第12話 エルフツリー


 島主は後日、村外れに馬車を止め、一人でセラの家にやってきた。


「すいません。ガレアです。セラさんはいらっしゃいますか?」


 ヴァルが吠える。ノルドが裏庭から顔を出した。剣の練習をしていたらしい。腰には黒光りした美しい短剣を差していた。


 なるほど、だが、彼では無いだろう。


「母さんは寝ています。急ぎでしょうか?」


 相手が島主だとわかっていても、母さんの眠りを妨げたくなかった。


「それなら、また来ますよ。これをお渡しして帰ります」


 中身が窃盗団の金貨とは思えない新しい袋を見せた。


「盗賊の金貨なんて受け取れない」


「なるほど! じゃあ、やはり受け取ってもらわないとね。これは、窃盗団発見の懸賞金だよ。発見のね」


 すべての謎が解けたようで、島主は嬉しそうだ。


「だけど……」


「じゃあ、ヴァル君にかな?」


「ワオーン、ワオーン」


 狼の二度泣きが響き、セラはその声で目を覚ました。



 島主のガレアとセラが話を始め、ノルドは席を立った。


 こんな時に、話して良い内容や島主への対応方法がまだ分からなかったからだ。


 しかし、話の内容が気になり、彼は勉強部屋で聞き耳を立てていた。


「手紙には詳細なことは書かれていませんでしたが、警備員はわざと逃したのでしょうか?」


 とガレアが質問を投げかけた。


「そうですね。最初からの計画だったみたいです。仲間も捕らえないといけませんから」


「ほう。計画を立てたのは? まさか息子さんですか?」


「いえ、計画も実行もです。私は最後だけです。それに、もう薬師ですから」


 セラは、自慢げに嬉しそうに笑った。


「本当ですか!まだ小さいのに。しかし、ノルド君、一人では危なかったのでは?」


「何かあったら教えてくれとヴァルにお願いしていたので」


 セラは、リビングで昼寝のふりをしているヴァルの頭を撫でた。


 (え? 何だって? ヴァル、だから危ない状況で母さんが来たのか? いや、ずっと見ていたのかもしれない)


「最後に、報酬金ですが、受け取ってもらえますか?」


「そのようなものを、いただく資格はありません」


「貴女が冒険者ギルドに登録されているのは調べました」


 (え? やはりか! 僕も早く登録したい)


「ええ、そうですね。たまに魔物の一部を売るくらいですが」


「冒険者ギルドには、窃盗団の発見と討伐のクエストを出しています。結果的とはいえ、報酬を得るのは冒険者の習わしでしょう?」


「でも、私たちは名前を……」


「それは大丈夫です。今回は匿名としますので」


「わかりました。ただ、今回はたまたまのことですし、依頼は受けません。ノルドはまだ冒険者のジョブを得ていません」


「ははは、釘を刺されましたな。体調の悪い中、お話いただき感謝致します。お大事に。あ、これはローカンがもらった蜂蜜のお礼です。」


 ガレアは席を立ち、満足げに帰って行った。蜂蜜のお礼は、アーモンドとピスタチオのクッキーだった。


 ノルドのあげた蜂蜜も入っていた。警備隊の食堂で、料理人に作らせたものだった。


 ヴァルは一瞬顔を上げたが、やはりかと言う顔をし、また昼寝を続けた。


 ノルドは、キッチンにお茶を入れにうきうきしながら向かった。



「ここを使って良いの?」とノルドが尋ねた。


「ええ、良いわ。でもね、帰るときはちゃんとお家に戻ってきてね」とセラは微笑んだ。


「もちろんだよ、ちゃんと母さんのところに帰るさ」


 セラとノルド親子は、森の奥にある小さな小屋にいた。


 この小屋は片付けと掃除が必要そうだったが、ノルドはここを第二の倉庫兼研究所にしようと考えていた。


 森の奥まったこの場所は、罠を置いておくにも適していた。


「ねえ、母さん、この森にエルフツリーは無いのかな?探したけど見つからなくて」


「そうね、ここでは見かけないわね。エルフツリーは寒い場所に多いのだけれど、どんな小さな魔物の森にも何本かはあるはずよ。もう少し探してみましょうか」


「でも、母さんが疲れちゃう」ノルドは心配そうにセラを見上げた。


「大丈夫よ。だいたいありそうな場所の見当はついているから」


 セラは自信に満ちた表情でそう答えた。



「なんて立派な木なんだ……」


 ノルドは大木を見上げ、呟いた。天高くそびえるエルフツリーは、幾重にも枝葉を広げ、魔力を秘めた翠の光を放ちながら神秘的に輝いている。


「土地の持つ魔力がエルフツリーを育てるのか、エルフツリーの魔力が魔物が好む森を作るのか、どちらなのかは分からないわ」


 ノルドがその木に触れると、身体がびくっと震え、一瞬眩暈がした。


「ノルド、大丈夫?」


「うん」


「エルフツリーの魔力は膨大だから、気をつけてね。樹液は枝に傷をつけて集めるのだけど、ノルドには高いから、幹にダーツを刺して、そこから取りましょう」


 ダーツの先に瓶をつけると、ゆっくりと樹液が流れ込んでくる。時間がかかりそうだ。


 エルフツリーを見つけた場所は森の最深部で、強い魔物が生息している場所でもある。


 ノルドとヴァルは、得意の聴覚と嗅覚でそれを感じ取っていた。


「知らない魔物が、幾つもいる!」


「強い魔物ほど、敵を見極めて襲ってくるわ。今後、ノルドが一人でここに来ることもあるから、注意が必要よ」


「あ、オークだ!」セラ親子の様子を探りに来たのだろう。1匹のオークが遠くからこちらの様子を覗いていた。


 シュッと、風切り音と共に矢が飛び、小さなオークに刺さると、敵は慌てて逃げ出した。


「ノルド、敵愾心は感じなかったけど」


「だって、私の森にはオークは入れない。牙狼族女王セレナ様の伝記に書いてあったから」


「ワオーン」


「エルフツリーの周りには、目に見えない魔素が溢れているから、強い魔物も近づけない。何かあったら、ここに逃げて来なさい」


※※


「全く酷い目にあったわ」


 大陸へ向かう船の上で、頭からスカーフを被り全身を隠している女が、商人らしき男と話している。

 

 船は波を切り、力強く進んでいく。空には数羽の鳥が舞い、時折、海面に影を落とす。


「まあまあ、逃げられたんだから良しとしましょう」


「そうね、助かったわ」


「また、ほとぼりが覚めたら新しい仲間と来ましょうか?」


「いいえ、二度とこんな島には来ないわ。そんなことより、楽しいことをしましょう


 憂いを浮かべた女は、もう気持ちを切り替え薄ら笑いを浮かべると、商人の肩にもたれながら階下の部屋へと向かう。


 その時、スカーフが少しずれ、刺青が見えた。


 シシルナ島はだんだんと小さくなり、波の彼方に消えていく。

 


【後がき】


 お時間を頂き、読んで頂き有難うございます。⭐︎や♡等で応援頂きますと、今後も励みになります。又、ご感想やレビュー等も一行でも頂けますと、飛び上がって喜びます。 引き続きよろしくお願いします!  織部









 





 

 







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