第10話 討伐
ノルドは作業小屋に戻ると、急いで戦闘用の薬を集めた。種類も量も限られており、ポケットにすべて収まる。
次に、大魔物用の捕獲網を二重に重ねて仕上げた。編み目は細かく、頑丈な仕上がりになっている。
「これで大丈夫。大魔熊との戦いのあとに改良したから、そう簡単には破れないはずだ。火にも強いし……」ノルドは網を肩に背負い、「ごめん、ヴァル、運ぶのを手伝ってくれるかい?」
「ワオーン、ワオーン!」ヴァルが頼もしく二度、大きく声をあげた。
「ありがとう」
一つが重ねた網で重く、複数枚あるので、特別製の台車に載せてもゆっくりとしか進まない。二人は息を合わせ、窃盗団のアジトへ向かった。
到着すると、まだ彼らは戻っていないようだ。ひと息つき、ノルドは額の汗をぬぐった。
「疲れたね。少し仮眠を取って休もう」ノルドはポケットから蜂蜜飴を取り出し、ヴァルには干し肉を手渡した。
「さて、これから作戦を話すよ。準備をお願い!」ノルドが語りかけると、ヴァルは興奮気味に「ワオーン、ワオーン!」と大声で応じ、やる気を示すようだった。
※
夜も更け、遠くから馬車の音が響いてくる。ライトの光と松明に照らされながら、窃盗団が帰ってきた。足音は荒々しく、話し声がだんだん近づいてくる。
「仕方ないだろうが。顔を見られたんだ。生かしておけない」リーダーらしき男が大きな声で言い放つ。
「しかし、まずいですよ。殺人事件ですから」警備隊員の焦った声が響いた。
「殺人なんて、よくあることよ」刺青の女が冷ややかに返す。
「助けてくれだってさ、ははは。早く着替えないと、臭くてたまらねぇ」小男が笑いながら続けた。
窃盗団はアジトとしている小屋に入り、灯りがともる。
「まあ、今日で仕事も終わりだ。だから、安心しろ」ソファに腰掛け、大男が一息つく。
「それならいい。さっさと島から出て行けよ」警備員はじっと見据えながら吐き捨てるように言葉を放った。
「明日の朝にはおさらばだ。充分に稼いだからな」
「それじゃあ、分け前を貰うぞ。警備隊のみんなも楽しみにしてるんだ」
「ああ、金庫を開けるから待ってな。おい、開けろ!」鍵のついた首紐を放り投げた。
その声を合図に、ノルドは作戦を開始する。ヴァルは、既に持ち場について待機していた。
「開かないぞ!何でだ!」小男が、頭を振りながら苛立ちを露わにした。
「そんな訳ないでしょう。貸してみな!」刺青女が鍵を無理やり回して開けると、それが発火装置になっていて、中から柑橘系のきつい匂いの煙が噴き出す。刺青女はぱたりと倒れた。金庫の中には、金貨の姿形が無かった。
「何だこれは、お前、裏切ったな!」大男が警備員を抑えようと動く。
「俺は知らない。本当だ」警備員は話をしようとするが、部屋中に煙が立ち込めてきたので、家の外に出ようとする。
「こら待て、捕まえろ!殺すなよ」
小男は急いで警備員を追って家を出る。家の外は真っ暗で、月明かりさえ無い。「何処行った?」小男は周囲を見渡そうとして、体に違和感を覚えた。
「ん?」着替えて薄着の男の両足に数本のダーツが刺さっている。足が痺れだしたようで、前屈みになったところに、背中に飛んできたダガーナイフが次々に刺さる。男の顔は次第に青くなる。毒だ。
小男は声を出そうとするが、言葉が出ずにその場に崩れ落ちた。
「まず、一人。死んでないよね。冒険者崩れだから、これくらいしないと。しかし、ダーツやダガーに塗った魔蜘蛛と魔蛇の毒はよく効くな」家の中の様子を伺いながら、手足を手早く一瞬で縛ると、また木の裏に隠れた。
逃げ出した警備員は森の中に身を隠していた。彼は考えを巡らしていた。警備員の誰かか商人か、そのどちらが裏切ったのだろう。酷い。突き詰めて金の在処を吐かせよう。このまま戻っても、殺されるだけだ。彼は懐から魔道具を取り出し、光で道を照らした。
ヴァルはその様子を確認すると、再び、定位置に戻った。
家の中から、男女二人が現れた。
「もう大丈夫よ。しくじったわ。麻痺薬をまともに喰らうなんて。ありがとね」
顔色が悪い刺青女は、大男の肩にもたれていた。彼女の表情には、まだ疲れが色濃く残っている。
「お前らしく無いな。しかし、戻りが遅いな。あんな警備員一人捕まえられないとは思えないのだが」
周囲は薄暗く、冷たい空気が二人を包んでいる。光魔法で、周りを照らすと、正面の木の前に、小男が倒れていた。慌てて、二人は駆け寄る。
「どさっ」上から大魔物用の網が落ちる。大男は、罠に捕えられ、網の中でもがいている。「くそっ。出れねぇ」
刺青女は、サッと網を避けると、腰の短剣を抜いた。
「びゅっ」暗闇から首元に向かって投げられたダーツを次々に弾く。かなりの技量だ。
「子供騙しね。ふふふ」木の裏側にいる者を捕まえようと、木に近づくと、次の網が落ちる。又も、刺青女は避ける。
「だから、通じないって」
綱を落とし終えたヴァルは、次の枝に飛び移ると、置いてある籠の蓋を開ける。
「ばさっ。」刺青女の頭上から、三度目の落下物だ。落ちてきた物は、魔毒蛇達だった。
捕えられ、閉じ込められていた興奮と怒りで暴れ回る。
地面に転がっている大男や小男も噛まれている。刺青女は、次々に蛇を屠っていく。
だが、既に数箇所噛まれている。勝負がついたと思われた時、女の刺青が光った。刺青は、魔術が彫り込まれているらしい。
「さっきは、油断してたからね。いつまで隠れてるの。出てきなさい」
ノルドは、木の後ろから姿を現した。
「子供?でも容赦しないわ」
刺青女は、ゆっくり警戒しながら近づいた。
「ぴゅっ。」ノルドがダーツを投げるが、あえなく弾かれてしまった。
その瞬間、死角からヴァルが飛び降りてきて、刺青女の顔を前足の爪で引っかいて、顔にまとわりついた。
女が顔を振り数歩よろけると、地面に敷いてある仕掛けが発動した。
瞬間、ヴァルは飛び退き、女は網に捕らえられた。今度は、逃げられなかった。
「ヴァル、ありがとう」ノルドが一息をついたその時、大男が立ち上がっているのが瞳に映った。
足下には、ポーションの瓶が数本転がっている。網を抜け出し、手には大剣を持っていた。
「まずい!」ノルドの持っていた仕掛けは全て使い切っていた。ゆっくり後退するが、ノルドの足では逃げ切れないだろう。
「ワオーン!ワオーン!」それでも逃げろとヴァルが鳴いているように感じた。
ノルドは、黒い大き目のダガーナイフを取り出した。
「そんなもんで、俺を貫ける訳がないだろう!」大男は、頑丈な厚手の革服を着込んでいる。
ヴァルが、大男に向かっていくふりをして注意を惹きつける間に、ナイフを連続して投げる。
窃盗団のボスは、わざと受け止めたがすぐにその失敗に気づく。
「うっ、ああっ、あああ。」声の出ない呻き声をあげる。
ノルドの投げたナイフは、大男の革服を貫通していた。毒薬の塗ってある鋸状のナイフだ。
男は、足に刺さった一本のナイフを無理やり引き抜いた。
「何だ、これは、アダマンタイトの投げナイフだと」ああ、これなら貫かれるはずだ。
しかし、こんな高価な武器、紛失しやすい投げ武器に使うとは一体何者なんだ。
よく見ると、隻眼の貧相な子供だが、立派な冒険服も着ている。金の匂いがぷんぷんする。
男は、痛みを我慢しながら、じわりじわり、ノルドに近づいて来る。ポーションは使い果たしていた。
「引き分けだ。いや降参だ。とりあえず、話をしよう。」
大男は、嘘くさい笑顔を浮かべながら、子供を観察し、片手が不自由なのに気がついた。
「降参なら、武器を捨てろ!」ノルドは警告する。
「ああ、そうするよ。お前に、渡すからな」そう言って、さらにノルドに近ずく。その距離は、大男が一方的に斬れる距離だ。
大男は、剣を手渡ししようと、剣の柄をノルドに向けた。
ノルドは、短剣を構えていた。
「その地面にさせ!」
「ああ、そうしよう」大男は、剣をくるりと反転させて、柄を握るとノルドに斬りかかった。
「ガゥ」ヴァルが、飛び込んで来て、剣を持つ男の腕を噛んだ。
「くそっ」腕を何度も大きく振り、ヴァルは投げ飛ばされた。
「ヴァル!」ノルドが大声を出す。小狼は空中でくるりと回転し、地上に着地して次の行動に備えた。
大男は、ノルドに振りかかり、剣を打ち込む。彼は上段からの力の入った剣をその貧弱な片手で、必死に受ける。
手が痺れる。ノルドの顔に汗が滲む。
大男が、これでもかと何度も打ち込むと「バキッ」という音とともに男の剣が折れた。
「頑丈な俺の剣が……」大男が、腰の短剣を抜く。目はギラついているが既に顔色は土色になっている。
このままでは、この大男は死ぬ、ノルドは戦いを躊躇した。
「しゅぱっ」何者かが現れて、大男の両手を切り飛ばした。美しい、冷徹な剣がノルドの目の前で閃く。
男の両手は空を舞い、まさに神速の一撃だった。大男も何が起きたか、理解できずにいる。何者とは、黒衣の女冒険者だった。
その手には、いつの間にか、ノルドの短剣が握られていた。
「あああ!」大男が逃げ出そうとしたが、土の棘が現れて、男を貫いた。もうすぐ死ぬだろう。
「ノルド、とどめを刺しなさい!」
黒衣の下から、セラの声がした。彼女は短剣をノルドに手渡した。
「はい。」ノルドは、涙を流しながら、短剣を振った。
【後がき】
お時間を頂き、読んで頂き有難うございます。⭐︎や♡等で応援頂きますと、今後も励みになります。又、ご感想やレビュー等も一行でも頂けますと、飛び上がって喜びます。 引き続きよろしくお願いします! 織部
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