第20話 クライド


「いない、いないぞ! うちの馬がいない!」


「わしの畑も、荒らされてる! 鶏のも一匹もおらん! あんなにいたのに!」


「俺んとこの納屋も、空っぽだ! 食料も農具もない!」


 広場に集まった村人たちの声が、怒鳴り合いのように響く。隣の者の話を耳にしながら、自分の被害がもっと深刻だと誇示しようとしている。


そんな中、一人がふと口を開いた。


「きっと、魔女の仕業だろう!」


「魔女か、そうだろうな、最近、森に入る子供を見たし、あいつらが関わっているに違いない!」


「ああ、あの親子だ! あの家に行って、懲らしめてやるべきだ!」


 怒声が飛び交うが、すぐにまた沈黙が訪れる。誰もその場を動こうとはしない。


 村人たちは、口では大声で言っていても、自分達では何もできないことを知っており、ただの憂さ晴らしで騒いでいるだけだ。


(あの親子に手を出すと、どうなるかわからん。逆に怒らせるだろうな。俺はごめんだ)


 そのとき、若き村長がようやく現れると、村人たちは一斉にその姿を捉えた。安堵の色が浮かんだ。


「何だ? 何を騒いでいるんだ?」


 村人たちはその言葉に、次々と訴えを始めた。


「村長様! うちの畑が! うちの納屋が! 家の周りも荒らされて! きっと、魔女が……」


 村長はその訴えを中断させて、笑いながら告げた。


「魔女の仕業だって? そんなはずはないだろう。ゴブリンの仕業だろぅ」


 村人たちはその言葉を聞いて、冷静さを取り戻したが不満げな顔は消さない。


「つまらないことを言っている暇があったら、まず財政官に被害を報告しろ、それより、ゴブリンはまた来るぞ、準備しろ!」


 村人たちは慌てて返事をし、動き出すが、誰もその場を離れる気配は見せない。村長が具体的な指示を出さない限り、動こうとはしないのだ。


「島主様には私から報告する。そして、冒険者ギルドにも依頼を出す。今夜から、夜は皆、学校に籠れるようにしろ。その準備を急げ!」


 村人たちは慌ただしく動き始め、村長はその様子を見ながら、再び肩をすくめた。



 若き村長の名は、クライド・オルヴァ。代替わりにより新たに司政官の役職が発現して、オルヴァ村の新しい村長となった。


 彼は王国の学校に通い、冒険者として経験を積んだ後、統治者となった島主に憧れを抱いていた。


「自分も同じ道を歩もう」と決心し、親に頼み込んで島を離れ、半島の自由都市ナボリの学校に進学した。


 しかし、都会の楽しさに溺れ、遊びほうけ、ろくに勉強もせず、魔物の討伐もせずに過ごした結果、知識も戦闘力も身につけることはなかった。


 だが、呼び戻され、心を入れ替えたクライドは、村長としての責務を全うする決意を固め、心血を注ぐことにした。それは先月のことだった。


 彼は村民に伝えた通り、島主と交渉するため島庁に向かっていた。だが、本来ならば交渉の約束を取り付けてから、ようやく通してもらえるものだ。


「お約束のない方は、お通しできません」島庁の警備員に断られたその時、会議を終えた島主と偶然顔を合わせた。


「クライド君、オルヴァ村で何かあったのか?」


 まさか、島主が小さな村の新米村長の名前を覚えていてくれるとは……クライドは驚きとともに、胸が熱くなった。


 島主が彼を覚えていたのは、セラ親子の住む村だからだ。数十、数百の小さな村の統治者までは、よほどでない限り記憶に留めていない。


「はい、ゴブリンの襲撃がありました」


「そうか。それでは、話を聞こう。私の部屋に入れ」


 島主に会うのは、父親の葬儀以来だ。単独で会うのは初めてで、緊張が全身に走った。


 言葉が出るか心配しながらも、彼は島主の部屋へ足を踏み入れた。


 部屋には島主のほか、警備長ローカンの姿もあった。ローカンは、窃盗団事件を解決した実力者として知られる男だが、その威圧感のない呑気な雰囲気が逆に恐ろしいと感じられた。


「お忙しいところ、お時間をいただき、誠にありがとうございます」


「いや、そんな堅苦しい挨拶は不要だ。それで、被害の状況は?」


 クライドは懐から財政官がまとめた資料を取り出し、島主に見せた。


「他の森から逃げてきたゴブリンが増えたのだろう。見舞金を出そう」


「ありがとうございます。実は、村の者が魔女の仕業だと言い出して、魔女狩りだとか騒いでおりまして」


「魔女狩りだと……それで、お前はどう指示した?」島主の顔が一変し、厳しくなった。


「そんなことはないだろうと、一喝しました」


 クライドは、無邪気に答えたが、その答えは正確だったようだ。


「そうか、そうか、お前は見込みがありそうだな、な、ローカン」島主は微笑んだ。


「はい」警備長は、なぜか額の汗を拭った。


「それで、どうするつもりだ?」


「夜間は村人を学校に避難させて守ります。ゴブリン討伐は冒険者ギルドにお願いしようと思っています」


「それが良い。冒険者ギルドにでも討伐してもらえ。お前の村の予算でな」



 交渉に成功したクライドは、満足げな表情で島庁を後にし、ダンジョン町の冒険者ギルドへ向かった。


 島主の部屋には、ローカンと島主であるガレアだけが残り、静寂が漂う中、ローカンが慎重に口を開いた。


「冒険者たちは、ゴブリン討伐を引き受けるでしょうか? あの村の財力では、満足な報酬も出せないのではと思うのですが……」


「報酬の額は問題の一部に過ぎん。」ガレアは静かに答えたが、その口調にはわずかな険が含まれていた。


「まず、ゴブリン討伐の依頼自体が厄介だ。ゴブリンは単体では弱いが、数が増えれば知恵を働かせるし、卑怯な手も使ってくる。今回は、巣穴を根絶しないといけない」


「……では、どうされますか?」


「お前たちに任せるか?」


 ガレアが意図を込めた視線をローカンに向ける。


「え、我々が……?」


「ははは、無理に戦えとは言わん。村の守りにつくだけで十分だ。あの村には村長と年老いた教師くらいしか、冒険者上がりはいないのだ」


「承知しました」


 島主の命には従わねばならない。彼はすぐさま、連れて行くべき精鋭メンバーの顔ぶれを思い浮かべ、準備の手配に取りかかるべく、指示を出した。



 島のダンジョン町の、冒険者ギルドに、オルヴァ村のゴブリン討伐のクエストが貼られたが、やはり、冒険者達に見向きもされなかった。


 クエストボードを漁る冒険者も、そのクエストを苦々しい顔で見て、黙殺した。




【後がき】


 お時間を頂き、読んで頂き有難うございます。⭐︎や♡等で応援頂きますと、今後も励みになります。又、ご感想やレビュー等も一行でも頂けますと、飛び上がって喜びます。 引き続きよろしくお願いします!  織部






 

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