第20話 クライド
「いない、いないぞ! うちの馬がいない!」
「わしの畑も、荒らされてる! 鶏のも一匹もおらん! あんなにいたのに!」
「俺んとこの納屋も、空っぽだ! 食料も農具もない!」
広場に集まった村人たちの声が、怒鳴り合いのように響く。隣の者の話を耳にしながら、自分の被害がもっと深刻だと誇示しようとしている。
そんな中、一人がふと口を開いた。
「きっと、魔女の仕業だろう!」
「魔女か、そうだろうな、最近、森に入る子供を見たし、あいつらが関わっているに違いない!」
「ああ、あの親子だ! あの家に行って、懲らしめてやるべきだ!」
怒声が飛び交うが、すぐにまた沈黙が訪れる。誰もその場を動こうとはしない。
村人たちは、口では大声で言っていても、自分達では何もできないことを知っており、ただの憂さ晴らしで騒いでいるだけだ。
(あの親子に手を出すと、どうなるかわからん。逆に怒らせるだろうな。俺はごめんだ)
そのとき、若き村長がようやく現れると、村人たちは一斉にその姿を捉えた。安堵の色が浮かんだ。
「何だ? 何を騒いでいるんだ?」
村人たちはその言葉に、次々と訴えを始めた。
「村長様! うちの畑が! うちの納屋が! 家の周りも荒らされて! きっと、魔女が……」
村長はその訴えを中断させて、笑いながら告げた。
「魔女の仕業だって? そんなはずはないだろう。ゴブリンの仕業だろぅ」
村人たちはその言葉を聞いて、冷静さを取り戻したが不満げな顔は消さない。
「つまらないことを言っている暇があったら、まず財政官に被害を報告しろ、それより、ゴブリンはまた来るぞ、準備しろ!」
村人たちは慌てて返事をし、動き出すが、誰もその場を離れる気配は見せない。村長が具体的な指示を出さない限り、動こうとはしないのだ。
「島主様には私から報告する。そして、冒険者ギルドにも依頼を出す。今夜から、夜は皆、学校に籠れるようにしろ。その準備を急げ!」
村人たちは慌ただしく動き始め、村長はその様子を見ながら、再び肩をすくめた。
※
若き村長の名は、クライド・オルヴァ。代替わりにより新たに司政官の役職が発現して、オルヴァ村の新しい村長となった。
彼は王国の学校に通い、冒険者として経験を積んだ後、統治者となった島主に憧れを抱いていた。
「自分も同じ道を歩もう」と決心し、親に頼み込んで島を離れ、半島の自由都市ナボリの学校に進学した。
しかし、都会の楽しさに溺れ、遊びほうけ、ろくに勉強もせず、魔物の討伐もせずに過ごした結果、知識も戦闘力も身につけることはなかった。
だが、呼び戻され、心を入れ替えたクライドは、村長としての責務を全うする決意を固め、心血を注ぐことにした。それは先月のことだった。
彼は村民に伝えた通り、島主と交渉するため島庁に向かっていた。だが、本来ならば交渉の約束を取り付けてから、ようやく通してもらえるものだ。
「お約束のない方は、お通しできません」島庁の警備員に断られたその時、会議を終えた島主と偶然顔を合わせた。
「クライド君、オルヴァ村で何かあったのか?」
まさか、島主が小さな村の新米村長の名前を覚えていてくれるとは……クライドは驚きとともに、胸が熱くなった。
島主が彼を覚えていたのは、セラ親子の住む村だからだ。数十、数百の小さな村の統治者までは、よほどでない限り記憶に留めていない。
「はい、ゴブリンの襲撃がありました」
「そうか。それでは、話を聞こう。私の部屋に入れ」
島主に会うのは、父親の葬儀以来だ。単独で会うのは初めてで、緊張が全身に走った。
言葉が出るか心配しながらも、彼は島主の部屋へ足を踏み入れた。
部屋には島主のほか、警備長ローカンの姿もあった。ローカンは、窃盗団事件を解決した実力者として知られる男だが、その威圧感のない呑気な雰囲気が逆に恐ろしいと感じられた。
「お忙しいところ、お時間をいただき、誠にありがとうございます」
「いや、そんな堅苦しい挨拶は不要だ。それで、被害の状況は?」
クライドは懐から財政官がまとめた資料を取り出し、島主に見せた。
「他の森から逃げてきたゴブリンが増えたのだろう。見舞金を出そう」
「ありがとうございます。実は、村の者が魔女の仕業だと言い出して、魔女狩りだとか騒いでおりまして」
「魔女狩りだと……それで、お前はどう指示した?」島主の顔が一変し、厳しくなった。
「そんなことはないだろうと、一喝しました」
クライドは、無邪気に答えたが、その答えは正確だったようだ。
「そうか、そうか、お前は見込みがありそうだな、な、ローカン」島主は微笑んだ。
「はい」警備長は、なぜか額の汗を拭った。
「それで、どうするつもりだ?」
「夜間は村人を学校に避難させて守ります。ゴブリン討伐は冒険者ギルドにお願いしようと思っています」
「それが良い。冒険者ギルドにでも討伐してもらえ。お前の村の予算でな」
※
交渉に成功したクライドは、満足げな表情で島庁を後にし、ダンジョン町の冒険者ギルドへ向かった。
島主の部屋には、ローカンと島主であるガレアだけが残り、静寂が漂う中、ローカンが慎重に口を開いた。
「冒険者たちは、ゴブリン討伐を引き受けるでしょうか? あの村の財力では、満足な報酬も出せないのではと思うのですが……」
「報酬の額は問題の一部に過ぎん。」ガレアは静かに答えたが、その口調にはわずかな険が含まれていた。
「まず、ゴブリン討伐の依頼自体が厄介だ。ゴブリンは単体では弱いが、数が増えれば知恵を働かせるし、卑怯な手も使ってくる。今回は、巣穴を根絶しないといけない」
「……では、どうされますか?」
「お前たちに任せるか?」
ガレアが意図を込めた視線をローカンに向ける。
「え、我々が……?」
「ははは、無理に戦えとは言わん。村の守りにつくだけで十分だ。あの村には村長と年老いた教師くらいしか、冒険者上がりはいないのだ」
「承知しました」
島主の命には従わねばならない。彼はすぐさま、連れて行くべき精鋭メンバーの顔ぶれを思い浮かべ、準備の手配に取りかかるべく、指示を出した。
※
島のダンジョン町の、冒険者ギルドに、オルヴァ村のゴブリン討伐のクエストが貼られたが、やはり、冒険者達に見向きもされなかった。
クエストボードを漁る冒険者も、そのクエストを苦々しい顔で見て、黙殺した。
【後がき】
お時間を頂き、読んで頂き有難うございます。⭐︎や♡等で応援頂きますと、今後も励みになります。又、ご感想やレビュー等も一行でも頂けますと、飛び上がって喜びます。 引き続きよろしくお願いします! 織部
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