第39話 猛毒

※※

「はぁ、寒いな。今日の催し、いつもより時間が長いな。ヴァル君」


 ローカン達は、歓迎会の警備に駆り出されていた。隣には、ヴァルが寝転んでいる。ヴァルには冬毛が生え揃っており、丁度よい温度だった。


 小狼は耳を立てて、立ち上がると、鋭い視線でローカンに「行くぞ」と合図した。


「え! 寒いんだけど」仕方なく、後ろをつけていく。


 歓迎会の送迎の上等な装飾を施された馬車が整然と並んでいる坂道を降りていく。


「まだ、チャリティが終わってないんだ。持ち場を離れられないよ」


 控えめな声でローカンが呟いたが、ヴァルは耳を動かすだけで進み続ける。


「本当に行くの?」


 ローカンは渋々ついていきながら、寒さに震えて肩をすくめた。



「祝福」に見惚れ、物音一つない静かな空間は、やがてざわつく人々の声に包まれていく。


 富豪の一人が壇上のノルドに声を上げた。


「おい! ここにある商品は、聖女様に使われたのと同じものなんだよな!」


「もちろんです」ノルドは胸を張り、自信たっぷりに答える。


「ノルドは、嘘は言わないわよ。とっても良い子よ、ふふふ。皆さん、また明日の夜、お会いしましょう!」


 ネフェルは微笑みながら彼の頭を優しく撫でて、自分の役割に満足すると退場していった。人々の視線は彼女に釘付けのままだ。


「本日のみの限定販売でーす!」リコが声を張り上げ、活気を煽る。


「匂いも良いですし、実用的です。ぜひともおひとつ! お勧めですよ」グラシアスは丁寧な口調で取り巻きの淑女に声をかけた。


「ええ、お父様にお願いしてみます」


「グラシアス様のお勧めならば」


 絶大な聖女の効果もあって、ノルドの保湿クリームの価格はさらに高騰していく。


「欲しい! 自慢になるぞ!」と貴族や富豪たちが次々に声を上げる中、ニコラが舞台に立ち、満面の笑顔で告げた。


「それじゃあ、二千ゴールドで、一人二つまで売ろう。これは特別価格だ。追加で欲しい者には、後ほどヴァレンシア孤児院とグラシアス商会が責任を持って届けるよ」


 ニコラの言葉に、会場はさらに沸き立った。


「儲すぎも良くないからな!」



 舞台を降りたノルドは、深く息を吐き出し、ようやく平常心を取り戻した。


「立派だったわ。もう一人前ね」


 セラは満足げに微笑み、穏やかに言葉をかける。


 ノルドが招待客を見ると、司祭たちが出口へ向かって歩き出していた。その先には、島主が待ち構えている。


「司祭様、お話を伺いたいのですが。こちらへ」


「いや、この後、用事があるのでな」


 露骨に嫌な顔をする司祭に、島主は引き下がらない。


「少しだけで構いませんので!」


「こら、聖王国の司祭に無礼だろう!」


 執事の男が怒声を上げるも、島主の背後には屈強なニコラの手下たちが控えていた。


「……ちっ。グラシアスの差し金か。少しだけだぞ」


 司祭は苛立ちを隠さずに吐き捨てると、島主に促され奥へと消えた。


 その様子を見守っていたノルドがふと別の方向を見ると、出口へ急ぐ司祭付きのメイドの姿を見つける。


「母さん、あそこに!」


 ノルドの声に気づき、セラもそちらに目を向けた。


 黒衣の女性――セラがいつの間にか現れ、メイドの行く手を遮る。


「何故この島に戻ってきたの?」


 冷たい声が静かに響く。


 メイドは怯えたように立ち止まったが、セラはその視線を逃さない。


「待って、魔女様。自主しに来たのよ」


 どこか嘲るような口調だが、その言葉の半分は真実のようだった。


「わかったわ。でも命は大事にしなさい」


 セラの声は、静かだがどこか重く響く。


 その時、再び島主が現れ、無言のまま刺青女を奥へと連れ去った。


 刺青女は抵抗することなく従うが、その後ろ姿はどこか不穏さを感じさせる。


 いつの間にか、執事の姿は遠く離れていた。にやりと、不適な笑顔を浮かべた。


――バタン。


 音と共に、セラが急にその場へ崩れ落ちる。


ノルドが駆け寄ると、セラの首元にとても小さな針が刺さっていた。毒のようだ。


 (あの男が、やったのか! 許さない!)


「母さん! しっかりして!」


 ノルドの声に、セラが反応することは、無かった。

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