初心者の私、VRMMOでどう見ても中身ゴリラのプレイヤーに助けてもらいました。
「うわぁぁ、どうしよう!?」
VRヘッドセットをつけたまま、私は本気で叫んだ。目の前には巨大な狼型モンスターが牙を剥いている。画面越しでもそのリアルさに圧倒され、体が硬直する。右手に持った杖で何かしようとするが、ボタン操作を完全に忘れていた。
「チュートリアルじゃこんなの出なかったじゃん!」
私は心の中で友人のリカを呪った。「これ初心者向けだよ」なんて言ってたけど、絶対嘘だ。初めてのフィールド探索なのに、なんでこんな強い敵が出るの!?
狼が一歩、また一歩と近づいてくる。逃げるのもダメ、戦うのも無理。このまま私は初のゲームオーバーを迎える――。
「そこまでだ!」
突然、重低音の声が響き渡った。何かが目の前を横切り、次の瞬間、狼が宙に吹っ飛ぶ。いや、何だこれ……巨大な“ゴリラ”が狼を殴り飛ばした?
「初心者がこんなところで何やってんだ?」
そのゴリラは、まるで映画のスーパーヒーローのように立ちはだかっていた。
いや、正確には“ゲーム内のゴリラ型キャラクター”だ。全身筋骨隆々、毛並みまでリアルに描かれている。
「えっと、助けてくれてありがとうございます……」私は震える声でなんとか言葉を絞り出す。
「おいおい、こんな危険なエリアに一人で来るなんて、命知らずだな」
「初心者クエストをやろうと思ってたんですけど、つい迷子に……」
「ああ、なるほど。じゃあ案内してやるよ。初心者なら、ここで詰むのはよくある話だ」
その言葉とともに、ゴリラは巨大な手で倒した狼のドロップアイテムを私の方に押しやった。
「ほら、拾え。お前の手柄だ」
「え!?でも、ゴリラさんが倒したのに……」
「気にすんな。俺の趣味はこういう困ってる初心者を助けることだ。俺の名前は『ゴリゴリマッチョウ』。覚えとけよ!」
「ご、ゴリゴリ……マッチョウ?」
どこか抜けたようなその名前に、私は一瞬だけ笑いそうになった。けれど、彼が差し出してくれたアイテムを素直に受け取る。
「ありがとう、ゴリゴリマッチョウさん……私は『リリィ』です」
「リリィか。よし、お前、しばらく俺と一緒に行動しろ。迷子になる初心者なんて目立つから、モンスターの餌食になるだけだ」
「え、でも……」
「いいから!お前みたいなやつ、放っておいたら危なっかしくてしょうがねぇ」
こうして私とゴリラの旅が始まった。
私たちは一緒に歩きながら、「初心者向けだよ」という割には殺意の高いモンスターだらけのフィールドを進んだ。ゴリゴリマッチョウさんは一見怖そうだが、戦いが終わるたびに色々とアドバイスをくれる。
「モンスターが出る前に気づけるようにならなきゃダメだ。このゲームでは視覚以外にも、音や匂いみたいなヒントがあるんだよ」
「匂いって……そんなの分かるんですか?」
「ああ。ほら、狼が出る前、風の音に混じってちょっとだけ腐った肉の匂いがしただろ?」
「ええっ!全然気づきませんでした!」
「まぁ、慣れだな。俺も最初は全然分かんなかったし」
言いながら、彼は私にポーションや食料を分けてくれる。なんだかんだで面倒見がいい。私が不器用に操作しているのを見て、時折笑いながら手本を見せてくれるのも、どこか親しみやすかった。
そのとき、目の前に現れた巨大な門。どう見ても初心者エリアには場違いな存在感を放っている。
「え、ここ……?」
「そうだ。『忘れられた遺跡』だ。ちょっと手応えがあるが、俺がいればクリアできる」
「ちょっと待ってください!初心者向けって言ってましたよね!?」
「初心者にこそ必要な試練だ。ほら、行くぞ!」
私の抗議を聞き流し、ゴリゴリマッチョウさんは遺跡の中に入っていった。私は慌ててその背中を追う。
遺跡の中は暗く、モンスターの気配がひしひしと感じられた。
「な、なんか嫌な予感がします……!」
「気にすんな。俺の背中に隠れてろ」
その言葉通り、彼の巨大な背中はまるで壁のようだった。私はその後ろから小さな攻撃魔法を放ち、なんとか戦闘に参加する。
遺跡の薄暗い廊下を進むと、突然、鋭い音が耳を裂いた。足元の床が沈み込み、罠が作動したらしい。
「リリィ、しゃがめ!」
ゴリゴリマッチョウさんの声が響くと同時に、私は咄嗟にその場に伏せた。次の瞬間、無数の矢が私の頭上を通り抜けていく。
「な、なんなんですかここ!」
「初心者にはちょっとハードだな。でも俺がいるから安心しろ」
ゴリゴリマッチョウさんはそう言いながら、次々と罠を解除して進んでいく。まるでこの遺跡を知り尽くしているかのような手際の良さだった。
「これ、絶対初心者向けじゃないですよね……」私は不満げに呟いた。
「初心者でもクリアできる難易度だ。ただし、俺みたいなパワープレイヤーがいれば、な!」
彼が振り返って自信満々に親指を立てる。その姿に、なんだかツッコミたくなったけれど、私は言葉を飲み込んだ。
さらに奥へ進むと、ついに最初の敵が現れた。それは甲冑をまとったゴーレムだった。
「ゴーレム!?これ、初心者クエストじゃなくないですか!」
「ビビるな。まずは俺が注意を引く。その間にお前は後ろから魔法をぶち込め!」
ゴリゴリマッチョウさんは戦闘態勢に入ると、ゴーレムに突進した。巨大な拳でゴーレムの胴体を何度も殴りつけ、その衝撃で周囲の床が震える。
「お、おお……すごい」
見とれてしまった私に、彼の声が飛んできた。
「リリィ!ボサッとしてないで、攻撃しろ!」
「あ、はい!」
私は慌てて魔法を発動した。火の玉がゴーレムに直撃し、わずかながらダメージが表示される。だが――。
「効果が薄い!もっと狙え!」
ゴリラさんの指示で焦る私は、何度も魔法を試みるが、精密に当てるのが難しい。そんな私を見たゴリラさんが、笑いながら言った。
「ま、最初はそんなもんだ。俺が仕留めるから、見てろ!」
彼がそう言うと、一瞬の隙をついてゴーレムを殴り飛ばし、崩れ落ちるゴーレムを背後から一撃で仕留めた。
「これ、私が何か役に立ててたんでしょうか……」
ゴーレムの残骸を眺めながら、私はポツリと呟いた。
「お前、ちゃんとダメージ与えてただろ。初心者が一発でも当てられるのは大したもんだ」
ゴリゴリマッチョウさんは私の頭をポンポンと軽く叩いた。その手の重さに、私は少しだけ安堵を覚えた。
「……ありがとう、ゴリゴリマッチョウさん」
「名前が長いなら『ゴリさん』でいいぞ」
その一言に、私は思わず吹き出してしまった。彼の圧倒的な強さと親しみやすさのギャップに、少しだけ心が軽くなった気がした。
ゴリさんの助けで、私は少しずつ戦い方を学んでいった。そして、ついに遺跡の最深部へ到達する。そこには巨大な扉があり、その先からは尋常ではない気配が漂っている。
「ここがボス部屋だ。準備はいいか?」
「え、ボスって……ええええ!?私、無理ですよ!」
「大丈夫だ。俺がついてる」
そう言ってゴリさんが扉を押し開けた瞬間――。
そこには、鎌を持った巨大な骸骨が待ち構えていた。その姿に、私は息を呑む。
「行くぞ、リリィ。お前も本気を出せ!」
ゴリさんの背中を見つめながら、私は意を決して杖を握り直した。
「わ、わかりました!やってみます!」
扉の先に待っていたのは、身の丈を超える巨大な骸骨だった。その全身は黒ずんだ骨でできており、振り回す大鎌には禍々しい光が宿っている。足元に目を向けると、他の冒険者と思われるプレイヤーの残骸が散乱していた。
「うわ……この部屋、すごく不吉な感じがします……」
私は冷や汗を流しながら呟いた。
「まぁ、ちょっと手強いが、俺がいるから大丈夫だ。お前は後ろからサポートしてくれ」
ゴリさんが力強く言い切る。頼もしいけれど、私はそれどころじゃなかった。
「サ、サポートって、具体的に何をすればいいんですか!?」
「簡単だ。俺がボスを引きつけてる間に、魔法を連発するだけだ」
そう言い終わるや否や、ゴリさんは骸骨に向かって猛然と突進した。
骸骨の大鎌がゴリさんを狙い、空を切るたびに重い風切り音が響く。しかし、そのたびにゴリさんは巧みに回避しながら拳を叩き込む。
「ほらリリィ!攻撃のチャンスだぞ!」
「え、ええっ!」
ゴリさんの指示で、私は震える手で魔法を放った。火の玉が骸骨の肋骨に直撃し、ほんのわずかだがダメージが入る。
だが、次の瞬間、骸骨ボスが突如として大鎌を地面に突き刺した。その衝撃で波動が広がり、ゴリさんも吹き飛ばされる。
「ゴリさん!大丈夫ですか!?」
「へっ、これくらい大したことねぇよ」
吹き飛ばされた先で片膝をつきながらも、ゴリさんはすぐに立ち上がった。その姿に少し安心したが、ボスの注意が私に向いているのを感じてしまった。
骸骨ボスが私を睨みつけると、その眼窩の奥で赤い光が揺らめく。
「あ、あれ、私狙われてませんか……?」
「おいリリィ!今すぐ回避だ!」
ゴリさんの声が飛ぶ。慌てて足元の罠を避けながら走るが、慣れない操作でぎこちない動きに。
「だめだ……足がすくんじゃう……」
体が動かない。骸骨ボスの大鎌がこちらに迫るのがわかるのに、恐怖で体が固まってしまった。
そのとき、ゴリさんの怒声が響いた。
「リリィ!下を向くな!お前はちゃんとやれる!」
その言葉にハッとした。できない、と思っていたのは自分だけだった。ゴリさんの背中をずっと見てきた。彼がいつも戦ってくれた。それなら今度は――。
「私だって、ちゃんと戦います!」
私は足を踏み出し、杖を力強く構えた。骸骨の足元を狙って魔法を放つ。その一撃が骸骨をひるませ、ゴリさんが再び突進する隙を作った。
「ナイスだ、リリィ!」
ゴリさんは骸骨の腕を掴むと、そのまま全力で投げ飛ばした。骸骨が壁に叩きつけられた瞬間、私は意を決して最後の魔法を放った。
「えいっ!」
炎の渦が骸骨を包み込み、ついにその巨体が崩れ落ちる。ボスの体が粉々になり、消えていく光景を見ながら、私は心の底から達成感を味わった。
「やった……私たち、やりましたね!」
私はゴリさんを振り返り、思わず笑顔を浮かべた。
「おう、お前もなかなかやるじゃねぇか。初心者とは思えない成長っぷりだ」
そう言いながら、ゴリさんは親指を立てる。その言葉に胸が少し熱くなった。
ボス部屋を後にし、遺跡の出口に向かう途中、私はまだ少し手の震えを感じていた。けれど、それ以上に胸が高鳴っていた。
「……私、本当にクリアできたんですね」
「おう、お前の力だ」
ゴリさんが太い腕を組んでにやりと笑う。その表情がいつもの頼もしさを超えて、どこか誇らしげに見えた。
「でも、ほとんどゴリさんがやってくれたじゃないですか」
「バカ言え。俺がいくら援護しても、最後の一撃を決めたのはお前だ。そこは胸張っとけ」
「……ありがとうございます」
自然と笑顔がこぼれた。自分の中にあった「どうせ私は役に立たない」という思い込みが少しだけ和らいだ気がした。
遺跡を出ると、ボス討伐の報酬画面が表示された。宝箱がキラキラと輝き、アイテムが次々と飛び出してくる。
「わっ、すごい……!」
「お前が開けたんだから、全部持ってけよ」
「え!?でも……」
「俺には必要ない。お前みたいな初心者に役立つもんばっかだろうしな」
「えっと……じゃあ、お言葉に甘えて……」
宝箱の中から出てきたのは、強力そうな杖や防具、そして経験値を増やすアイテムだった。特に「光の杖」は、私のような初心者向けに性能が調整されているらしく、持っただけでステータスがぐんと上がった。
「これ、すごいです……!」
「気に入ったか?そいつはお前の新しい相棒だな」
「はい、大事に使います!」
街に戻るための転送ゲートの前で、ゴリさんが立ち止まった。
「今日はここまでだな。俺もそろそろリアルに戻る時間だ」
「あ……そうなんですね」
少し寂しさを感じたけれど、きっとまた会えるだろうという気持ちもあった。
「なあ、リリィ」
「はい?」
「お前、結構いい筋してるよ。ちゃんと続けてりゃ、すぐに俺みたいなパワープレイヤーになれる」
「……それ、私もゴリラみたいになるってことですか?」
つい冗談を返すと、ゴリさんは腹を抱えて大笑いした。
「お前、意外とノリがいいな!じゃあ、また会おうぜ」
そう言って彼は笑顔を浮かべながらゲートに消えていった。その後ろ姿を見送りながら、私はそっと新しい杖を握りしめた。
数日後、私は友人のリカに誘われて地元のジムに行くことになった。
「えー、私、筋トレとか興味ないんだけどなぁ」
「大丈夫!初心者向けだって!」
どこかで聞いたような台詞に疑念を覚えつつも、半ば強引に連れられてジムの入り口をくぐった。その瞬間――。
「お、いらっしゃい!新しい会員さんか?」
明るい声とともに現れたのは、ゴリさんの中身そっくりの男性だった。いや、そっくりどころか、本人だ。
「えっ……ゴリゴリマッチョウさん!?」
「ん?……ああ、リリィか!」
彼は一瞬驚いた様子だったが、すぐに笑顔を見せた。その筋肉隆々の姿とおっとりした表情に、私はゲーム内とのギャップで頭が混乱しそうだった。
「リアルでもよろしくな!」
ジムでの再会をきっかけに、私はさらに彼との交流を深めていくことになる――。
ジムでの再会から数週間後。私は相変わらずVRMMO「アヴァロン・オデッセイ」をプレイし続けていた。
あの日ゴリさん――いや、リアルでは「健さん」と名乗るその人に会ってから、私はどこかで勇気をもらった気がする。ゲームの中でも、リアルでも、一歩踏み出すことの大切さを教えてもらったからだ。
その日の夜、ゲームにログインしていると、いつものフレンドリストに彼の名前が表示された。
「ゴリゴリマッチョウがオンラインになりました」
その通知を見て、思わず笑みがこぼれる。
「今日はどこに連れていかれるんだろう……」
ログインして数分後、いつものフィールドに行くと、やはり彼は待っていた。ゴリラのアバターが地平線の向こうで腕を組んで立っている。
「よお、リリィ。今日も冒険するか?」
「また初心者向けって言って、無茶振りするんじゃないでしょうね?」
「あはは、それもいいけど、今日はお前が行きたい場所を選べよ」
その言葉に少し驚きつつも、私は新しいダンジョンの候補を思い浮かべた。以前の私なら、「怖いから」と言って後ずさりしていたかもしれない。でも、今の私は――。
「じゃあ……新しいダンジョンに挑戦してみたいです」
「おっ、いいじゃねえか!俺がしっかりサポートしてやるから安心しろ」
「もうゴリさんに頼りきりにはなりませんよ。私だって、ちゃんと成長してるんですから!」
私の言葉に、彼は嬉しそうに頷いた。
二人で新しいダンジョンに向かいながら、私はふと思った。ゴリさんに助けられたことがなければ、私は今もきっと、怖がって立ち止まったままだっただろう。
だけど、今の私は違う。彼のおかげで、「挑戦すること」の楽しさを知ることができた。そして、そんな私を応援してくれる人がいることに感謝している。
新しい冒険の扉が開く音がした。
「行こう、リリィ。次の試練はどんなもんか、確かめてみようぜ」
「はい!」
胸を張って、私は前を向く。ゴリさんとともに、次の世界へ――。
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