書いてなかったぞ!」
熊は鋭い爪を振りかざし、こちらに向かってくる。
「やばい、逃げないと!」
必死で振り返るが、熊の動きが予想以上に速い。絶体絶命のその瞬間――。
「ウオオオオオッ!」
風を切る音とともに現れたのはゴリラだった。名前は「ゴリゴリマッチョウ」。熊に強烈な一撃を食らわせ、地面に叩きつけた。
「助けられた……?」
呆然とする僕に、彼は振り返り、満面の笑みを浮かべる。
「安心しろ、新人!困ってる時は俺に任せとけ!」
ゴリゴリマッチョウが巨体を揺らしながら近づいてきた。その両腕には、熊との戦闘で使われた大きなハンマーが握られている。
「危なかったな。初心者があの熊に出くわすなんて、普通じゃありえねぇ」
「そ、それで助けてくれたんだ……?」
「まぁな。俺が見過ごすと思ったか?冒険者ってのは、困ってる仲間を助けるのが仕事だろ!」
彼は親指を立て、豪快に笑った。
「紹介が遅れた。ゴリゴリマッチョウだ!皆からはゴリって呼ばれてる。よろしくな!」
「で、新人。お前、クエストは初めてか?」
「ああ、『迷い鹿討伐』が最初なんだ。でも、全然うまくいかなくて……」
ゴリゴリマッチョウは頷きながら、座り込んで戦利品を整理し始めた。
「まぁ最初はそんなもんだ。このゲーム、リアルな感覚を再現してる分、簡単にはいかねぇよ。」
「リアルな感覚……?」
「そうだ。例えば剣を振る時、ちゃんと重さを感じるだろ?それに、敵の攻撃を受けた時の衝撃もリアルだ」
「たしかに、角で突かれた時、痛みまではいかないけど、かなりリアルな感覚があった」
ゴリゴリマッチョウはさらに続ける。
「その感覚がこのゲームの醍醐味だ。普通のゲームじゃ味わえない『自分がそこにいる』って感覚を楽しむんだよ」
「それだけじゃねぇ。このゲームで学んだことは、現実でも役に立つ。知ってるか?」
「ああ、レオンって奴から聞いたけど、本当にそんなことありえるのか?」
「おう。俺なんか、ここで動き方や筋トレのコツを学んで、リアルでも筋肉モリモリだぜ!」
「それ、筋トレの成果じゃないのか?」
「ハハハ、まぁな。でも、このゲームのおかげで集中力や動きの精度は確実に上がった」
ゴリゴリマッチョウは、広げた腕を眺めながら続けた。
「それに、この世界で人と話すことも、リアルのコミュニケーション力につながるんだ」
「たしかに……村にいた他のプレイヤーたちも、何か楽しそうだった」
「だろ?ここで得た経験は、必ずお前の何かに役立つ。だから、この世界を存分に楽しめ!」
ゴリゴリマッチョウに話を聞くうちに、僕の中に一つの思いが芽生え始めていた。
「リアルに役立つかどうかはまだわからないけど、この世界で自分に何ができるのか試してみたい……」
そう思いながら、僕はゴリゴリマッチョウに頭を下げた。
「今日は本当に助かったよ。君がいなかったら、間違いなくログアウトさせられてた」
「気にすんな!また困った時は俺を呼べ!」
彼は豪快に笑い、片手を振りながら去っていった。その背中を見送りながら、僕は自分の成長を少しずつ実感し始めていた。
村に戻った僕は、迷い鹿討伐クエストの報告を終え、新しいクエストを確認していた。
「次は『草原の狼討伐』か……今度は一人でもやれるかな。」
ヘッドセットを外し、現実世界に戻る。画面越しに見えたのは、いつもの自室の風景だった。
「でも、このゲーム……ただの遊びじゃない。もっといろいろ試してみたいな」
現実で挑戦できなかったことを、アヴァロンオデッセイの中で挑む――そんな希望が心の中に広がっていた。
「次の冒険が待ち遠しい……」
僕はヘッドセットをそっと置き、次のログインを楽しみにするのだった。
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