第12話 エルフツリー
島主は後日、村外れに馬車を止め、一人でセラの家にやってきた。
「すいません。ガレアです。セラさんはいらっしゃいますか?」
ヴァルが吠える。ノルドが裏庭から顔を出した。剣の練習をしていたらしい。腰には黒光りした美しい短剣を差していた。
なるほど、だが、彼では無いだろう。
「母さんは寝ています。急ぎでしょうか?」
相手が島主だとわかっていても、母さんの眠りを妨げたくなかった。
「それなら、また来ますよ。これをお渡しして帰ります」
中身が窃盗団の金貨とは思えない新しい袋を見せた。
「盗賊の金貨なんて受け取れない」
「なるほど! じゃあ、やはり受け取ってもらわないとね。これは、窃盗団発見の懸賞金だよ。発見のね」
すべての謎が解けたようで、島主は嬉しそうだ。
「だけど……」
「じゃあ、ヴァル君にかな?」
「ワオーン、ワオーン」
狼の二度泣きが響き、セラはその声で目を覚ました。
※
島主のガレアとセラが話を始め、ノルドは席を立った。
こんな時に、話して良い内容や島主への対応方法がまだ分からなかったからだ。
しかし、話の内容が気になり、彼は勉強部屋で聞き耳を立てていた。
「手紙には詳細なことは書かれていませんでしたが、警備員はわざと逃したのでしょうか?」
とガレアが質問を投げかけた。
「そうですね。最初からの計画だったみたいです。仲間も捕らえないといけませんから」
「ほう。計画を立てたのは? まさか息子さんですか?」
「いえ、計画も実行もです。私は最後だけです。それに、もう薬師ですから」
セラは、自慢げに嬉しそうに笑った。
「本当ですか!まだ小さいのに。しかし、ノルド君、一人では危なかったのでは?」
「何かあったら教えてくれとヴァルにお願いしていたので」
セラは、リビングで昼寝のふりをしているヴァルの頭を撫でた。
(え? 何だって? ヴァル、だから危ない状況で母さんが来たのか? いや、ずっと見ていたのかもしれない)
「最後に、報酬金ですが、受け取ってもらえますか?」
「そのようなものを、いただく資格はありません」
「貴女が冒険者ギルドに登録されているのは調べました」
(え? やはりか! 僕も早く登録したい)
「ええ、そうですね。たまに魔物の一部を売るくらいですが」
「冒険者ギルドには、窃盗団の発見と討伐のクエストを出しています。結果的とはいえ、報酬を得るのは冒険者の習わしでしょう?」
「でも、私たちは名前を……」
「それは大丈夫です。今回は匿名としますので」
「わかりました。ただ、今回はたまたまのことですし、依頼は受けません。ノルドはまだ冒険者のジョブを得ていません」
「ははは、釘を刺されましたな。体調の悪い中、お話いただき感謝致します。お大事に。あ、これはローカンがもらった蜂蜜のお礼です。」
ガレアは席を立ち、満足げに帰って行った。蜂蜜のお礼は、アーモンドとピスタチオのクッキーだった。
ノルドのあげた蜂蜜も入っていた。警備隊の食堂で、料理人に作らせたものだった。
ヴァルは一瞬顔を上げたが、やはりかと言う顔をし、また昼寝を続けた。
ノルドは、キッチンにお茶を入れにうきうきしながら向かった。
※
「ここを使って良いの?」とノルドが尋ねた。
「ええ、良いわ。でもね、帰るときはちゃんとお家に戻ってきてね」とセラは微笑んだ。
「もちろんだよ、ちゃんと母さんのところに帰るさ」
セラとノルド親子は、森の奥にある小さな小屋にいた。
この小屋は片付けと掃除が必要そうだったが、ノルドはここを第二の倉庫兼研究所にしようと考えていた。
森の奥まったこの場所は、罠を置いておくにも適していた。
「ねえ、母さん、この森にエルフツリーは無いのかな?探したけど見つからなくて」
「そうね、ここでは見かけないわね。エルフツリーは寒い場所に多いのだけれど、どんな小さな魔物の森にも何本かはあるはずよ。もう少し探してみましょうか」
「でも、母さんが疲れちゃう」ノルドは心配そうにセラを見上げた。
「大丈夫よ。だいたいありそうな場所の見当はついているから」
セラは自信に満ちた表情でそう答えた。
※
「なんて立派な木なんだ……」
ノルドは大木を見上げ、呟いた。天高くそびえるエルフツリーは、幾重にも枝葉を広げ、魔力を秘めた翠の光を放ちながら神秘的に輝いている。
「土地の持つ魔力がエルフツリーを育てるのか、エルフツリーの魔力が魔物が好む森を作るのか、どちらなのかは分からないわ」
ノルドがその木に触れると、身体がびくっと震え、一瞬眩暈がした。
「ノルド、大丈夫?」
「うん」
「エルフツリーの魔力は膨大だから、気をつけてね。樹液は枝に傷をつけて集めるのだけど、ノルドには高いから、幹にダーツを刺して、そこから取りましょう」
ダーツの先に瓶をつけると、ゆっくりと樹液が流れ込んでくる。時間がかかりそうだ。
エルフツリーを見つけた場所は森の最深部で、強い魔物が生息している場所でもある。
ノルドとヴァルは、得意の聴覚と嗅覚でそれを感じ取っていた。
「知らない魔物が、幾つもいる!」
「強い魔物ほど、敵を見極めて襲ってくるわ。今後、ノルドが一人でここに来ることもあるから、注意が必要よ」
「あ、オークだ!」セラ親子の様子を探りに来たのだろう。1匹のオークが遠くからこちらの様子を覗いていた。
シュッと、風切り音と共に矢が飛び、小さなオークに刺さると、敵は慌てて逃げ出した。
「ノルド、敵愾心は感じなかったけど」
「だって、私の森にはオークは入れない。牙狼族女王セレナ様の伝記に書いてあったから」
「ワオーン」
「エルフツリーの周りには、目に見えない魔素が溢れているから、強い魔物も近づけない。何かあったら、ここに逃げて来なさい」
※※
「全く酷い目にあったわ」
大陸へ向かう船の上で、頭からスカーフを被り全身を隠している女が、商人らしき男と話している。
船は波を切り、力強く進んでいく。空には数羽の鳥が舞い、時折、海面に影を落とす。
「まあまあ、逃げられたんだから良しとしましょう」
「そうね、助かったわ」
「また、ほとぼりが覚めたら新しい仲間と来ましょうか?」
「いいえ、二度とこんな島には来ないわ。そんなことより、楽しいことをしましょう
」
憂いを浮かべた女は、もう気持ちを切り替え薄ら笑いを浮かべると、商人の肩にもたれながら階下の部屋へと向かう。
その時、スカーフが少しずれ、刺青が見えた。
シシルナ島はだんだんと小さくなり、波の彼方に消えていく。
【後がき】
お時間を頂き、読んで頂き有難うございます。⭐︎や♡等で応援頂きますと、今後も励みになります。又、ご感想やレビュー等も一行でも頂けますと、飛び上がって喜びます。 引き続きよろしくお願いします! 織部
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